転移した先は
私は今、見覚えのない神殿と思しき場所にいる。白い石材がふんだんに使われていて、上下左右全てが白い部屋の奥には祭壇らしき場所がある。何と言うか、落ち着かない上に現実感が乏しい空間であった。
この場所について考えるのは後回しだ。今は自分の身に何が起きたことについて考えるべきだろう。とは言え、私は何が起きたのか知っている。同じ経験をしたことがなければ混乱していたことだろうが、幸いにも同じ現象に遭遇したことがあったからだ。
「……空間を操る霊術。こいつ、珍しい霊術の使い手だったようだな」
オルヴォが使っていた空間を操る霊術による、空間転移。それが私に起きた事象の正体だ。空間に干渉する霊術の使い手はとても珍しい。少なくとも私はオルヴォ以外で初めて見たぞ。
同時に私が抱いていた一つの疑問が氷解した。それはティガルの遺体が消失していた原因についてであった。
「そうか。こいつが遺体を回収して回っていたのか」
「ほう、案外知恵が回るようだな」
ひとりごちている私をどこか侮蔑するような言い方で評価する者がいる。隠れる素振りすら見せていなかったので、私は当然ながらその者達に気付いていた。
私は今神殿内にある広い部屋にいるのだが、祭壇の反対側に六人の人物がいることは最初から分かっていた。動きがなかったので放置していたが、今さらながら動き出したようだ。
「褒められたと感謝するべきか?」
「調子に乗るなよ、汚らわしい化け物が。無駄に口を開くな。空気が穢れるわ」
……自分から話しかけておいて、軽口一つにこの対応とはな。どうやら相当に嫌われているようだ。まあ、神敵扱いされているのだから当然か。
自分を納得させたながら、私は内心で首を傾げてしまう。何故なら、端正だが神経質そうな雰囲気の若者に強い既視感があったからだ。
彼は一人だけ前に立ち、残りの五人は彼の背後に並んでいる。このことから六人のリーダーなのだろう。その中でも唯一兜を被っておらず、顔が丸見えなので容姿がハッキリと分かるのだ。
「ほう。化け物の下等な頭でも私の顔に面影を見られるようだな」
「お前は……そうか、ガイウスの……?」
「察したようだな。貴様に討たれた『雷光』のガイウスは我が祖父にあたるお方だ」
『雷光』のガイウス。聖騎士の長であり、私が魔人になる前に討ち取った恐ろしく強い戦士。彼はその孫だという。ならば私を見る目が憎悪に満ちているのも当然だ。私は彼にとって祖父の仇敵なのだから。
「仇討ちが目的か?」
「違う。貴様らの低俗な物差しで測るな。私はただ、我が神から与えられた使命を果たすのみ」
それは嘘だ、と私は確信していた。これまでの経験で他人の感情の機微を推測することも出来るようになっている。本人は気付いていないようだが、ガイウスの孫は使命だと私に語っている最中にその口の端が少しずつ上がっていたのだ。
その感情の名は愉悦。大義名分の下に仇敵を討ち取れることに、心の底では歓喜しているのだ。彼は気付いていないのだろうな、自分が部下に見せられない顔付きになっていることに。
「問答はここまでだ。神の意のままに……死ぬが良い、化け物!」
「断る。妻と子を遺して逝けるものかよ」
ガイウスの孫は自分の名も名乗らず、祖父ガイウスが使っていたモノと酷似する長剣を抜いて私へと飛び掛かった。先陣を切るだけあって、彼の動きは素早く、振り下ろす長剣は鋭い。私は左の黒剣で刃を弾き返した。
ただし、反撃に出ることは出来ない。何故なら彼には続く五人の味方がいるからだ。ガイウスの孫が正面から、遅れて二人の聖騎士が左右から斬り掛かる。右の白剣と尻尾で弾いたものの、残りの三人が放った霊術が私に直撃した。
三人は協力して霊術の威力を高めている。一人が円錐形の石礫を作り出し、一人が風を操ってそれを高速で回転させる。そしてもう一人が何らかの液体を作り出して石礫にたっぷりと掛けていた。
中々の威力だったこともあり、私は後ろへ吹き飛ばされる。だが、闘気で強化した私の外骨格を貫くには至らない。すぐに立て直しを……?
