神を討った毒
ジュードの槍と私の双剣は激しく打ち合った。打ち合う度に氷の粒が舞い散り、傍から見れば幻想的な光景が広がっているように見えるかもしれない。
「シャアアアアッ!」
「ぬうぅぅぅっ!?」
ただ、打ち合っている私にとっては常に苦しい戦いを強いられていた。前提として私よりもジュードの方が武芸の腕前は上である。加えて驚くべきことに、今では身体能力の面でも私は劣っているのだ。
神の遺物と一体化してから、ジュードの身体能力は加速度的に上昇している。魔人の優れた身体能力は最早何の意味もなくなっていた。
「凍れぇ!」
「ぐぬっ!?」
反撃の好機を何とか作り出しても、打ち合う度に舞い上がる氷の粒によってジュードは私の身体を凍り付かせようとしてくる。これを防がなければ反撃してもその後に刺されてしまう。反撃よりも防御を優先する他になかった。
「甘ぇんだよ!」
「くっ!?」
さらに厄介なことに、ジュードは傭兵だった。何を今さら何をと自分でも思うが、ここ最近戦っていた聖騎士は良くも悪くも王道の戦い方しか知らなかったのだ。
連中が信仰していた『正義の神』は武芸の天才であり、その才能によって常に勝利していた。だからだろうか、聖騎士の戦い方は王道の戦い方にこだわっていたのだ。
だが、ジュードは違う。彼は私と同じように勝つためなら何でもやるし、敵が何でもすることを知っている。尻尾による足払いは躱され、氷の膜で目を覆うことで砂による目潰しは対策された。今も尻尾の毒針から猛毒を射出したものの、読まれていたのか氷槍によって弾かれてしまったのだ。
「そこだ!」
「ガアッ!?」
「アニキ!?」
この時、ついに均衡が崩れた。私の防御をかいくぐって、ジュードの槍が私の右肩に突き刺さる。刃が突き刺さる鋭い激痛が走った。
ただし、私の痛みに対する耐性は並ではない。私は痛みを無視して左手の黒剣を氷槍に全力で叩き付ける。黒剣は氷槍を叩き割るように破壊し、自由になった右手の曲剣でジュードの腹部を斬り付けた。
「無駄なんだよぉ!」
「うぐっ!」
曲剣は確かにジュードの腹部を斬り裂いた。だが、身体が氷そのものとなっているらしいジュードから出血することは今回もない。それだけでなく、ジュードは私の頭ほどもある氷塊を高速で射出して来た。
ギシギシと外骨格が軋むほどの衝撃を受け、私は後ろに吹き飛ばされる。私は咳き込みながら受け身を取って素早く立ち上がった。さらに叩き斬った槍は闘気で強化した筋肉を引き締めて摘出する。神の血を飲んだ影響か、かなりの深手だったはずだが傷口は瞬く間に塞がっていた。
「しぶとい野郎だぜ。とは言え、そのしぶとさは今の俺にとっちゃ最悪だがな」
ジュードは神の遺物と一体化したことで生命を削っていると言っていた。私が耐えれば耐えるほどヤツの寿命は縮んでいく。今のように私に耐えられれば耐えられるほど、寿命は着実に縮んでいくのだ。
だが、それをジュードが良しとする訳がない。粘られた挙句、寿命切れで敗北するなど誰だろうと認められない。向上していく身体能力も相まって、今以上の苛烈な攻めで私を叩き潰しに来るはずだ。
最悪なのは私にはこれ以上打てる手がないということ。武芸の腕前は相手が上で、身体能力でも既に上回っている。私に対しての油断は微塵もなく、足払いや目潰しの対策も十分。ここまでつけ入る隙がない敵は初めてかもしれない。
「粘り勝ちなんざさせるかってんだ。すぐに息の根を止めてや……あ?」
ジュードの攻撃に備えて構えたその時、ヤツはいきなり膝を付いてしまう。まるで、いきなり力が抜けたかのように。
