神の氷を砕くのは……
「テメェ……俺の氷を砕いただと?」
「そんなに不思議なこと……のようだな」
ジュードは私が氷を砕いたことが相当にショックだったらしい。そのお驚き様は、驚き過ぎて手に持つ槍を落としてしまうほど。その反応が私には驚きであった。
戦場で新兵でもない傭兵が武器を落とすなど、余程のことだ。何故、これほど動揺しているのか。その答えは私のすぐ側にあった。
私がジュードの一撃から守ったレオは、その両腕は凍り付いたままだ。氷どころか本気になれば金属をもドロドロに溶かす高熱を放てる。なのに彼の腕は剣ごとジュードの氷で封じられたままなのだ。
「レオ、腕は平気か?」
「う、うん。でも、本気で温めとかないと腕が凍っちゃいそうだよ……」
ジュードから視線を外さないまま、私はレオに尋ねる。レオの額には冷や汗が浮かび、顔には苦悶の表情を浮かべていた。
レオが本気で熱を放っても溶かすことが出来ない氷。それを私はそこまで苦労せずに破壊した。融解も破壊も出来ないとジュードは確信していたからこその反応だったのだ。
「待っていろ。すぐに破壊する」
「させるかよ!」
レオの救助を最優先しようとすると、動揺から立ち直ったジュードは一瞬で作り出した氷の槍を投擲する。やはりそう簡単に仲間を助けさせてはくれないようだ。
私は左の黒剣で投擲された槍を撃ち落とそうとする。だが、私にとっても想定外なことに黒剣は槍を叩き斬ってしまった。こんなに簡単に折れるとは思っておらず、今度は私の方が驚いて動きを止めてしまう。
光を反射してキラキラと舞う氷の破片を散らしながらジュードが突撃してくる。手には落としていた槍を持っているので、素早く拾っていたのだろう。
「ぬっ!?」
「シャァッ!」
迫る槍を右手の曲剣で何とか逸らす。ギャリギャリと耳障りな音を立てているが、飛び散るのは氷の破片ばかり。つまり、曲剣の方が氷の槍よりも強度があるということのようだ。
ただ、ジュードは止まらない。彼は猛然と槍を振るい続ける。ヒト種にしては尋常でなく素早いものの、弱体化する前の『正義の神』に比べれば段違いに遅かった。
だが、私にとってはジュードの方が圧倒的に厄介である。何故ならレオと戦っていた時のような単純さはなく、凄腕の傭兵としての実力をこれでもかと発揮していたからだ。
「そこのガキとテメェは違う。油断はしねぇよ」
「うぐっ!?」
心臓狙いの突き、だと思わせておいて跳ね上がった穂先が喉元を抉らんと迫り来る。それを躱せば小さな氷の礫が全身を叩いた。
威力よりも発動速度と範囲を重視したらしく、私の外骨格を貫くには及ばない。だが、外骨格に付着した氷はゆっくりと、しかし確実に大きくなって私の身体を覆い尽くそうとしていた。
このままでは氷によって動きが制限される。霊力を無駄に消費するとわかっていても、この氷を剥がさない訳にはいかない。私は霊力を全身から放射するという何の工夫もない力技で氷を剥がした。
「この野郎……おい。テメェは、自分が何やってんのかわかってんのか!?」
「何の、話、だ!?」
槍と霊術を巧みに操りながら、ジュードは声を荒げて私に詰問する。質問の意図がわからない上に、防ぐだけで手一杯の私には余裕がない。私には問い返す以外にやれることがなかった。
純粋な戦闘技術において、悔しいがジュードは私の上を行くらしい。名の通った傭兵の手管を見せつけられて、私は自然と悔しさで歯噛みしてしまった。
明らかに状況はジュードに有利なはず。しかしながら、詰問しているジュードからは余裕が感じられない。追い詰めている側だというのに、彼の表情はまるで追い詰められている側のそれであった。
