刺す神あれば救う神あり
手足から力が抜けていく感覚と、今になって胸に鋭い痛みがやって来る。さらに全身が冷えていくように感じるのは体温が下がっているからだろうか?致命傷を受けたのは間違いない。
死が迫ってくる。その恐怖は何物にも代えがたい。生き延びるという使命を果たせないという焦燥もある。だが、それ以上に私は不思議でならなかった。背後が見えているはずの私が全く反応出来なかったからだ。
空間転移の霊術かと思われたが、それなら転移した瞬間に視界に入るはず。それすらもなく、何の前触れもなく身体を何かが貫いた。自分の身に何が起きたのか、何一つ分からなかったのだ。
死の恐怖と不可解な事象への困惑が、私の頭の中でグルグルと回り続ける。思考がまとまらない。身体もうごかない。このまま、しぬのか?こんな、アッサリと?
「まだ息があるか」
うしろから、こえが、きこえる。きいたことの、ない、こえが。だれ?かお、みえない。しかい、ぼやける。いたい。くるしい。
あたま、ふまれた。がいこっかく、われた。くちのはさみ、おれた。あたま、つぶれそう。ああ、ダメ。しぬ。くりす、かたばみ、きりく、すいれん、しゃうら、さるがす……
「はい、ダメ~」
「貴様は……」
あたま、いたく、ない……?なにか、かかった……みず?はな、きかない。くち、うごかない。みず、くちにはいった……!?
「グハッ!?ゲホッ、ゴホッ!?」
「おっ、ちゃんと効いたね?」
口に垂れてきた液体が喉を通って嚥下した瞬間、薄れつつあった私の意識は覚醒した。いや、させられたと言っても良い。何故なら、身体に活力が戻ると同時に腹から喉にかけてまるで焼きごてをねじ込まれたかのような熱さが私を焼き始めたからだ。
外骨格ほどではないとは言え、私の身体には熱への高い耐性があるはず。なのにこの熱さはなんだ!?私は床の上で無様にのたうち回ることしか出来なかった。
「いやぁ、ビックリしたよ。まさか、君がしゃしゃり出てくるとは思わなかったからね」
「聖騎士……?傀儡兵では、ない?」
ようやく熱が引いたところで、私は周囲を見渡す余裕を取り戻す。私の背後にいたのは真っ白な髪に金色の瞳を持つ端正な顔付きの美少年と、傀儡兵となっていたはずの聖騎士であった。
聖騎士が私を庇うような位置に立っているので、私を刺したのは白い方だろう。聖騎士は私が刺される直前まで他の聖騎士と共にいたのだから間違いない。カール王に比肩するほどの美貌ではあるが、私を背後から刺した張本人だ。細身ではあれど、決して油断しては……!
「傷が、治っている?」
「そりゃそうさ。この僕の血を飲ませたんだからね。まあ、身体が丈夫じゃないと内側から『ボンッ!』ってなっちゃうブツなんだけど!」
……身体が焼けそうな熱は聖騎士の格好をした何者かのお陰だったらしい。それにしても、口に流れ込んだ液体は血だったのか。意識が朦朧としていて味など分からなかったし、そもそも意識があってもあの白い奴に踏まれたせいで元から口の中は血まみれだったので気付かなかったかもしれない。
ただ、この血は飲んだだけで身体が爆ぜることもある劇物だったらしい。兜越しではあるが、物騒なことを言いながらケラケラと笑っている。助けてくれたのだからこの方は味方なのだろうが……いや、待て。この声、絶対にどこかで聞いたことがあるぞ?
