砦の攻防戦 その四
オルヴォから武器を受け取り、ドライフルーツというこの世のものとは思えぬ美食を堪能した四日後。私はオルヴォに連れられて、砦の北に広がる草原に来ていた。連合軍は丘の上に布陣していて、地理的な優位性はこちらにあると言えた。
ここからだと遠くで進軍する侵略軍の陣容がよく見える。砦から出陣した連合軍の一万に対し、侵略軍は多くても二千ほどだろう。数の面ではこちらが圧倒的に有利だった。
しかし、侵略軍は自律的に動く金属の箱を伴っている。しかも上に筒状兵器を乗せた大型の箱やつだ。その数は二十台ほど。砦の上から撃ち下ろしていた炎弾を移動しながら撃てるのだと思うと相当な脅威である。数の有利など簡単に覆されてしまうかもしれない。
「おぉ~、壮観だねぇ!」
丘の上から敵陣を見下ろしながら、オルヴォは凄い凄いとはしゃいでいる。自分が前線に出る訳ではないから気楽なものだ。私は何をさせられるのか未だに指示されていないから戦々恐々としているぞ。
私は無意識に両方の腰に提げている剣の鞘へと手を伸ばしていた。これを使いこなせるようになったとは口が裂けても言えないが、これのお陰で命が助かることがあるかもしれない。いや、頼むぞ本当に。
「ええっと、今日の任務だけど……前とほぼ一緒。単騎で別の方向から近付いて、火吹戦車……あの筒が乗ってるヤツね?あれを幾つか壊してこいってさ。鉄の礫が効かないからって、無茶言うよねぇ」
火吹戦車か。捻りがなさすぎるネーミングだが、敵の兵器であるし分かりやすい方が良いのだろう。確かに炎弾を発射する戦争に使う荷車であるからな。
そんな兵器に一人で近付き、しかも破壊してこいとは無茶を言う。無茶だとわかっているのなら断って欲しい思うのだが、オルヴォが引き受けてしまった以上私はやらねばならない。ああ、死にたくない……けど、逃げられない。やるしかないのか。
「二十台いるから最低でも十台は壊して来いってさ。まあ、行けるでしょ!頑張ってね!」
他人事のように言うな、お前は。ゲオルグよりも普段の扱いはマシだが、お前の方が死にそうなほど危ないことをやらせてくる。はぁ、行きたくないなぁ。
私が沈んだ気分で戦場となる場所を眺めていると、遂に侵略軍が進軍を開始した。その装備は遠目だが、砦を守っていた時とは違っている。全体的に鎧が分厚く、大きなものに変わっていたのだ。
その上、連合軍が使っているものよりも大きな盾とそれに負けない巨大な戦斧を担いでいる。近接戦闘に特化した鎧なのだろう。鋼の塊を思わせる軍団が綺麗に整列しながら進軍する様子は距離があっても中々に威圧感があった。
その後ろにいた私の標的である火吹戦車だが、意外なことに最初に広がってからその場に留まっている。あの位置で炎弾を遠くから撃ちまくるのか。戦場を追い掛け回しながら戦う必要があるのかと思ったが、そうでもないようだ。
「こっちも動くっぽいね。じゃ、いってらっしゃい」
「……」
私は今から死地に赴くと言うのに、オルヴォはまるで少し出掛けるのを見送るように手を振っている。もう心の中で突っ込む気力すら失った私は、ため息を我慢して火吹戦車を破壊するべく草原を駆け出した。
今回は連合軍の西側から回り込むように移動した私は、霊術を使って地面を砂に変えると地面を潜って地中を移動して火吹戦車に接近する。その際、闘気と霊力を極限まで抑えるのを忘れない。私は死にたくないので、可能な限り戦闘したくないのだ。
(強い霊力……霊術の撃ち合いが始まったか)
私は地上で連合軍側から強い霊力が膨れ上がり、侵略軍に向かって飛んでいくのを感じ取った。きっと砦攻めの時と同じように強力な霊術士が大規模な霊術を放ったのだろう。