「滑る?これは、油か!」
「死ねぇ!」
立ち上がろうとした時、足が滑って踏ん張りが利かないではないか。その理由は石礫に掛かっていた液体だ。酸か何かかと思えば油だったらしく、私は転びそうになるのを何とか堪えた。
しかし、私の隙を敵が逃すはずがない。ガイウスの孫は長剣に紫電を走らせながら、私の喉元を狙って鋭く突いて来る。外骨格の隙間を正確に狙っており、彼の剣の腕が本物であることに疑う余地はなかった。
「ぬ……おぉ?」
「チッ!」
鋭い突きを私は右の白剣で受け止める。すると突進する勢いと油によって私は大きく後ろへ流されてしまう。追撃の好機なのだが、ガイウスの孫は舌打ちしながら足を止めた。
その理由は彼の長剣からバチバチと放たれていた電撃である。可燃性が高い油だったようで、私の身体ごと油が撒き散らされた辺りが火の海になってしまったのだ。
ガイウスの孫だけでなく、他の二人も踏み込むのを躊躇してしまう。その短い時間で私は全身に砂をまとって無理やり鎮火させた。
「一張羅なんだ。燃やされたら困ってしまう」
「黙れ!」
私も挑発的な台詞を吐くのは苦手なのだが、ガイウスの孫には効果的だと見たので続けている。思った通りに激昂した彼は再び直線的な軌道で、味方の聖騎士との連係を考えずに突っ込んで来た。
彼が繰り出す斬撃を、私は足を決して止めずに移動しながら捌き続ける。常に動き続けることで、他の聖騎士の援護が難しい状況を作り出していた。
対多数の戦いにおいて、囲まれることだけは避けなければならない。幸いにもガイウスの孫は腕は天才的かもしれないが、挑発に乗せられやすいという明確な欠点がある。周囲との連係を考慮せずに猪突してくれるのだ。これを利用しないという選択肢はなかった。
さらに味方の聖騎士はそれを咎めない。ガイウスの孫に盲従しているということなのだろうか。いや、ここまでで声を出すことすらしていない。流石におかしいのではないか?
「随分と無口な仲間だな。具合でも悪いのか?」
「彼らの信仰心を愚弄するか!」
「……いや、どうしてそうなる?」
私の質問に対しての答えになっていない返答に、私は困惑を禁じ得ない。斬り結びながらガイウスの孫は得意げな調子で口を開いた。
「彼らは自らの意思で我が神に身を捧げた殉教者達なのだ!」
「殉教……まさか傀儡兵……動かしているのか!?仲間の死体を!?」
ガイウスの孫の発言から察するに、彼と共に私を追い詰めようとしている聖騎士達は自分から傀儡兵に成り下がった者達だという。信じられない行為だったこともあり、私は思わず声を荒げてしまった。
だが、ガイウスの得意げな表情に変化はない。それどころかより勝ち誇ったかのように笑みを深めていた。
「全ては正義のためだ!正義に全てを捧げた彼らは真の聖騎士と……ガハッ!?」
これ以上聞いていられなかった私は怒りのままにガイウスの孫の顔面を殴り付ける。振り下ろした長剣が肩口を斬り裂いたが、そんなことが気にならないほどに私は怒っていた。
ガイウスの孫を庇うように追い付いた聖騎士が……傀儡兵が私に襲い掛かる。二本の刃を弾いてから、私は両手に持つ双剣の柄を強く握りしめるのだった。
次回は5月11日に投稿予定です。




