潜入失敗、されど好機なり
「アニキ?」
「もうバレたらしいな」
防ぎきったとは言え、この冷気は明らかな攻撃だ。そして街中で攻撃するという時点で潜入が発覚したということは間違いなかった。
だが、正確な位置はまだ割れていない可能性が高い。何故なら、この極寒の寒波は私達をピンポイントで狙ったのではないからだ。
一階全体を凍結させる霊術の腕前は驚異的ではある。だが、これほどの使い手が私達の位置を掴んでいるのであれば広範囲の霊術は選ばない。確実に殺すため、もっと範囲を狭めて威力を集約させたはずだ。
「その場所も直に割れる。何人かが外から突入して来たぞ」
「上からも音が聞こえる。降りてきたんだ!」
これだけ派手な霊術を使ったのだ。警備の者が気付かないはずがない。いや、待て。一階にいたのは私達だけではなかった。霊術を防げずに死んだ者もいる。やったのは本当に聖騎士なのか?
上から降りてくる足音には困惑と混乱の声が混ざっている。少なくとも、上階にいる聖騎士はこの暴挙を知らなかったのは確実だった。
「……これ、チャンスじゃね?」
「そうかもしれん」
一階を凍らせた者とこの建物内の聖騎士は連携が取れていない。それだけではない。一部の聖騎士がこちらへ降りて来たせいで、上の階の警備が手薄になったのだ。
レオの言う通り、これは好機と言える。頼んでいないのに混乱が起きた上に、警備まで薄くなったのだ。これを利用しない手はなかった。
どちらか一人が逃げ回って撹乱し、その間にもう一人が人形師を排除する。逃げ回っていれば必ず騒ぎになっているはずで、人形師の排除を終えた方が合流した後に逃走する。ベルナール達がやっているように、片方が潜入に失敗したようにみせて陽動を行うのだ。
「アニキ、陽動はオレに任せてくれよ」
「いいのか?」
作戦の概要を伝えたところ、レオは陽動を買って出た。排除に向かうにせよ陽動するにせよ、危険なことに変わりはない。だが、レオは人形師の排除へ向かうと思っていた。
理由はもちろん、人形師がティガルの遺体を弄ん者達だから。復讐心に駆られて暴走することはないと信じているが、それはそれとして自分の手で討ちたいと願っても不思議ではないと思っていたのだ。
「オレはアニキほど隠れるのが得意じゃないし……冷気を操るってんなら、オレの方が噛み合いそうだろ?」
外にいるのは強力な冷気を操る者。私の外骨格も冷気に高い耐性を持つが、レオの言う通り彼の方が適任なのは間違いない。レオはその真逆、強力な熱を放つ者なのだから。
「わかった、任せる。だが、無理だけはするな」
「うん!精々、逃げ回って来るよ!」
そう言ってレオは壁を大剣で粉砕して飛び出していく。大きな音を立てて気を引くつもりなのだ。現に突入しようとしていた者は慌てて引き返し、上から降りてきた聖騎士も外へ出て行く。陽動は成功だ。
後は人形師を私が速やかに排除し、ベルナール達と共に離脱するだけ。レオの無事を願いながら、私は音もなく建物内の移動を開始した。
◆◇◆◇◆◇
壁を粉砕して飛び出したレオは、内心では自分の情けなさにため息を吐きたい気分であった。本心では人形師の排除は自分の手で行いたかったからだ。
復讐のために全てをなげうつつもりはもうない。だが、敬愛する父親を外法で弄った者達を許せるはずもない。その同類をこの手で討ちたいという考えがないはずがなかった。
「アニキの方が適役だもんなぁ……まあ、良いや。その分、こいつらで発散させてもらおっと」
「いたぞ!」
「侵入者だ!」
派手に飛び出したこともあり、建物内に突入する直前だった者達が追い掛けて来る。その者達の装備には統一感がなく、教会の聖印が刻まれていなかった。
教会に雇われた傭兵か、とレオは呟く。同時に自分達が気付かれたこと、そして人形師のいる建物を攻撃するという暴挙に出たことの原因が判明していた。
