悪戯の古神の権能
『悪戯の古神』様によって殴り飛ばされた『正義の神』は、遠くにあった祭壇に激突する。冗談のような速度で飛んで行った『正義の神』によって、その祭壇は瓦礫の山になってしまった。
『悪戯の古神』様は細い杖を軽く振っただけだったのだが、きっと私が受ければ全身がバラバラになっていたのではあるまいか。『悪戯の古神』様は戦神だと聞いたことはないのだが……恐らくは存在としての格が違うのだろう。大人と赤子ほどの差があるに違いない。
「うん、こんなモンでしょ。じゃ、後は見物させてもらうよん!」
「……え?」
『悪戯の古神』様はそれだけ言うと麻痺して床に転がっているガイウスの孫の上に腰掛ける。このまま『正義の神』を赤子の手をひねるが如く倒す流れではなかったのか?私は間抜け面をさらして『悪戯の古神』様を凝視してしまった。
そんな私の様子が可笑しかったのか、『悪戯の古神』様はケラケラと笑っている。その真意を問いただそうとしたものの、瓦礫の山を突き破って飛び出す影が『悪戯の古神』様へと突撃していく。私は反射的に庇うように前へ出てしまった。
「重っ……?」
「退け、邪悪。貴様の相手は……後……?」
私は交差させた双剣で『悪戯の古神』様を狙う刃を防ぐ。受け止めただけで両手が痺れてしまうほどの重さは、師匠の斧槍を想起させる威力であった。
ただ、それだけである。防いだ私の双剣がへし折れる訳でも、外骨格ごと腕が斬り飛ばされた訳でもない。本来ならばあり得ないことなのだ。何故なら、私に刃を振り下ろしたのは『正義の神』なのだから。
私が神々に並ぶ超越者になったから受け止められたのだ、などと自惚れるつもりは一切ない。簡単に背後から刺され、無様に転がされて虫けらを踏み潰すように殺されそうになった直後なのだから。
ならば自ずと原因は一つしかない。それは眼前の『正義の神』が弱く……それこそ、私の刃が届き得る程度にまで力が落ちているからだ。
「どうなって……何をした!?」
「大っきな声出さなくたって聞こえてるって。まだ耳は遠くなってないんだからさ」
「ふざけるな!」
「あぁん、もう。怒鳴らないで……って言ってるじゃ~ん?」
『悪戯の古神』様の口調は直前までと変わらない。だが、私の背筋にいきなり凍り付くような感覚が走った。生き延びることを使命とする私が、動くことすら出来ないほどの恐怖に足が竦んだのだ。
ただ、私は『悪戯の古神』様が初めて露わにした不快感の余波を浴びたに過ぎない。かの古神の不快感を実際に向けられた『正義の神』は大きく背後へ跳躍していた。
「へいへいへ~い!アンドリュー君、ビビってるってマジ~?」
「貴様……!」
ここまでの短いやり取りだけでも、『正義の神』は強い自尊心の持ち主なのは間違いない。そんな『正義の神』を『悪戯の古神』様は聞き慣れない言葉で煽っている。『正義の神』は端正な顔を歪めていた。
『正義の神』は明らかに怒っている。その原因は私ごときに一撃を防がれたからか、『悪戯の古神』様に侮辱されたからか、それとも不快感を向けられただけで後ずさりした自分の不甲斐なさからか、あるいはその全てか。何にせよ、あの神がここで引くことはないだろう。
「この我に何をした!」
「え?聞いちゃう?僕が司るのは悪戯だよ?だから、やったのは悪戯に決まってるじゃないの」
「戯れるな!」
「いや、戯れるのが僕の本質なんだけれども。真面目に答えないと納得しなさそうだね?しょうがないにゃぁ、アンドリュー君は」
やれやれ、と肩を竦めてから『悪戯の古神』様は立ち上がる。真面目に答えると言いつつ、わざと妙な語尾にしている辺り、真面目という言葉がどこまで本当かわからない。掴みどころのないお方である。
『悪戯の古神』様は直前まで座っていたガイウスの孫を踏み台にしているものの、『正義の神』はその点を言及するどころか視線を向けることすらないこのことに私は眉根を寄せずにはいられなかった。
敬虔な信徒、それも恐らくは聖騎士団の頂点かそれに近いだろう人物を足蹴にされているのだ。せめて一言でも不快感を示すことくらいしてやれないのか。
