悪戯な帰還
「じゃあね、アンドリュー君。君は真面目で、しかも純粋すぎた。神にならない方が幸せだったのかもしれないね」
どこか寂しげな『悪戯の古神』様が『正義の神』の亡骸に触れると、その肉体がみるみる色褪せていく。そして瞬く間に亡骸はその表情と姿勢のまま石像になってしまった。
何故にこんなことをするのかわからない。私が疑問を抱いているだろうと予想していたのだろうか、『悪戯の古神』様はクルリと素早く振り向くと肩を竦めながら答えを教えてくれた。
「こんなことになったけど、アンドリュー君は別に悪神や邪神って訳じゃない。こうして石像になってれば、信徒達が拝めるでしょ?何らかの理由で死んだ神の遺体はこうして僕らが石像にするんだ。信徒の数は激減するけどね。やっぱり死んだ神様って頼りないって思われちゃうみたいで」
『悪戯の古神』様の述べた答えに、思わず私は眉を顰めてしまった。『正義の神』の所業は悪神や邪神の類いだと言っても差し支えないはず。それを庇ったように聞こえたからだ。
私の不満にも気付いたらしく、『悪戯の古神』様はクスリと小さく笑う。そんなに分かりやすかっただろうか?
「ま、これは表向きの理由なんだけど」
「表向き?」
「僕やアンドリュー君の血を飲んだから分かるでしょ?神の遺骸がそのままの状態だったらどうなるか」
「……ええ、分かります」
言われてみれば当たり前だろう。神の血は飲んだだけで驚異的な効果であった。瀕死の重傷から戦えるまで回復され、切断された複眼と尻尾が新しく生成されたのだから。
ならば薬品の材料とすればどうなるか。それこそ死者蘇生や不老不死の秘薬が完成するかもしれない。血液だけでこうなのだ。角や牙、鱗を持つ神ならばどうなる?それらを使って武器や防具を作るべく、神を殺そうとする不遜な輩が現れるのは明白であろう。
「想像の通りさ。そういう利用法があるって事実そのものが広がらないようにしてるんだ。神様だって保身のために動くんだよ」
「ほ、保身……何と言うか、神とはもっとこう、超然としていると思っていました」
「戦うのが苦手な子も多いからね。戦いに関係なく神に至る子なんてザラにいるし、いくら力があっても格下に付け込まれてやられることだってある。それこそ、君が実践してくれたじゃないか」
……私の中の神様に対するイメージが瓦解してしまいそうだ。自分達を襲うことによる利益を隠すことで、自らの安全を保とうとする。まるで弱者の強かさではないか。
そう思うと同時に私が『正義の神』を討ったのも事実である。『悪戯の古神』様によって大幅に弱体化していたとは言え、神ならざる身で神を討てたのだ。油断を誘ったり毒を盛ったりなど、手段を選ばなれば戦神でも倒せる可能性があることは証明していた。
「ですが、『悪戯の古神』様も戦神ではありませんよね?」
「ちょいちょい。僕を引き合いに出しちゃダメだって。文字通り、格が違うからね。君は剣術を習った赤ちゃんに負けると思うかい?」
「あり得ませんね」
つまり、二柱の神々にはそれだけの差があるということ。流石は六柱しか存在しない古神。神々という括りの中でも隔絶した力を持つようだ。
「まあ、そんな僕達に匹敵するまで己を高めようとしてる子達もいるんだけどね」
「誰ですか、そんな無謀な連中は……」
「そんな言い方していいのかにゃ~?相手は君の恩人なのにぃ?」
「恩人?」
「それは……こんな顔さ!」
『悪戯の古神』様は両手で顔を覆って隠してから、パッと手を開く。すると隠されていた顔は別人の……アイワスのそれへと変化していた。
「え……な……は……?」
「ニャハハ!ビックリ大成功!ところで、アイワス君の組織の名前は覚えてるかな?」
「『第七の御柱』……そういうことですか」
呆然としている私を見て、『悪戯の古神』様は悪戯に成功したことを喜んでいる。アイワスの顔で彼が見せたこともない満面の笑みを浮かべているのは何とも言えない感覚だった。
悪戯を司るだけあって、隙あらば悪戯を仕掛けてくる御方である。かと言って腹を立てるほどではなく、苦笑で許せないラインを決して越えない塩梅を保っていた。
そんなことよりもアイワスが目指す場所が余りにも高い場所ということを初めて知った。六柱いる古神様に並ぶ高みを目指しているとは……いや、待て。つまりそれはアイワスもまた神の一柱だということになるのではないか?