聖騎士にはアンタレスとレオを感知する手段がなかったから侵入出来た。そんな彼らの侵入に気付けたのは傭兵の中に敵の接近を感知する技能を持つ者がいたから。そして容赦なく建物ごと攻撃したのも、聖騎士ではなかったからなのだ。
追い掛けて来るのは傭兵だけではない。聖騎士もまた、レオを発見したのか追い掛けるべく出撃して来る。その顔には強い憎悪が浮かんでいるではないか。
「もしかして、オレがやったと思われてる?違うんだけど……ついてきてくれるんなら良いけどさ」
若干の誤解を受けているような気がするレオだったが、状況そのものは自分の望んだ形になっている。内心でほくそ笑みながら、レオは街中を疾走する。この逃走劇においてレオには勝算が二つあった。
「へっへーん!追い付けるもんなら、追い付いてみやがれってんだ!」
一つは彼が魔人であること。既に戦闘形態となった彼の身体能力は、素の状態でも闘気で強化した戦士を上回る。さらに闘気で強化もしているのだから、魔人でない並のヒト族の追随を許さない身体能力を誇っていた。
さらに彼には鋭い爪がある。アンタレスほど自由自在ではないものの、爪を引っ掛けて垂直な壁をよじ登ることも容易いのだ。
アイザックのように聖騎士にも垂直な壁を登れる者もいるかも知れないが、まず間違いなく霊術を使う必要がある。ワンテンポ遅れる者に追い付かれるほど、レオは鈍足ではないという自信があった。
「それに、兵隊が集まってるって言っても、ここは普通の田舎街。流石にここで派手な霊術をぶっ放すなんてことは……オイオイ、嘘だろ!?」
そしてレオのもう一つの勝算は、ここが軍事拠点ではなく国境に近いだけの街だということ。大軍が展開していることでほとんど全員が閉じ籠もっているものの、今レオが走っている屋根の下にはこの街の住民が暮らしているのだ。
それ故に威力の強い霊術を使う者はいないはず。そう高を括っていたレオだったが、背後から強い霊力の高まりを感じ取った。ギョッとして思わず振り返ると、霊力の発信源には一本の槍を肩に担いだ傭兵がいるではないか。
傭兵の顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいる。これは脅しではない。そう直感したレオは自分の体温を急上昇させる。次の瞬間、建物の一階が凍り付いた時以上の冷気が周辺を覆い尽くした。
「……信じられねぇ。街の人を巻き込みやがった」
放たれた冷気はレオだけを狙ったものではない。彼のいる位置を中心とした広範囲を容赦なく極寒の地へと変貌させた。
街の広い範囲は空気まで凍り付くほどの冷気にさらされてしまう。レオの周囲からはほとんどの音と人の気配が消えていた。冷気によって急速に体温を奪われたことで、大勢の街の住民が死を自覚する間もなく生命を奪われたのだ。
「チッ!何で生きてんだ、テメェ……」
呆然とするレオの前に現れたのは、この惨状を引き起こした張本人であった。自分の霊術に絶対的な自信があったのだろう。生きているレオを見た彼は露骨に不機嫌そうな表情になっていた。
関係のない大勢を巻き込んだことへの罪悪感など微塵も感じさせない傭兵を、レオは嫌悪せずにはいられない。他者の生命にここまで頓着しない精神性は、レオでなくとも好きになれる者の方が少ないことは間違いなかった。
「それに、よりにもよって混じりかよ。チッ!嫌な野郎のことを思い出しちまったじゃねぇか。責任とって死ねや」
「っ!」
レオのことを『混じり』と呼んだ傭兵、『氷槍』のジュードは素早く踏み込むとレオの喉元目掛けて槍を突き出す。レオは背負っていた大剣でなんとかその切っ先を反らすのだった。
次回は4月29日に投稿予定です。