それに対して侵略軍側からは相変わらず強い霊力は感じない。しかし、霊術が炸裂した様子もなかった。きっと何らかの手段によって防いだに違いない。私には想像もつかないような技術を持つ連中であるし、そのくらいは平気でやってのけそうだ。
(そろそろ一台目が近くなってきた。周囲に強い気配はない……なら、手早くやるか)
私は順調に地中を進み、火吹戦車の近くにまでやって来た。感覚を研ぎ澄ませて周囲の気配を探るが、幸いにも白い鎧の兵士のような突出した強者はいない。さっさと壊して次に向かおう。
私は火吹戦車の真下にまで移動すると、剣を抜かずに強化した腕の外骨格の爪で貫いた。頑丈な火吹戦車であるが真下からの攻撃は想定していないらしく、二本の腕は火吹戦車の底を貫いている。火吹戦車は重たかったが、私の飛び出した勢いのままに横転してしまった。
両腕を引き抜きながら、私は思い切り尻尾を叩き付ける。外骨格に包まれた尻尾による打撃は、火吹戦車を折り曲げるようにして歪ませた。中に兵士がいたようだが、恐らくは死んでいるだろう。
「■■■■■!?」
「■■■!■■■■!」
火吹戦車の護衛と思われる侵略軍の兵士は何かを叫びながら筒状武器を私に向け、鉄の礫を発射する。私は硬化させた外骨格でそれを防ぐと、反撃せずに再び地面に潜って行った。
私の任務は火吹戦車の破壊であって、その護衛だった兵士を殺すことは含まれていない。恨みや憎しみも抱いていないし、わざわざ殺すほどの理由がない。だから無視して任務の標的だけを狙うのだ。
地中を移動して最も近い火吹戦車を襲撃する。これを合計で十回以上繰り返せば良いだけ。それから私は素早く四台の火吹戦車を破壊することに成功した。
(あと六台……だが一番近い火吹戦車の付近には強い気配がある。白い鎧の兵士がいるのかもしれない。ここは迂回しよう)
私は強そうな気配を感じたので現在地から最も近い火吹戦車を襲うことはさっさと諦めた。外壁の上で戦った時にも思ったが、白い鎧の兵士は格が違う。勝てないとは思わないが、あれのせいで任務を果たせなかったら元も子もない。避けられる戦闘は避けるべきなのだ。
私の隠形を見破る可能性も考慮してかなり大回りに迂回した。強い気配は動くことなくその場に待機していて、追いかけてくる様子はない。気付かれることもなかったようだ。
無事に戦闘を避けた私は、火吹戦車潰しを再開する。地中からの奇襲を防ぐことは難しく、火吹戦車は次々と破壊されていった。私の任務は順調に進み、遂に九台の火吹戦車を破壊することに成功した。
(最後の一台はあそこにするか)
私が選んだのはやはり強い気配がしない場所だった。これまで通りに地中から飛び出して火吹戦車に穴を空け、目標の十台目を尻尾で叩き潰す。侵略軍の兵士の罵倒を聞きながら再び穴に潜って逃げる。それで終わるはずだった。
帰るために穴に潜ろうとした私の頭に、突如として強い衝撃が走る。その衝撃は一度だけでなく、何度も何度も頭を撃ち据えた。私は唐突な衝撃で転んでしまい、穴に潜ることは出来なかった。
私は受け身をとって立ち上がりつつ、危険を感じて後ろへと跳躍する。その直後、私がいた場所に何かが落ちて来た。本能の囁く危機感に従っていなかったら思い切り踏まれていたかもしれない。
「■■■■、■■■■■」
落ちてきたのはやはりと言うべきか白い鎧の兵士だった。ただ、前に戦った兵士とは違う。感じられる闘気と霊力の質が異なるし、何よりも鎧と武器が全く異なっているのだ。
右腕は回転する刃ではなく、普通の腕になっている。代わりに持っているのは細身だが柄と鐔の部分が妙にゴチャゴチャした剣だ。左手には太めの筒が上下に二本並んだ筒状兵器を持っていた。
私は姿勢を低くして逃げようとしたものの、その前に左手に持っていた筒状兵器が火を吹いた。筒の片方が光ったかと思えば、私の肩にとんでもなく重い衝撃が走る。私は再び地面の上を転がった。