ガイウス本人と異なり、その孫は敬意を抱ける相手ではない。だが、あれほど尽くしていたのにここまで省みられないというのは、あまりにも彼と傀儡兵化した聖騎士達が哀れではないか。
「君が神にまで至ったのは事実さ。でもね、元は一人のヒト種だったでしょ?だったら元のヒト種に戻ることがあってもおかしくないじゃない」
「そのようなことはあり得ぬ!」
「これがあり得ちゃうんだよねぇ……確かに超越者になることって、本来は不可逆な変化だよ?でもね、僕ってば『悪戯の古神』だからさ……不可逆って法則にも悪戯出来ちゃうのさ!」
凄いでしょ、と杖を掲げて『悪戯の古神』様は奇妙なポーズを取っている。これまで怒りを浮かべていたはずの『正義の神』は愕然としていた。正直、その気持ちは分かる。私も全くの同意見であったからだ。
『悪戯の古神』様は悪戯しか出来ないと言ったが、今の説明から察するにあらゆる物事に……この世の法則にまで悪戯という名の介入が行えるということになるではないか。最も偉大な神々の一柱だと知ってはいたが、そんなことまで可能とは……我々の物差しで測れる存在ではないことを改めて思い知らされた気分であった。
「ま、何でもかんでも自由自在にやれる訳でもないんだよ。あんまりやりたい放題やったら他の兄弟達に怒られるし。その分、時々気に入った子を眺めて楽しんでるんだけど」
「……そこの邪悪のようにか」
「そうそう!僕が注目する子って、ほっといても波乱万丈な人生を送るんだけどさ!僕が注目するともっと色んなことが起きるから見てて楽しいんだよね!」
「えぇ……?」
今の言い方だと、ただでさえハードな私の一生に『悪戯の古神』様が注目したせいで余計に色んなことが起きたということなのか?思わず背後を振り向くと、かの神は視線を反らした。それこそ、悪戯がバレたシャウラのように。
「いやぁ、ワザとじゃないんだよ?言い方はとっても悪いんだけど、存在としての格が違いすぎて見てるだけでも影響が出ちゃうんだよね。その分、変装してちょっとだけ手助けするようにしてるんだ。だから……許してちょ?」
『悪戯の古神』様はそう言いながらペロリと舌を出して手を合わせた。力の片鱗を見せただけでも圧し潰されそうだったのに、子供のような茶目っ気を見せることもある。威厳があるのかないのか、わからない神様だ。
何と言うか、怒る気が失せてしまった。様々な姿に変装して私を助けてくれたことも事実である。私は気にしていないという意思を込めて首を縦に振った。
「おおぅ!アンタレス君は器が大きい!やっぱり砂漠の支配者は違うねぇ!」
「調子の良いことをおっしゃる……」
「フッフッフ!最古のお調子者とは僕のことさ!ところで……アンドリュー君。君には良いニュースと悪いニュースが一つずつあるんだ。どっちから聞きたい?」
「……」
「うーん、ノリが悪いなぁ。じゃあ定番通り、良いニュースから。今の君は神の力を失った訳だけど、この状態は永久じゃない。ちょっと時間が経てば元通りになるはずさ」
『悪戯の古神』様の視線は再び『正義の神』に向けられる。『正義の神』は、黙って私達を睨み続けているばかりで返答をしなかった。
「次は悪いニュース。君の力を剥ぎ取るのがね、僕の想定以上に簡単だったんだよ。アンタレス君、これがどういうことか分かるかな?」
「わ、私ですか!?」
『悪戯の古神』様はいきなり私に話を振ってきた。私は関係ないと思っていたので完全に不意打ちである。私なりに考えて何とか返答しなければなるまい。
神の力がどんなモノなのかはわからない。だが、剥ぎ取りやすかったということから推理することは可能なのではなかろうか。
「神の力が最初から剥がれつつあった、とかでしょうか?」
「愚弄するか!この我を!」
私が自分の推測を口にした瞬間、『正義の神』は激怒して私に斬り掛かる。こうなると予想していた私は落ち着いてその刃を双剣で弾くのだった。
次回は5月23日に投稿予定です。




