天才故の……
「ぐっ、おおおおっ!」
『正義の神』を討つためには、防戦一方という状況から抜け出さなければならない。私は斬られることを覚悟して前へ踏み込む。無理に踏み込んだせいで光の刃を防ぎ切れず、私の肩口を深く斬り裂いた。
元から苦痛に耐性がある私が、斬られる覚悟を決めていたのだ。この程度の痛みであれば動きが鈍ることなどない。動きが鈍らないからこそ、『正義の神』を私の、すなわち双剣の間合いに入れることに成功した。
「シャアッ!」
「ッ!」
「おっほ!当ててる!流石だねぇ!」
踏み込んだ私は首を狙って左の黒剣を振るう。『正義の神』は頭を反らしたものの、完全に回避することは出来なかったらしい。黒剣の先端は『正義の神』の頬を浅く斬った。
まさか斬られるとは思っていなかったのか、『正義の神』は露骨に動揺している。だが、私の追撃を許してはくれないらしい。『正義の神』は後ろへ大きく飛び退いた。
「あ、そうだ。アンタレス君、その剣に着いた血を舐めたらいいよ~」
「血を?」
「そ。今は力を剥ぎ取られてるけど、アンドリュー君も神の一柱だよ?そしてずっと格上の僕の血を飲んだ君はどうなった?」
「なるほど」
『悪戯の古神』様のありがたいアドバイスに従い、私は黒剣に付着した血を舌で舐め取る。『悪戯の古神』様の血を飲んだ時ほどではないにせよ、嚥下すると同時に身体が熱を持ち始めた。
全身の裂傷が目に見える速度で癒えていく。先程斬られた肩口も塞がりつつある。『悪戯の古神』様の血が死の危険がありながらも死の淵から蘇ることも可能な劇薬なら、数段劣る『正義の神』の血は即効性のある高級薬と言ったところか。
神を薬の原料扱いするのは我ながら不敬が過ぎるが、事実なのだから仕方がない。それに『悪戯の古神』様はともかく、『正義の神』は敵なのだから別に構わんだろう?
「多少の手傷は気にしなくても良いのか」
致命傷さえ負わなければ、『正義の神』の血で治癒することが可能らしい。痛いのは変わらないし、耐えられるとは言え辛いのは事実だ。だが、死ぬよりはマシである。私だけでなく、家族や仲間達の未来の安寧のためにも勝つために我慢する時なのだ。
一方で、『正義の神』はすでに頬の傷が癒えている。奴も致命傷を受けない限り死ぬことはなさそうだ。どちらが先に致命傷を負わせるかが勝敗を、そして生死を分けることになるだろう。
「っ!」
「む?」
「あれあれぇ?アンドリュー君、ビビってる~?」
私が再び刃を交えるべく一歩進んだ時、『正義の神』は一歩後ろに下がった。まるで私との距離が詰まることを拒絶しているかのように。
『悪戯の古神』様は小馬鹿にするように挑発する。挑発は届いているし、効いてもいるのか怒りの形相でかの神を睨んでいる。だが、やはり前に出ることはない。まさか……
「斬られたのは初めてだったか?」
「くっ……!」
私がさらに一歩踏み込みながら問いかけると、『正義の神』はさらに一歩下がった。言い返すのではなく、さらに一歩下がる。その時、『正義の神』の顔に怒りと困惑、そしてほんの少しの恐怖の表情が浮かんでいた。
ここで私は自分の推測が正解に限りなく近いのだと確信した。その推測とは、『正義の神』は苦戦したことすらないのではないかというものだ。
『悪戯の古神』様はおっしゃった。『正義の神』は天才的な武芸の腕前の持ち主だと。そして実際に剣を交えた時、動きがあまりにも最適であるが故に読みやすかった。少しフェイントを掛けるだけでも私を斬るのは容易かったであろうに、決して行わなかった……まるで、そんなことをやったことがないかのように。
「そう言えば、アンドリュー君が大怪我したって聞いたことないかも。聖典は嘘混じりだけど、敗けなしってのはホントのことだし。トントン拍子に出世したってイメージだねぇ」
「羨ましい話ですよ、本当に」
大怪我をしたこともなく、恐らくは苦戦することもなく勝利を重ね、ついに神にまで至った。何度も敗北し、何度も死にかけた私とは大違いである。心底羨ましいし、同じくらいに妬ましかった。
奴の才能はフェイントなどの駆け引きを身に付ける必要がないほど優れていたのだろう。そして神に至ってからは超越者としての力も相まって、余計にそんな技術を磨く必要がなくなった。天才故に脆い部分がある。それが真相であるようだ。
「私には、そこまでの才能はない。無才と言うほど卑下はしないが、決して天才とは言えない。だが……それでも勝てそうだな」
「おっ!大きく出たねぇ!思いっ切りやっちゃいなよ!」
自分にしか聞こえない大きさで呟いたつもりだったのだが、『悪戯の古神』様の耳には届いていたらしい。偉大な御方に背中を押されるように私は前へと駆け出した。
すると『正義の神』は剣を持っていない手をこちらに向けると、手のひらから霊術の光線を連射する。これまで一度も霊術を使っていなかったのに、だ。近づかれるのを嫌っての行為なのは明らかだった。
光の剣を使っていることからも分かるように、『正義の神』は光の霊術が得意なようだ。霊術に関しての情報はないに等しいが、こちらも不得手ではないらしい。光線の威力も連射力も優れているようだ。
「光線か。確かに速いが、それだけだ」
「何故、当たらん!?」
ただし、ここでも奴が天才であることが裏目に出ていた。目線と手のひらから、どこを狙っているのか丸分かりなのだ。
私は回避するのではなく、光線が飛んでくる場所に置くようにして小さな砂の盾を生成する。光線によって盾は爆散するが、光線の直撃を防ぐという目的は十分に果たしていた。
「っ!ハアッ!」
「声が震えているぞ」
連射される光線を防ぎ切りながら間合いを潰すと、『正義の神』は光の剣を振るう。流石は天才というべきか、その動きは相変わらず正確に急所である首を狙っていた。
『正義の神』は天才だ。だが、それ故にどこを狙うのかが丸分かりである。私は双剣で光の刃を跳ね上げて防いだ。
「お前は天才なのだろう。だが……技術を舐めるなよ」
そして奴がヒトだった頃から今までの期間に、人々は武芸を磨き続けている。武芸とは己よりも強い者を倒すために磨かれた技術。まさに『正義の神』のような天賦の才を持つ者を討つためのモノなのだ。
私は我流に加えてクリスから学んだ双剣術を修めている。双剣は『正義の神』の身体をとらえ、皮一枚ではあれど傷付けることに成功している。先人が脈々と受け継いで来た技術は、確かに『正義の神』という天才に届きつつあった。
「甘く見るなよ、邪悪風情が!」
「ぐぅっ!?」
ただ、天才とは厄介なモノらしい。奴はこの短い攻防で私の双剣術に対応しつつあった。私を間合いに入れさせず、同時に私の生命を確実に奪わんとしているのだ。戦いが長引くほど、私の勝機は薄れて行くらしい。天才故の適応力と言ったところか。
そこで私は勝負に出た。頬を斬った時と同じように斬られることを覚悟して強引に踏み込み、今度は下半身を斬る……ように見せかけて尻尾の毒針で『正義の神』の首筋を狙ったのである。
「甘いわ!」
「がっ!?」
リスクは承知の上での強引な接近。その代償は大きかった。『正義の神』は一刀の下に、私の顔面を斬り裂き、尻尾を斬り落としたのだった。
次回は6月4日に投稿予定です。