ジュード本人にとっても信じられない事態なのか、呆けたように自分の脚を凝視している。ただ、この好機を放ってはおけない。ジュードが膝を付いたのとほぼ同時に、私は半ば本能のように前へ飛び出した。
「ふんっ!」
「がっ……ああああああっ!ウザってぇ!」
私は双剣を上から同時に振り下ろす。左右の双剣はそれぞれジュードの肩口にめり込んだ。ただし、左右の剣でめり込んだ深さに違いがある。より深くめり込ませたのはより重い上に使い慣れた左手の黒剣だった。
仮にジュードが普通のヒト種のままであれば、刃は肺にまで届いた致命傷になっていただろう。逆に右手の曲剣は鎖骨の辺りまでにしか届いていない。氷と化した硬い身体を斬り裂くのは、習熟していない曲剣には荷が重かったようだ。
私に斬られたことで我に返ったジュードは怒声と共に全身から大量の冷気を放つ。氷の粒混じりの突風は外骨格に無数の傷跡を刻みながら私を吹き飛ばした。
「このっ……治らねぇ!?どうなってやがる!?」
空中で体勢を整えて着地した私は動揺しているジュードを観察する。肺の辺りまでめり込んだ黒剣の傷はすでに塞がっているのに、曲剣で付けた傷は一向に塞がる気配がなかったからだ。
いや、それどころか傷口は拡がっているではないか。これは……まさか、曲剣の毒は今のジュードにも効くということかもしれない。
この曲剣は『正義の神』を討つ時に大いに役立った尻尾を『悪戯の古神』様が加工した代物。この毒は私が生成するそれよりも強力で、神をも殺す力を持っているのかもしれない。ならば、活路はあるはずだ。
「シッ!」
「ちぃっ!?」
これまで私は無意識に左の黒剣を主軸にしていたと思う。だが、私は曲剣を積極的に振るってみせる。ジュードも曲剣の危険性に気付いているようで、神経質なまでに右の曲剣を警戒していた。
しかしながら、左の黒剣は無警戒で良い武器ではない。何せ、ジュードが作った氷の槍を叩き折る強度を誇っているのだから。
曲剣に意識を向けさせながら、黒剣を思い切り振り下ろす。こちらでは致命傷を負わせることこそ出来ないものの、身体を斬られるという感覚は不愉快であろうし……何よりも斬られたという事実はジュードに強い屈辱感を与えていた。
「この……うっ!?」
屈辱を感じたジュードだが、積極的に反撃に出ることは難しい。何故なら、彼は私の尻尾にも過剰な警戒をしているからだ。
正直、私の尻尾から分泌される毒が曲剣と同じ毒なのかわからない。曲剣は『悪戯の古神』様の手が入っているからだ。
だが、そんなことはジュードにはわからない。そして私の双剣は私の外骨格と同じ色ということもあり、双剣の素材が私自身に由来しているとジュードは察しているのだ。ならば曲剣の毒は私の毒であり、曲剣と同じくらいに警戒しなければならないと思い込んでいるのだ。
「ぬん!」
「がっ!?」
また、ジュードは毒によって明らかに動きが鈍くなっている。注意を曲剣と尻尾に払わなければならず、毒のせいでせっかく向上した身体能力も低下しているのだ。防御しきれるはずがない。私は黒剣によって、防御のために掲げられた氷槍ごとジュードの頭を叩き割った。
しかし、これでもジュードは死なない。身体が神の遺物と一体化した以上、彼を討つには寿命を削り切るしかないのかもしれない。
「……ぁぁあああああああああ!」
ジュードは黒剣が頭に刺さったまま絶叫する。絶叫と同時に氷のドームは激しい吹雪が吹き荒れ始めた。ジュードとの決着の時は近い。私は吹雪によって身体にこびりついた氷の粒を払いのけるのだった。
次回は7月6日に投稿予定です。