「気付いたかい?そう、ある時は世話役!またある時は差し入れした兵士!またまたある時はゾンビにされた聖騎士!その真の姿は……」
「『悪戯の古神』……そこの邪悪がそれほどに大事か、邪神よ」
「……あのさぁ、そこで横槍入れちゃう?ほんっと、君って空気を読めないよねぇ~っと」
聖騎士はパチンと指を鳴らす。すると、その姿は一瞬で変化した。つばのある円筒形の帽子を被り、上等そうな、しかし見たことのない奇抜な雰囲気の服装になったのである。
金属の籠手を装着しているというのに指を鳴らせたのは、きっとあの鎧が幻術だったからだろう。私は現実逃避気味にそんなことを考えていた。
「改めて!この僕が、って!名乗らせてよ!」
「ぐうっ……!」
まだ自分で名乗ろうとした所に、白い男はいつの間にか手に握っていた剣を振るった。正面から見ていたというのに、私の複眼をもってしても動き出しが全く見えなかったのだ。どういう理屈なのか、全く分からなかった。
それだけではない。不思議な格好の黒い方は振るわれた剣を細い杖で軽々と防いだものの、ぶつかった衝撃波は凄まじい。私は立っていられず、背中から床に転がった。
ただ、私はまだましな方だった。背後で立ち尽くしていた本当に傀儡兵化していた聖騎士達は壁に叩きつけられている。装備している鎧は潰れているし、音から考えて内部の身体も甚大な損傷を受けているはずだ。
傀儡兵に痛覚はないはずだが、奴らはピクリとも動かない。あれだけの損傷を受ければ動くことが出来ないのも道理である。もしかすると体内にある球体が砕けているのかもしれないな。
私は転ぶ程度だったのに、聖騎士達はあの様だ。これは黒い方が守ってくれたということだろう。ここは素直に感謝するべきだ。
「はぁ~……あー、もう格好がつかないなぁ。僕の正体は『悪戯の古神』さ。僕のこと、知ってる?」
「も、もちろん存じております。守っていただいて、感謝申し上げ……」
「いやいや、礼を言われるようなことじゃないって」
「抜かせ」
黒い方こと『悪戯の古神』様に感謝を言う前に、白い方は猛然と襲い掛かる。その動きはやはり私の複眼で捉えられない速度であり、何をやっているのか正確に見切ることは出来なかった。
しかし、衝撃波こそ私に届くがそれだけだ。同じく私の複眼で捉えられない速度で『悪戯の古神』様が細い杖で防いでいるらしい。白い方が全力で剣を振るっている様子なのに対し、『悪戯の古神』様は手首を動かしているだけ。地力に圧倒的な差があるのだろう。
「流石は最古の神々の一柱……」
「おっ?尊敬しちゃった?崇拝してもいいんだよ?」
……偉大な神様のはずなのに、言葉遣いが驚くほど軽い。いや、守ってもらっているのに無礼にもほどがあることを考えてしまった。
神殿を揺るがす衝撃波を浴びながら、私は何とか立ち上がる。どう考えても私が目の前で行われている争いに介入することは不可能だ。そんな次元の話ではないことは一目瞭然である。だが、無様に座して見ているというのは私の矜持が許さなかった。
「それでこそ、君だよねぇ。さて、と。アンタレスちゃん。君、彼が何なのかは分かってるよね?」
「……『正義の神』ではないかと」
「当ったり~!」
『悪戯の古神』様の質問への解答は正解だった。私はそれなりに強いという自負がある。その私が複眼で追うことすら出来ないとなれば、それはもう超越者……すなわち神々でしかあり得なかった。
そして今の状況を考えれば、『正義の神』ということになる。同時にここはまず間違いなく教会の神殿であろう。敵の本拠地で、直々に私を敵だと認定する神が、最古の神と戦っている。状況を正確に整理しただけなのだが……昨日の私にこうなると教えても絶対に信じないだろうな。
「それでねぇ……実はこのアンドリュー君ってばやっちゃダメなことをいくつもやっちゃったんだ。その制裁ってのを受けてもらおうっか」
「制裁だと?邪神の分際で何を……かはっ!?」
目にも留まらぬ速度で振るう『正義の神』の剣を、細い杖で捌き続けていた『悪戯の古神』様だったが変身した時と同じように指を鳴らす。すると『正義の神』の動きが明らかに遅くなり……その横っ面を細い杖で殴り飛ばすのだった。
次回は5月19日に投稿予定です。




