恒久の世界平和
己の一撃を防がれたからか、それとも私のことが気に入らないからか。『正義の神』は親の仇を見るかのような目を私に向けている。向けられた殺意は本物であり、私の恐怖からか背筋に走るゾクゾクとした寒気はこれまでの人生で最も強かった。
だが、私の剣術が通用しているのも事実だ。背後から刺された時のような理不尽さはない。『悪戯の古神』様によって神の力を奪われたのは間違いないようだ。
「アンドリュー君。僕にしては珍しく、大真面目な話をしよう。アンタレス君の言う通り、君に宿っていた神としての権能は明らかに乖離しつつあった。何故だか分かるかい?」
『正義の神』は返事をすることなく、立ちはだかる私を斬り捨てんと刃を振るう。その刃は全て必殺の威力が込められているし、私は防ぐのがやっとという有様。剣術の腕前で私を凌駕しているのは確実であった。
しかし、私は自分を守れている。胸を貫かれた痛みは残っている上、『悪戯の古神』様の血を飲むという荒療治だったからか身体の動きが鈍く感じられるのに、である。
「それはね、とっても単純な理由さ。君のことを正義を司る神だと認めないってヒトが爆増したからなんだよ」
「虚言を弄するか!」
「嘘じゃないさ。ねぇ、アンタレス君?」
「……ぬああっ!」
『悪戯の古神』様の言葉を信じられなかったのか、『正義の神』の動きが雑になった。その隙を逃さず、私は『正義の神』の腹部に前蹴りを叩き込む。自分でも思った以上に良い蹴りが入ったこともあり、『正義の神』は後ろに押し飛ばされた。
尻尾を叩き付ける余裕がなかったから前蹴りになったのだが、動きが鈍く感じる割りに良い蹴りが出せている。とても不思議な感覚だが、威力があるのなら問題はないだろう。
一方で私に蹴られた『正義の神』は驚愕したように私を凝視している。まさか足蹴にされるとは思ってもみなかったのだろう。さっきは頭を踏み付けられたのだから、これでチャラ……にはならんぞ。もう何発か蹴っても良いはずだ。
「ええ。少なくとも、私はアレを『正義の神』だとは認めたくありません」
「でしょ?その声は一気に大きくなってるんだ。何故かって?これも単純な理由さ。神々と人々を君が踏み躙ったからだよ」
これまでは挑発的な態度ばかりだった『悪戯の古神』様だったが、私の背後にある複眼に映るのは憐れみの表情だった。因果応報だ、とばかりに大げさに侮蔑するかと思ったのだが……正直なところ意外である。
「残念だよ。色んな意味でね。神って不真面目なのが多いじゃない?だから君みたいなマジメ君がいてくれると面白かったんだけども……一つ聞いていいかい?」
「……」
「君の目的は何なの?自分の信徒に戦争を起こさせてまで何がしたいの?」
『悪戯の古神』様は真顔で『正義の神』を見つめている。本神がおっしゃったように、大真面目な質問なのだろう。私が動けなくなった時のような、有無を言わせぬ圧力が神殿を満たしていた。
神の力を剥がれたこともあり、この圧力を直接向けられている『正義の神』は身動き一つ取れないのではないか。そんな私の予想は裏切られることになる。何故なら、『正義の神』は堂々と胸を張っていたからだ。
「愚問なり。我が求めるは恒久の世界平和である」
「……は?」
「どうどう。落ち着こうね」
恒久の世界平和、だと?戦争を起こしておいて?傀儡兵などという、死者の尊厳を踏み躙るような兵器を運用しておいて?レオ達からティガルを奪ったのに?求めているのは恒久の世界平和だと?……ふざけるのも大概にしろ!
