落下した先で
「ううむ、こうして高い所から落ちるのも久しぶりだ」
最後の最後まで悪戯を仕掛けられたらしい。考えてみればあの空間の窓は真上から下をのぞき込むような視点であった。このような事態は十分に予想出来たはず。悪戯に引っかかったのは自業自得とも言える。
いきなり落下し始めたから驚いたものの、冷静になれば私はこの高さから落ちようと死にはしない。そう考えれば余裕が生まれるというもの。落ちるまでに街の様子をうかがうとするか。
「街の一部が凍っている……あそこを目指すべきか」
上から眺めているからこそ、街に起こった異変が……市街地の一部が凍り付いているのがよくわかる。私とレオが潜入した後、広範囲を凍り付かせる霊術が使われた。その被害は思っていた以上に大きい。多くの民間人が巻き込まれたのは間違いない。
凍っていない場所では街の住民達が慌てふためき、逃げ惑っている姿が見える。外には教会の傀儡兵部隊が駐屯し、大軍が押し寄せた訳でもないのに大規模な霊術が街中で使われたのだ。混乱するのは無理もない。そしてこの混乱を鎮められる者がいないのか、街全体がパニックに陥っていた。
また、凍り付いた範囲の外周では聖騎士と傭兵が乱戦になっている。仲間割れを起こしているらしい。やはり街中で住民を巻き込んで霊術を発動させたのは誰かの独断だったのだ。それを許さない聖騎士が襲いかかったに違いない。
凍った場所から離れると、傭兵同士が争っている場面も多く見かけた。特に多いのは火事場泥棒の略奪品の奪い合いで殺し合いに発展している者達である。この非常時に味方から略奪するとは……悪い意味で戦争に慣れた連中だ。
閑話休題。レオがどこにいるのか私はもう分かっている。凍っている範囲には一部だけ凍っていない空間があり、そこからレオの霊力を感じられたからだ。十中八九、彼が何者かと戦っている最中なのだろう。
ならば、私はあそこを目指すべきだ。私は空中で砂の足場を作ってレオのいるであろう方向へ落ちる向きを調整する。このまま落ちればレオと合流出来るはずだ。
その間、私は意識して街の外を見ないようにしていた。見てしまえば外で戦っているベルナール達を助けに行きたいと思ってしまうからだ。
音が聞こえて来るので、彼らはまだ外で粘り強く戦っているらしい。だが、彼らは死に場所を求めて来たのだ。助けに向かった所で感謝されるどころか、拒絶されるのは明白であろう。
それ故に、私は最優先するべきレオしか見ない。全てが終わった後、彼らの生き残りがいれば共に帰還する。いなければ二人だけでさっさと帰る。この決意が揺らがないようにするためにも、街の外を見るわけにはいかないのだ……我ながら、お人好しが過ぎるというものだな。
「上ぇ!?」
「チィッ!」
落下してくる私に気付いたのだろう。眼下で斬り結んでいたレオと敵は、息を合わせたかのように全くの同時に飛び退いた。二人が離れた場所へ、私は両手足を上手く使って衝撃を殺す。多少手足は痛かったものの、砂埃などをほとんど立てることなく着地することに成功した。
私の姿を見たレオと、彼が戦っていた者の表情は真逆であった。レオは落ちてきたのが私だと分かって顔を輝かせているのに対し、槍使いらしき敵はこれ以上ない程に忌々しげな表情になっているの……ん?