「俺は神の遺物と一体化した!今の俺は遺物から神の力を使ってんだぞ!」
「ぐうぅ!?」
「なのに何で動ける!?神の作った氷を砕けるってんだ!?」
「ガハッ!?」
怒声と共に繰り出された前蹴りが私の腹部に突き刺さる。たった一撃で腹部の外骨格にはヒビが入り、内臓から出血したのか吐血しながら地面を何度も転がった。
受け身をとって素早く立ち上がると、追撃に来ていたジュードの槍を尻尾で弾く。さらにお返しとばかりに双剣を左右から振るった。
左の黒剣は躱されたものの、右の曲剣はジュードの脇腹を捉えた。だが、曲剣から返ってきたのはとても硬質な……それこそ、氷を斬ったかのような感触だったのだ。
「プッ……その身体は……!」
「言ったろ?俺は神の遺物と……神が地上に遺した氷と一体化したってよ」
口に残った血液を吐き出しながら、斬られながら後退したジュードを見やる。ジュードの脇は確かに斬られていた。だが、血は一滴も流れていない。何故なら彼の傷口は氷を削ったような状態だったからだ。
さらにパキパキと音を立てて傷口を氷が埋めたかと思えば、まるで傷などなかったかのように治ってしまった。ここでようやく私は理解した。ジュードは彼が言った通り、神の氷と一体化している。身体全体が神の氷になっているのだ。
「俺の身体は神が作った氷そのもの。それは俺が作った氷も同じ。なのに……何でテメェは氷を砕ける!?」
ジュードの氷は神の氷に等しい。それを砕ける理由を問われた時、私が思い付く理由は一つしかなかった。
「色々あってな。神の血を飲む機会があったんだ」
「へぇ?なら、今のテメェは半神って感じなんだろうな」
神の力を打ち砕ける理由があるとすれば、『悪戯の古神』様と『正義の神』の血を摂取したことしか思い付かない。神々の血液を摂取したことで、神の遺物由来の氷を砕けるようになった。そう考えるのが自然ではなかろうか。
現にジュードは納得しているように見える。ただ、それで安堵することは出来ない。何故なら、ジュードは手に持っている槍を何度も叩き付けて地面をガリガリと削っていたからだ。
「不公平だよなぁ。テメェは神の血を飲んだだけで今の俺に食い下がれるんだからよぉ」
「……」
私も神々の、というより『悪戯の古神』様の血液を摂取した時は死にかけた。飲んだだけで力を手に入れたという訳ではないのだが……きっと今のジュードに届くことはないだろう。今の彼は完全に自分の世界に入り込んでいるからだ。
「わかってんのか?神の遺物との一体化は不可逆だ。だから、俺はこの状態から元に戻ることは出来ねぇんだ」
「……そうか」
「それに俺は力を得ても神じゃねぇ。神の氷を作り出せば、その度に寿命を削ってる。これだけ暴れりゃ、もう残りの寿命は二十年もねぇだろうぜ」
神ならぬ身で神の力を利用するのは、ジュードの身体に多大な負担を強いているらしい。彼の言い分を信じるのなら、身体は限界が近いのかもしれない。
そんなジュードはしばらくすると槍で地面を叩くのを止める。そして彼は槍の穂先を私に真っ直ぐ向けて……信じがたいことにニヤリと笑ってみせた。
「俺にはもう、先がねぇ。なら、残った時間は俺の自己満足のために使わせてもらうぜ」
「自己満足か。何をすれば満足するんだ?」
「決まってんだろ?気に入らねぇ奴を……テメェをブッ殺すんだよ!」
「そんなことだろうと思ったよ!」
ジュードは残った生命を、私という気に入らない個人を殺すために使うという。雰囲気から察していたものの、ジュードから放たれる殺気という重圧は一気に増大していた。
これが覚悟を決めた者の放つ圧力というモノなのか。私は後退しそうになる身体を叱咤して前へ出るのだった。
次回は7月2日に投稿予定です。