いつの間にか私の横に立っていた『悪戯の古神』様が肩に手を置いていなければ、私は感情のままに怒鳴っていた。肩に乗せられた手がなければ、すぐにでも双剣で斬り掛かっていたのは間違いない。
「恒久の世界平和かぁ。それで、どうやって平和を作り出すつもりだい?」
「知れたこと。遍く全ての者が我が信徒に改宗すれば良い」
「無理だな」
『正義の神』の答えに、私は吐き捨てるように呟いた。少なくとも、ここまでされて改宗するほど私は軟弱ではない。いざとなれば砂漠に引きこもってでも拒絶するつもりだ。
『悪戯の古神』様は軽く私の頭を小突いた。話の腰を折るなということだろう。私は視線を『正義の神』から外さず、謝罪の意味を込めて頭を下げた。
「ふ~ん。でも、平和を望みながら戦争を起こすのは矛盾してないかな?」
「大業に犠牲は付き物であろう」
「それ、死んだ人達にも言えるの?」
「平和の礎となったことを誇れば良い」
ギリリ、という音が神殿に響く。世話になった『悪戯の古神』様の手前、私はなんとか我慢した。だが、私の中で怒りと殺意は際限なく膨れ上がっていた。
恒久の世界平和を実現しようという気宇壮大な目的自体は素晴らしいと思う。だが、被害者の大半はその目的の賛同者ではない。そう、血を流しているのは部外者なのだ。
同志でもない者達に犠牲を強いるという時点で、いくら高尚な目的であろうと断じて認めるつもりはない。これを当然だと考えているなら、『正義の神』は傲慢極まる性格ということになるだろう。
「じゃあ、仮に君の求める平和が訪れたとしよう。でも、君が司るのは正義だろう?じゃあ、平和を維持出来るとは限らない。違うかい?」
「愚かな。あり得ぬことだ」
「どうして?」
「我が司るは正義。我が正義は絶対。正邪の軌範さえあれば、平和は保たれよう」
『正義の神』は自信ありげに語った。何が正しくて、何が間違っているのか。『正義の神』が目指す平和な世界では、それを決めるのは奴自身であるようだ。世界の支配者にでもなるつもりだろうか?それが目的でなかったとしても、結果的にそうなるのは間違いない。
ただ、『正義の神』が正邪を定める平和な世界では、邪悪とされた者達の居場所はない。神敵扱いされた私が排除されるのは当然のこと、私の仲間達もまた迫害されるのは間違いない。我々の居場所がない世界など認められるはずもなかった。
「……そっか。そうなっちゃったのか。君がずっと苦悩してたのは知っているよ。正義とは何なのか、誰よりも考えていたのを僕達は知ってるんだ」
「何を言って……」
「だから、つけ込まれたんだね。残念だ。本当に、心の底から残念だよ」
『悪戯の古神』様は私の横から離れ、再びガイウスの孫の上に腰掛ける。問答はこれで終わりらしい。最後に意味深なやり取りをしていたが、私には関係ないこと。私のやるべきことはただ一つ。目の前の敵を……神の力を失った神を討つことだ。
最初は逃げ出す算段について考えを巡らせていた。『正義の神』は私を名指しで神敵としたようだが、私は自分と仲間達の生命が無事ならばそれで良い。無理に戦う必要はないと思っていた。
だが、今は違う。『悪戯の古神』様との問答を横から聞いて、私は目の前の『正義の神』をとても危険な存在だと認識を改めている。あの傲慢な神は自分のやっていることが正義だと信じて疑っていない。誰に何を言われようと、この戦争を終わらせるつもりはないようだ。
正義を司る神が、正義のために起こした戦争。これを終わらせるためには、元凶である『正義の神』を討つより他に方法はない。仮にこの戦争で目的を果たせなかったとしても、『正義の神』はまた繰り返す。それが正しいことだと認識しているのだから。
そして神の力を失った今は最大の好機である。しかし、『悪戯の古神』様に戦う気はなさそうだ。今を逃せば奴が討たれる日は遠ざかるだろう。ならば私は、私と家族と仲間達の未来のためにも戦うより他にない。私は弾かれたように猛然と『正義の神』に襲いかかるのだった。
次回は5月27日に投稿予定です。




