つかの間の時間
侵略軍の砦が陥落してから、連合軍は砦の機能を再建するべく動いていた。と言うのも侵略軍が逃げながら砦の内側をメチャクチャに破壊した結果、外壁以外は使い物にならない状態になっていたのだ。
瓦礫を片付け、兵舎や兵糧庫などを作っていく。敵の死体は簡素に、味方の死体は丁重に弔う。急いで行われた作業は数日かけてようやく終了したようだ。
私はそれを檻の中からずっと眺めていた。兵士達は皆頑張っていたが、特に霊術士の苦労は一段上だったと思う。瓦礫の中から使えそうな素材を選別し、足りない素材を霊術で作り出して建築していたからだ。たった数日で砦が形になったのは彼らの尽力のお陰である。
ただし、砦はここにいる全ての兵士達を収容するには狭かった。そのため、連合軍は侵略軍の砦を利用しつつ増築することにした。
侵略軍の作った強固な壁の周囲に急ごしらえの土塁を築き、その内側に兵舎などの施設を築く。その土塁もこれから少しずつ強化される予定なので、侵略軍の砦を超える強固な要塞になるのは間違いない。
檻の中から周囲を観察するのも飽きて来たころ、ノシノシと歩いてアレクサンドルが近付いて来る。初めて会った時のように甲冑ではなく動きやすい服を着ていて、その顔は血ではなく土の汚れにまみれていた。
霊術士が砦の内側を整備している間、他の兵士は土塁の普請に従事していた。アレクサンドルもついさっきまで作業に従事していたらしい。『竜血騎士団』は率先して働いていたので、それを率いるアレクサンドルが汚れているのはむしろ自然であった。
「おう、今日も稽古を付けてやるぞ!ガハハハハ!」
豪快に笑いながら、アレクサンドルは檻の鍵を開ける。そして同じ鍵で四肢の枷を外した。私は三つの目蓋を開けて立ち上がると、アレクサンドルの背中について砦の外にまで歩いていった。
オルヴォと話してから、アレクサンドルは毎日私を檻から連れ出して自分達の訓練に参加させている。土木作業をしているのに毎日の訓練を欠かさないのは、それが習慣であるからだそうだ。自由時間にまで訓練を欠かさないからこそ、精鋭であり続けられるのだろう。
「よし!どこからでも掛かってくるが良い!」
剣と素手での格闘術について基本的な動きを教わった後、アレクサンドルは私に剣を持たせてひたすら自分との模擬戦をさせている。どうやらひたすらに実戦形式の激しい戦いをするのが『竜血騎士団』の訓練らしい。私の周囲でも騎士達は本気で剣同士をぶつけ合っていた。
私はアレクサンドルから受け取った剣を習った通りに振るう。最初は論外だったようだが、今ではそれなりにアレクサンドル相手でも戦えるようになっている。やはり実戦形式に勝る訓練はないと言うことか。
「ガハハハハ!良いぞ!良い撃ち込みだ!だが、まだ腕に頼り気味である!」
武器の扱いを学び初めて数日と言うことを忘れているのか、アレクサンドルは大声で笑いながら軽々と私の斬撃を弾きながら容赦なく撃ち込んでくる。今は剣術の訓練なので、外骨格と尻尾を使うことは禁止されている。アレクサンドルの重たい斬撃を回避するか弾くか防ぐかしなけれならなかった。
まだアレクサンドルの剣を受け流すことなど出来ない私は、剣の腹で受け止めることしか出来ない。たった一度の撃ち込みを受けただけで両腕が痺れ、体勢が崩れそうになるのを必死に耐える。訓練では闘気と霊術の使用も禁止なのだが、アレクサンドルの一撃は同じ条件とは思えないほどに重かった。
「相変わらず反応は良し!しかし、なるべく避けろ!さもなくば受け流すか弾け!防ぐのは最後の手段だ!まだまだ行くぞ!」
アレクサンドルはやはり手加減など一切せずに剣を振り回す。私は身を屈めたり摺り足で退いたりしてどうにか捌いていた。その時、決してジャンプすることはない。初日にそれをやって回避不能な一撃を受けてしまったからだ。
私は複眼でアレクサンドルの動きをしっかりと見ながら食らい付いている。言われた通りになるべく回避し、それが無理なら弾き、それでもダメなら防いでいた。
ただし、反撃に出ることは出来ない。撃ち込めたのはわざとアレクサンドルが先手を譲った初手だけである。条件は互いに同じであるので、これは純粋な剣術の技量の差だった。
剣を振ってきた年月が違いすぎるので、実力の差は埋めようがない。どれだけボコボコにされようと、今は少しでもアレクサンドルから動き方と技を学ぶのだ。そうすれば私の生存率は上がっていく。使命のためにも、必死になるのは当然だった。
「ガハハハハ!着実に強くなっているな!稽古の付け甲斐がある!稽古にも力が入ろうというものよ!」
機嫌が良くなったアレクサンドルの撃ち込みは、加速度的に激しさを増していく。私は何とか捌いていたが……ついに限界が訪れた。剣が手から飛ばされ、刃が首に目掛けて迫ってくる。
私は反射的に前腕で防いでしまった。闘気は使わなかったので、その場で耐えることが出来ずに地面を転がる。今日も私の反則負けだ。ううむ……殺し合いなら私にも勝機はあるのだが、訓練だと今のままでは決して勝てない。果たしてアレクサンドルから一本取れる日が来ることはあるのだろうか?