どうやら太めの筒からは数十の鉄の礫が同時に放たれるらしい。一発一発は大したことがない礫であるが、まとめて叩き付けられれば侮れない威力になるようだ。私は起き上がりながら肩を回して調子を確かめる。よし、問題なく戦えるな。
白い鎧の兵士は起き上がる私に向かって駆け出していた。そして肩を回す私へともう一回礫を撃つ。もうその威力知っている私は、両腕を交差させてしっかりと防御した。
今度こそ転げることなく踏ん張った私に向かって、白い鎧の兵士は右手の剣を振るう。それを尻尾で弾いたのだが、その直後に私の頭に鉄の礫が激突する。その礫は右手の剣の鐔の部分から放たれていた。
右手の剣には鉄の礫を撃つ筒状兵器が仕込まれていたのだ。あのゴチャゴチャした部分がそうなのだろう。侵略軍の連中はこの鉄の礫を撃つ武器が随分と好むようだ。
剣に仕込まれた筒状兵器は高性能なのか、普通の兵士が放つ礫よりも大きなモノをより高速で放てるらしい。私の頭を最初に撃ったのもこれなのだろう。外骨格のお陰で出血こそなかったが、外骨格は凹んだ上に頭が揺れてクラクラする。やってくれたな、この野郎。
兵士は続けて左手の筒状兵器を私に向けようとしたところを右の肘で打ち落とし、左の拳を顔面に打ち込む。兵士は剣で防いだものの、闘気を高めて殴ったことで大きく後ろへ飛んで行った。
「ぎげがげぐごがが、がぐぎががぎ」
逃走が困難だと判断した私は、左右の腰から素早く剣を抜く。右手に握るのは聖騎士が使っていた両刃の直剣だ。片手で使いやすいように少し短くしてある。切っ先は少し丸みがあるのが特徴的だが、ちゃんと研いであるので突き刺すことも出来そうだ。
左手に握るのは私の鋏を使った剣だった。幅広で分厚い片刃の剣であり、私の外骨格を使っているのにかなり重い。中に重りとなる芯を入れているようだ。頑丈な外骨格を重さに任せて叩き付ければ、鎧ごとカチ割ることも出来そうだ。
あの老人に感謝しつつ、私は剣を構えて突撃する。兵士は筒状兵器を撃つが、左手の剣を振って纏めて弾いた。そして下から右手の剣で斬り上げる。兵士の剣と私の剣が激突し……私の剣が兵士の剣を斬り飛ばした。
……嘘だろ?私は霊術回路を起動させてすらいないんだぞ?私が霊術回路を起動していなかったからか、相手も同じように起動させていなかったのも一因だろう。それにしたって剣で剣を斬るなんて、どんな切れ味だと言うのだ!
私もそうだが、兵士も驚愕していた。我々が正気に戻ったのは全く同じタイミングだった。私は左手の剣を振り、兵器は左手の筒状兵器を向けて放つ。私の剣は筒状兵器と共に兵士の指を数本斬り飛ばし、私の胸には至近距離で鉄の礫が直撃した。
凄まじい衝撃が外骨格を軋ませ、あまりの重さと痛さに内側がズキズキと痛む。しかし、今がチャンスだ。あの兵士は私の命を脅かす敵。生存率を上げるためにも、この兵士は今ここで討つのだ。
私は痛みを制御して無視すると、猛然と兵士に襲い掛かった。今度は両方の剣の霊術回路を起動させ、剣の本来の力を解き放っている。霊力の輝きが尾を引きながら、二本の剣で左右から挟み込むように剣を振った。
「ぎげ!」
「■■■■■!」
兵士は先ほど斬ってしまった剣を私に投げ付ける。するとその剣は私の目の前で大爆発を起こした。目障りな爆風を払って踏み込んだ時……そこに白い鎧の兵士はいなかった。
逃げられた。それを知った私は少しの間呆然としていた。敵から逃げるのは私の方であると思っていたので、まさか逃げられるとは思っていなかったのだ。
死にたくないのは敵も同じか。そう思うと納得出来る。私は二本の剣を鞘に納めつつ、地面に潜って移動を開始するのだった。




