潜入した先で
「間違いない、敵の狙いは我々だっ!」
「本当に大丈夫なんだろうな!?」
ベルナール達が暴れ始めた頃、街の中央にある一際大きな建物……街の政庁では数人の霊術師達が半狂乱になって騒いでいた。彼らはアンタレス達が人形師と呼ぶ者達。傀儡兵を動かす術を習得している者達であった。
彼らは一様に黒いフード付きのローブを纏っていて、滅多に素顔を晒そうとはしない。そんな者達だが感情を抑えることは苦手らしい。自身に危険が迫っただけで……まだ敵が街中に侵入したという報告すらない状況で怯える程度には。
「警備は万全です。ご安心下さい」
「我々に傷一つでも付けてみろ!団長閣下に粛清されるのは貴様らだ!」
「わかっているのだろうな!?」
護衛の聖騎士は落ち着いた声色で安心させようとするが、霊術師達は安心することはない。恐怖に怯えながら、護衛の聖騎士達に当たり散らすばかりであった。
護衛の聖騎士達の反応は二つに分かれていた。前者は粛々と人形師を宥める者達で、後者は騒ぐ人形師を苦々しく眺める者達だった。
「……なんで、あんな霊術師達を守ってやらなきゃならないんだ」
「おい、聞かれたらどうする。見回りに行くぞ」
我慢できずに小声ではあれど不満を漏らす聖騎士を、別の聖騎士は見回りに行くという名目で退出させる。そして会話をしても気付かれないように政庁の地下にある倉庫へ連れて入った。
未だに不満そうな表情の同僚を見て、もう一人の聖騎士は大きなため息を吐く。そして彼は表情を変えない同僚の胸を鎧の上から軽く叩いた。
「不満なのは分かる。私も同じ気持ちだからな」
「だったら!」
「だが、それを表情に出すな。どんな目に遭うかわからないだろうが。リュク様とアダン様のことを忘れたとは言わせないぞ」
「それはっ……そう、だな」
露骨に不満を露わにしていた聖騎士だったが、同僚が出した名前を聞いてその熱は一気に冷めてしまう。聖騎士の中でも古参の猛者だった二人だが、現在は行方不明となっていた。
作戦行動中の行方不明、というのが公式の記録である。だが、この記録が嘘だということは公然の秘密であった。
「抑え役だったお二人がいなくなった途端に、傀儡兵の計画が一気に進んだんだ。まるで準備してたみたいに、な」
「そもそも、お二人がどんな任務に参加していたのかは不明。普段は同行するお二人の腹心達は別の任務で別行動させられてた……不審なことが多過ぎる」
「同時に行方不明になったのは団長の腰巾着達だろ?そういうことだろうぜ」
地下の倉庫という場所ということもあり、二人はリュクとアダンの件における違和感を言葉に出していた。まず誰も聞いていないと場所だからこそ、隠していた本心をさらけ出せるのだ。
「なあ、騎士団はおかしい方向に向かってるんじゃないのか?」
「……」
「本当に俺達がやってることは正義なのか?いくら敵だからって、正義に繋がるからってやって良いことと悪いことがあるんじゃないのか?」
「……ああ、そうだな。だが、教義では神の正義に逆らうことは悪だぞ」
二人は思い詰めた様子で俯いた。マリウス聖騎士団は教会の剣。神が定めた教義に従い、信徒を守護し、神の敵を討つことが使命なのだ。
剣は主の意思に、教義に逆らってはならない。ここにいる二人に限らず、今の教会はおかしいと思っている聖騎士は何人もいる。だが、同時に敬虔な教会の信徒でもあるのだ。神の定めた教義に逆らうのは、自分のアイデンティティを否定することに等しい。その一線を越えることは難しかったのである。
「ふぅ……言いたいことを言ったらちょっとスッキリしたな」
「お前は真面目だから、溜め込みがちなんだろう。たまには付き合ってやるから、連中の前じゃ大人しくっ!?」
聖騎士が言いたいことを言い切る直前、彼らの立つ床が砂に変わってしまう。明らかに霊術による攻撃なのだが、発動の兆候を全く感じられなかった。
誰もいない地下室ということもあり、気が緩んでいたのは間違いない。だが、彼らは聖騎士として十分な実力の持ち主だ。気付かなかったのは術者の隠蔽が上手かったからに他ならなかった。
「うっ!?」
「ぐっ!?」
即座に逃げ出そうとした二人だったが、まだ砂の中にあった大腿部にチクリと痛みが走った。その直後、身体が一気に動かなくなっていく。同時に強烈な睡魔に襲われ、二人は意識を失ってしまった。
◆◇◆◇◆◇
「よし、潜入成功だ」
ベルナール達が暴れている間に、私とレオは街への侵入を果たした。地中を通るといういつもの方法なのだが、今回は一工夫している。私達は霊術が入り乱れるベルナール達が戦っている戦場の下を通ったのだ。
この選択は功を奏したらしい。まさか地下とは言え正面から接近しているとは思わなかったのだろう。警戒に当たっているらしい聖騎士達はベルナール達が戦っている戦場の方向は警戒していなかったのだ。
街の真下に移動した後は振動から情報を収集し、喚き散らす人形師達を特定した。前に人形師達を討った時には広範囲を感知する何かの方法があったようだが、誰一人としてこちらに向かって来ないのだ。街中に入られることはないと高を括っていたのかもしれないな。
「アニキ、生かしたのかよ?」
砂に変わった床に腰まではまっている二人を見ながらレオは私に尋ねる。地下室にいた二人に私は強力な毒を投与した。
だが、その毒は即効性があるし効果も強いが致死性ではない。二人は石像のように動かなくなってはいるが、息もしていれば心臓も動いているのだ。
「ああ、そうだ。話は聞こえていただろう」
どこから侵入するかを決めてゆっくりと上へ進んでいると、偶然ながら二人の聖騎士の会話を盗み聞きする形になった。どうやら二人は教会の方針に不満と疑問を抱いているようだった。
聖騎士が一枚岩ではないことは、レオとリナルドが戦ったという人物の件もあって知っていた。だが、不満を抱えている者が人形師を護衛する者にまで混ざっているというのは大きな情報と言えた。
人形師は戦略的に重要な存在だ。それを護衛するとなれば末端と言えども精鋭であるはず。そんな者達が教会の方針に不満を抱える……想像以上に教会の内部の亀裂は大きいのかも知れない。ならばこそ、二人を生かしておいた方が良い。不満を抱える者達を減らすのは得策ではないからだ。
「うん……でも、聖騎士を見逃すのは複雑だよ」
「そうか」
レオも理屈の上では二人を生かしておいた方が利があるとは分かっているのだ。だが、聖騎士はティガルの仇。いつでも討てる状況で見逃す、ということに抵抗感があるらしい。理性と感情がせめぎ合っているようだ。
ただ、レオの理性は強靭であった。短く息を吐くと二人の聖騎士から視線を外す。その顔からは迷いは消えており、意識を完全に切り替えたようだ。
「人の気配はない。今が……っ!?」
「アニキ!?」
私達は地下室の出口から建物内に侵入する。その瞬間、私達は隠そうともしない、荒々しい霊力を感じ取った。咄嗟の判断で砂の防壁を構築する……と同時に私とレオは強烈な冷気に包みこまれるではないか。
砂の防壁によって冷気が直撃することはなかった。だが、防壁で凌いだとしても気温そのものが下がっているのだから私達も冷えていく。一瞬にして建物内の一階は極寒の地と化したのだった。
次回は4月25日に投稿予定です。