「ガハハハハ!そうふて腐れるな!武術の道は長く険しいもの!お主は入り口に立ったばかりでこれほど強いのだ!二十年ばかり剣を振れば、我と同等以上の腕前になるであろうよ!その時には我も腕を上げているがな!」
アレクサンドルは私の背中をバシバシと叩きながら大声でそう言った。ふて腐れるって、そんな風に見えていたのだろうか?そんなつもりはなかったのだが……ふむ、表情か。下顎が外骨格に包まれ、頬も開く上に複眼で眼球が動かない私にも表情があるとは。新しい発見である。
地面に座ったままの私は差しのべられたアレクサンドルの手を掴んで立ち上がった。唯一の服である腰巻きについた土を払っていると、砦の方から馬に乗った者が近付いてくる。きっと軍議か何かのために『竜血騎士団』を呼びに来たのだろう。
「レンクヴィンスト殿!軍議の時間が迫っておりますぞ!お戻り下さい!」
「おう、わかった!貴様等、訓練はここまで!砦に戻るぞ!」
「「「はっ!」」」
私は『竜血騎士団』と共に砦に帰還すると、私は自分の檻に入って椅子に座る。そして目蓋を閉じて眠ったふりをした。私の檻は砦の目立たない一角に置かれているのだが、目を開けていると近くを通る兵士達が恐れてしまうのだ。
どうせ目蓋を閉じていても他の複眼で周囲を見ることが出来るのだし、余計なトラブルを防ぐためにもそうする方が良い。その程度の気遣いは可能である。
その状態で闘気と霊力の制御訓練をしつつ、私は先程の訓練におけるアレクサンドルの動きを可能な限り忠実に思い出す。しっかりとイメージトレーニングをすることで、動きを再現しやすくなるからだ。個人差があるとは思うが、少なくとも私はそうだった。
同時に思い出すのは私を殺しかけた聖騎士の動きである。アレクサンドルほど力強くはないものの、流麗で鋭い刃の恐ろしさは忘れられるものではない。私が見た中で最強と言えるヒト種の二人の動きを上手に再現出来れば、私はより強くなれる。そう確信していた。
「あっ!こんなところにいた!はい、これ!」
私が訓練に集中してしばらく経った後、久しく戦場から離れていたオルヴォが私の前までやって来た。奴はローブの袖から布に包まれた長細い何かを取り出す。オルヴォが布を取った時、そこにあったのは二振りの剣だった。
私は複眼で剣を注意深く観察する。剣はそれぞれ長さも拵えもかなり異なっていた。片方は直剣で、これは聖騎士の剣を手直ししたものだろう。鞘は黒く染められた木製で、表面には植物の飾り彫りが施されている。柄には滑り止めとして布が何重にも巻かれているから戦闘中にすっぽ抜けることはなさそうだ。
もう片方の剣は片刃で幅広の剣だった。こっちは私の鋏を使った品だろうか?鞘は茶色い革製で柄にも革が巻かれている。こちらの鞘には荒野に立つ蠍の刻印がされているので、私の心は少しだけ踊っていた。
「じっちゃんの武器が完成してたんだよね。本当はその日の内に渡したかったんだけど、思い付いた考えをまとめてたら今日になっちゃった」
おい、後回しにしていたのかよ。私のことを何よりも優先しろとは言わないが、後回しにされたと知ったらあの老人が怒るんじゃないか?
「あ、さっきの軍議で聞いたんだけど侵略軍はこの砦を取り返すために南下してきてるみたいだよ。それを野戦で迎え撃つみたいだから、その時の戦いで使ってよ。ここに置いとくからね」
オルヴォは二振りの剣を私の足元に置きながら、聞き流せないことを言って去っていった。再びの侵略軍が迫っているらしい。今度はどんなことをさせられるのだろうか?今から不安である。
グウゥゥゥ……
む、腹の虫が鳴ったか。私は飢餓感を抑えられるが、蠍のままだろうとヒト種と合成されようと身体を維持するためには食事が不可欠だ。蠍の時と違ってヒト種の身体は腹の虫が鳴るからそれがわかりやすかった。
「あのー、食事をお持ちしました」
それから少し経ってから、一人の兵士が私の餌を持ってきた。黒髪で特徴のない顔の兵士が私の食事を運ぶ係りを任じられていた。押しに弱そうな雰囲気なので、嫌な仕事を押し付けられたのだろう。気の毒に。
兵士はおずおずと檻に入ると、私の口元にパンを持ってくる。ミカがくれたような柔らかいパンではないし、味気もない。だが、元々味というものに関心が薄いので問題はなかった。小さな鋏で受け取ると小さく千切ってから口に運び、モシャモシャと咀嚼した。
「はぁ~、いつ見ても器用なもんだなぁ」
気弱そうな兵士は私に食事を運ぶ度に、食べる様子を見て感心している。毎日見ているだろうに、そんなに面白いのだろうか?私は見られていることを気にすることなく、口を動かし続けた。
すると兵士は懐から何か別のものを取り出すと、再び私の口に近付ける。それはシワシワの丸い何かであった。ほんのりと甘い香りがする。何だこれは?
「ほら、ドライフルーツだ。美味いぞ」
「!」
私は促されるままにドライフルーツなる食べ物を口に運ぶ。それを噛んだ時、私の頭にまるで電流が走った。これまで食べた何よりも美味い……!世の中にこんなものがあるとは思わなかった。
私は夢中になってドライフルーツを咀嚼する。その様子を兵士は面白そうに眺めていた。こうして戦と戦の間の、つかの間の時間は過ぎていくのだった。




