遺言
「認め、ない!そのような、正義など、認めるものか!」
これが私の主張に対する『正義の神』の答えであった。どうやら私の正義はお気に召さなかったらしい。認めてもらう必要もないので全く落胆していないが。
拒絶の叫びと共に『正義の神』は立ち上がる。毒は間違いなく効いているし、剣で突き刺した右脚は血まみれだ。おぼつかない足取りからも、立っているのがやっとの状態なのが伝わって来る。
それでも『正義の神』は戦意の炎を消してはいない。一転して不利になっていると言うのに、折れる気配は微塵もない。決して賛同は出来ないが、奴の信念は本物であるようだ。
「認めてもらう必要はない。ただ、私は敵を……お前を葬るだけだ」
「っ!あああああっ!」
傷口が完全に塞がった私は双剣を手に再び駆け出す。痛みは残っているのに、体調は万全という不思議な状況だ。いや、それ以上か。今までになく身体が動くという確信がある。神の血を摂取した副作用かもしれない。
絶好調な私とは対照的に、『正義の神』は私の毒のせいで明らかに弱っている。つい先程まで一瞬で作り出していたはずの光の剣、これが形を成すまでに私の接近を許してしまうほどに。
「認めぬ!認めぬ!認めぬ!我こそが正義!正義が敗けてはならんのだ!」
猛毒の影響か、はたまた怒りによるものか。『正義の神』は両目を充血させて光の剣を振るう。猛毒を受けていても、光の剣そのものの斬れ味に変わりはない。私の外骨格を容易く斬り裂くことだろう。
だが、その動きは明らかに精彩を欠いていた。太刀筋はブレているし、動きも全身が連動していない。猛毒が回ったことで、本来の実力が出せていないのは確実であった。
「敗けられぬ!敗けてはならぬ!」
「くっ!?」
「おぉ?何で攻めきれないんだろ?舐めプするような性格でもないのに?」
それでも、私の双剣は『正義の神』に届かない。『悪戯の古神』様がおっしゃったように、私は一切の油断も手加減もしていないのに、である。
戦士ではない『悪戯の古神』様にはわからないようだが、実際に刃を交えている私には原因がわかっている。その理由は『正義の神』の動きを先読みすることが困難になったからだ。
「コヒュー……!コヒュー……!」
動きは悪く、呼吸音も明らかに異常だ。しかしながら、『正義の神』は武芸に関するあらゆる面で天才的らしい。身に付けたばかりであろうに、虚実織り交ぜた多彩な攻めを見せているのだ。
おかげで動きがとても読み難くなった。もしも奴が万全の状態でこの技術を持っていたなら、私はとっくに斬殺されていたことだろう。
「ヒュッ!」
ビキッ!
「「何っ!?」」
『正義の神』が振り下ろした光の剣を右の白剣で弾こうとしたその瞬間、お互いにとって想定外の出来事が起きた。光の剣が白剣の半ばほどまでめり込んだのである。
方法を教わって以来、私は双剣の手入れを欠かしたことはない。生命を預けるのだから当然だ。ならば破損の原因は私が弾き損なったことに違いない。弾く直前に『正義の神』の太刀筋がブレて角度を誤ったのだ。
このお互いにとって想定外の出来事が勝敗を分けた。私は想定外の出来事など日常茶飯事であり、素早く状況に対処することを求められて来た。
一方の『正義の神』は有り余るほどの才能に恵まれていたせいで駆け引きすら必要としなかった。そんな二人がどちらにとっても想定外の事態が起きた時に何が起きるのか?