「お前は……ジュードか?」
直前までレオと殺し合い、今は私を睨みつけている槍使い。それは嘗て神の末裔を相手に共に戦った『氷槍』のジュードであった。奴ほどの手練れであれば街の一角を凍り付かせる霊術が使えてもおかしくない。ある意味、私は今の状況に納得していた。
奴が私を睨みつけていることに対して、私は何も感じない。確かに強敵を前に肩を並べたことは事実だが、最初から最後まで私のことを見下していた。それ故に師匠達と違って、戦友と呼べるような絆が一切ないのだ。
「アニキ!遅いし何で上から、って!何か怪我してる!?いや、治ってんの!?」
ジュードと戦っていたらしいレオは、すぐに私の隣へと移動する。私の顔と尻尾は再生しているとは言え、斬られた跡はハッキリと見えてしまう。目的の暗殺はとっくに終わっているのに合流が遅かったこと、上から落ちてきたこと、そして傷跡の全てに驚いているようだ。
だが、今の状況で説明している暇はない。一刻も早くこの街から脱出し、仲間達の下へと凱旋することが最優先であろう。
「逃がすかよぉ!」
私に戦う気がないことを察したらしく、ジュードは穂先から石突まで透き通った水晶を思わせる槍を地面に突き刺す。すると膨大な霊力が迸り、ジュードを中心とした巨大な氷のドームが形成されたではないか。
かなり大規模な霊術を発動しているというのに、ジュードに消耗している様子はない。神々ならばともかく、ただの人種にこんな芸当が出来るとは思えなかった。
「アニキ、アイツの槍は何かスゲェらしいぜ」
「なるほど」
レオの説明はかなり抽象的だったが、それだけでも十分だ。人種にこんな芸当が可能だとは思えない。同時に直前まで二柱の神々を前にしていたことで、ジュードがその頂に到達したとも思えなかった。
ならば答えは一つ。あの槍は明らかに特殊な槍が、何らかの神に由来する品だということ。本人の技量も相まって、共に戦った当時と比べて実力は大幅に上昇しているのは間違いなかった。
「レオ、気付いているな?」
「うん。後ろから十人くらいこっちに来てる」
このドームの内部にいるのは私達だけではない。レオの言う通り十人ほど、正確には十二人が巻き込まれている。こんな場所にただの住民が生き残っているわけがないので、聖騎士か傭兵なのはまず間違いなかった。
運が悪いことに、その一団はジュードと私達を挟むような位置にいる。挟み撃ちになるのか、三つ巴になるのか。少なくとも私達の味方になってくれることだけはあり得ないだろう。
「アニキ、コイツは俺にやらせてくれよ」
「何?」
どうするべきか決断を迫られていると、レオは自分がジュードの相手をすると言い出したではないか。私は顔を向けずにレオを複眼で観察した。
ジュードという強敵と戦っていたこともあり、レオは傷だらけであった。魔人の治癒力で傷口は塞がっているようだが、鎧は破損箇所が目立っている。それでもジュードと渡り合おうと言うのか?
「勝てるかどうかは正直、難しいと思う。でも、時間稼ぎならやれるし……何よりも、目にモノを見せてやりたいんだ」
レオに冷静さを欠いている様子はない。むしろ、冷静に彼我の戦力差を見極めている。その上でジュードを相手に時間稼ぎしつつも、隙あらばその首を虎視眈々と狙っているのだ。
私にはレオを家族の下へ必ず送り届ける義務がある。本来であればジュードの相手は私がやるべきなのだろう。
だが……今のレオを見た私は彼をとても頼もしく感じずにはいられなかった。それこそレオの父親であり、私が最も頼りにしていたティガルを幻視する程に。
「……良いだろう。自分から言い出したんだ、必ず奴の度肝を抜いてやれ」
「えぇ~!?そりゃないよ、アニキ!」
「何をコソコソ抜かしてやがるっ!」
私の冗談にレオが驚いていると、焦れたらしいジュードが槍を構えて突撃してくる。迎撃するべくレオが飛び出し、その大剣で穂先を跳ね上げた。
レオのことを信頼しているが、本人が言っていたように一人だけで勝てるとは思っていない。私は私で背後の一団を速やかに撃破しなければなるまい。私は双剣を握りしめ、背後の一団目掛けて駆け出すのだった。
次回は6月20日に投稿予定です。