「……ところで、ここはどこなのですか?私はすぐにでもレオの下へ戻りたいのですが」
「ん~?ちょっと待って……よし!戻った!」
質問したい気持ちをグッと押さえつつ、私は最優先するべきことを尋ねた。今もレオは戦っているのか、それとも私を待っているのか。それすらも分からないからだ。
私が焦っていることを分かっているだろうに、『悪戯の古神』様は粘土を捏ねるように両手で顔をいじっている。そして元の顔に戻った所で問題はないと言い切った。
「そうだよね、わかってるって。くるりんちょ!」
『悪戯の古神』様は持っていた杖で虚空に円を描いた。何をしているのかと思えば、杖が描いた軌跡の空間がズレていく。そして円の内側には、私達が襲撃した街が俯瞰視点で映っているではないか!
複眼を皿のように見開いているだろう私を見て、『悪戯の古神』様はゲラゲラと笑っている。私がかの御方の笑いの種になるのは何度目なのだろうか?知らない間にも私の醜態を見ていたのかもしれない。
「空間に悪戯したよ。ここを潜れば戻れるさ」
「空間に悪戯……もう何でもアリですね」
「そうでもないさ。あくまでも悪戯してるだけだからね。不具合は必ずどこかに出るんだ」
そう言って『悪戯の古神』様は謙遜しつつ、杖をまるで釣り竿であるかのように振り上げる。すると私の斬り落とされた尻尾がかの御方の手の中に収まった。
何をしているのか尋ねる前に、『悪戯の古神』様は私の尻尾に手を添える。するとバキバキと音を立てて尻尾の形状が変化していく。音が止んだ時、私の尻尾の残骸は細身の曲剣に姿を変えていた。
曲剣は切っ先から柄まで全てが外骨格の色である。刃渡りは白剣とほぼ同じだろうか?『悪戯の古神』様は満足げに柄を私の方に向けた。
「こんなモンかな。あ、取り敢えず形を整えただけだから帰った後に本職に見せるようにね」
「何故、こんなことを?」
「理由は二つ。君の剣、折れちゃったじゃない?だから代わりを作ってあげようってのが一つだね」
確かに私の白剣は折れてしまった。柄と刃は持って帰ろうかとも思っていたが、そんな時間は惜しい。それよりも、この曲剣があれば私の双剣術を活かせるはず。この曲剣を貰えるというのはありがたい話だった。
「もう一つの理由はね、この尻尾を放置しておくのが勿体なかったからさ」
「勿体ない?」
「うん。だって、これとそっちの黒い剣は神殺しの武器なんだからね」
「神殺し?」
尻尾の毒針が『正義の神』を弱らせ、生命を奪ったのが黒剣なのは事実だ。しかし、あくまでも凶器というだけではないか。そんな私の疑問もお見通しなのか、『悪戯の古神』様はチッチッチッチと舌を鳴らした。
「ただ殺すのに使っただけとか思ってるでしょ?神の返り血をしこたま浴びたんだよ?普通の武器であり続けるって方が無理だって」
『正義の神』の返り血を浴びたことで私の剣は変質してしまったらしい。よくよく考えれば神の遺体はいくらでも使い道があるのだ。生命を奪うほど血を浴びたのなら変質してもおかしくないのかもしれない。
私は柄を掴んで曲剣を受け取った。初めて持つというのに、不思議と手に馴染んでいる。元が私の一部だからだろうか?これなら今すぐにでも戦えそうだ。
「後片付けは僕がやっとくからさ。アンタレス君はそこを潜って戻りなよ」
「はい。お世話になりました。このご恩は……」
「そういうのは良いから!ほら、急ぐんでしょ?」
「……はい。では失礼しまあああああっ!?」
礼を失しないように『悪戯の古神』様へ感謝を伝えようとしたものの、私は急かされるままに空間の窓とでもいうべき円の中に脚を踏み入れる。その瞬間、私は落下し始めたではないか!
円の中に映っていたのは街を俯瞰する光景だった。つまり、円の先は街の上空にあったのだ。それを知らなかった私は思わず悲鳴を上げてしまう。閉じていく円の奥からは『悪戯の古神』様の高笑いが聞こえて来るのだった。
次回は6月16日に投稿予定です。