「ふんっ!」
「なっ……がっ!?」
私は半ばまで刃が食い込んだ白剣を力一杯引き寄せる。猛毒に侵されて身体が弱っていること、そして急に反応することが出来なかったこともあって『正義の神』は体勢を崩しながらこちらに引き寄せられた。
そこへ私は左の黒剣で腹部を突き刺す。腰溜めにして身体ごと押し込んだこともあり、黒剣は腹部に深々と突き刺さって背中まで貫通した。
「ゴボッ……があああああっ!」
普通のヒト種であれば致命傷のはずなのだが、腐っても神と言うべきか『正義の神』はまだ動けるらしい。手に持っていた光の剣を一度消し、手のひらを私に向ける。何らかの霊術を使おうとしているのは明らかだ。
この時、『正義の神』は黒剣の刃を握り締めている。こうすれば私を逃げられないと思っているらしい。だが……私は戦士であっても剣士ではないのだ。
私は柄から手を離すと、尻尾を支えにしつつ後ろに倒れ込む。さらに両足を揃えて思い切り柄頭を踏み付けた。
「何……だと……?」
アッサリと剣から手を離しただけでなく、踏み付けるという真似までしたことが信じられなかったらしい。『正義の神』は驚愕するように目を見開いている。全てが奴にとっての常識の埒外にある行為だったのかもしれない。
武器を手放すということは攻撃と防御の手段を捨てること。『正義の神』はそう考えていることだろう。だが、私にとってはそうではない。私は右手の指を揃えながら前へ大きく踏み込み、外骨格に覆われた貫手を『正義の神』の身体に突き刺した。
「ぎぃっ!?」
「潰れろ!」
私の貫手は鳩尾から『正義の神』の身体に突き刺さる。その上で私は脈動する臓器を……心臓を鷲掴みにした。間髪入れず、私は右手に全身全霊の力を込めて心臓を掴む手に力を込めた。
蠍だった時の名残から、私の握力は仲間の誰よりも強いのだ。神と言えど心臓の強度がヒト種からかけ離れている訳ではないらしい。私の握力によって『正義の神』の心臓は握り潰された。
「ふん!」
「うはっ!えっぐいねぇ!」
ただ、神が心臓を潰されただけで死ぬとは思えない。そこで私は右手から霊術を発動させ、体内から体外へ向けて砂の棘を発生させる。砂の棘は体内をグチャグチャにしたことだろう。
どこか楽しげな『悪戯の古神』様の声を聞きつつ、私は心臓を掴んだまま右腕を引き抜く。さらに用心して距離をとった。
まだ何かしてくるかとも思ったものの、『正義の神』はその場で膝から崩れ落ちる。まだ呼吸している音が聞こえるのでまだ死亡していないらしいが、同時に動けなくなっているようだ。
「いやいやいや、お見事!良いモノを見せてもらったよ、アンタレス君!」
『悪戯の古神』様は讃えるように手を叩きながら、未だに警戒を解いていない私の横にやって来る。もう決着はついたと判断なさったようだが、『正義の神』はまだ死んでいないのだから私は気を抜けなかった。
臆病と笑われるかもしれないが、相手は神なのだ。最期の悪足掻きだけで殺されるかもしれない。気を抜けるはずもなかった。
「そう警戒することもないって。僕らならともかく、生物から神に至ったアンドリュー君達は心臓を引っこ抜かれれば流石に死んじゃうって。ほら、ついてきて」
「……そうですか」
『悪戯の古神』様が太鼓判を押したので構えは解いたものの、決して油断は出来ない。『正義の神』の身動ぎ一つも見逃さないという心構えで凝視しながら、かの神と共に接近した。
「さて、アンドリュー君。君はもう助からない。僕は助ける気がないからね」
「……」
「でも、遺言くらいは聞いてあげようじゃないか。何かあるかい?」
『悪戯の古神』様は床に膝をついて『正義の神』に視線を合わせつつそう言った。血まみれで満身創痍、さらに胸に大きな穴が開いた『正義の神』は浅い呼吸を続けている。じきに死ぬと明言されていても、これで死んでいないのが神という超越者であることを如実に物語っていた。
尋ねたのは『悪戯の古神』様なのだが、『正義の神』は虚ろな視線を私に向けている。そして唇を震わせながらゆっくりと口を開いた。
「我は……我が正義は、敗れたか……魔人よ。我が問いに……答えよ」
「……何だ」
『正義の神』は掠れる声で私に尋ねる。無視しても良かったのだが、奴は私を邪悪ではなく魔人と呼んだ。呼び方を変えただけという、些細な変化である。
しかし、それだけの変化が死にゆく神の……それも私がここ手で討った神の遺言を聞いてやっても良いという気持ちになった。どうやら私は自分が思っている以上に単純な性格なのかもしれない。
「家族と……仲間を……守る。そのためなら……手段を、厭わぬ。それが、貴様の……正義であったな」
「その通りだ」
「ならば……その正義、貫いてみせよ。貴様は我を……『正義の神』を討ったのだから」
「言われるまでもない。だから……もう眠れ」
自分の掲げた正義を貫け。そんな『正義の神』らしい言葉を遺すだけ遺して奴は事切れた。私の返答を聞いたのか、聞いていなかったのか。それはわからない。だが、その死に顔は憎たらしいほどに穏やかな表情であった。
次回は6月12日に投稿予定です。




