警戒網を抜けるには
傭兵団『暁の牙』と、傭兵団が擁する『氷槍』のジュード。数いる傭兵団の中でも最上位の集団だ。特にジュードは私でも勝てるかどうかわからない実力者だ。半端な戦士では手も足も出ないだろう。
投入されている現地の兵士はやる気がなさそうだったが、その数は傭兵よりも多くなるのは間違いない。この先の警戒網を見つからずにくぐり抜けるのは一気に厳しくなっていた。
闘気と霊術を駆使すれば数の差を埋められるし、ベルナール達はそれが可能な実力者が揃っている。また、私達魔人の五感をもってすれば事前に敵の接近に気付くことも容易いだろう。だが……
「いくらやる気のない兵士でも、数が多ければ穴は少ない。傭兵がその穴を埋めているし、何より……」
「ハッキリと言って下さい。我々は隠密行動が苦手ということでしょう」
言い淀んだ私だったが、ベルナールの率直な言葉に頷く他になかった。そう、私とレオだけであればやる気のない兵士と斥候兵の技能を持たない傭兵の警戒網などくぐり抜けられる。だが、ここにいるベルナール達もいるのが問題だった。
ベルナール達はそれぞれ神殿の神官や信徒を守るための技能しか修めていない。隠密行動は苦手であり、ここまで来られたのは戦争のせいで大陸西部が荒れ果て、人口が大幅に減少したことで人の目がほとんどなかったからなのだ。
ここがハーラシア王国であれば、私達がどれだけ気を配っても数日で不審な集団として報告されていたのは言うまでもない。つまり、ここからはどれだけ気を配っても見つかるのは時間の問題だった。
「一応、見つからずに進む方法はない訳じゃない。発覚する時間を遅らせる効果しかないし、正直に言って気は進まないがな」
「それは?」
「進行方向にいる兵士達を殲滅する。傭兵は逃げられるかもしれないが、やる気のない新兵なら一人残らず始末しながら進むことは可能だろう」
「あ、アニキ……」
私の意見を聞いたレオは顔を引き攣らせながら信じられないとでも言いたげな目でこちらを見ている。そんな目で見るな。私だって気が向かないと言っているじゃないか。
それに、ベルナールに言ったように発覚するまでの時間を遅らせる程度の効果しかない。何せ兵士が帰って来ないのだ。逃亡した可能性もあるが、それが頻発すれば余程の無能だろうと異常事態だと考えるに違いない。
また、この作戦は傭兵相手には行えない。実力に差はあれど、共通している点は彼らがしぶといことだ。ベルナール達のように信仰や信念ではなく、傭兵は報酬のために戦う。それ故に報酬に見合わない仕事は受けないし、敵わないと見れば躊躇なく逃げる。踏ん張って戦う者の方が珍しいのだ。
弱い傭兵であれば問題はない。だが『暁の牙』の団員のような手練に散り散りに逃げられれば、私やレオが本気で追跡しても討ち漏らしが必ず出る。傭兵に見つかった時点で終わりだと考えた方が良いだろう。
「……他の者達と相談してみますが、恐らくは別の方法になると思います」
「その方が私としてもありがたい。現実的ではないし、教会に嫌々従っている者達をわざわざ手に掛けたくないからな」
ベルナールは大きく頷いてから、他の者達と協議するために去っていく。私とレオは今日の宿である廃村の家に残されたのだが、レオは訝しげに私を見上げていた。
「アニキ……何だよ、さっきの。らしくないぜ?本気で進言した訳じゃねぇのは分かってるけど……」
「目的がわからない、か?ベルナールを試させてもらっただけだ」
私の進言に対して、ベルナールがどう返すか。それが、レオが私らしくないと言う作戦を進言した目的だ。仮に積極的に採用しようとしたら私はレオを連れて逃げ出すつもりであった。
ベルナールにも言ったが、私の進言した作戦は現実的ではない。それは傭兵に逃げられる可能性は本当のことだし、嫌々従う兵士を討つことは気が向かないのも事実だ。
ただ、それ以上の問題がある。敵の正確な数がわからないこともあって何度戦うことになるのかわからないが、あの方針では連戦することになる。すると本来の目的である人形師を一人残らず暗殺する前に彼らが疲れ切ってしまうのだ。
彼ら、いや、少なくともベルナールは目的を見失っていない。彼らは死に場所を求めているが、それは教会に大きな打撃を与える作戦で戦って死ぬということ。事を起こす前に犬死にするのは御免なのだろう。
「彼らは既に心の一部が壊れている。だが、完全に正気を失っている訳ではない。それがわかっただけでも十分だ」
「まだ背中を預けられるってことか。色々考えてんだな、アニキは」
「当然だろう。お前の生命を預かっているんだからな」
まるで他人事のように感心しているレオには、私がレオの安全を最優先しているという自覚がなかったらしい。私は呆れてため息を吐いてしまった。
この作戦は危険であり、いざという時には逃げられるように同行者を一人に絞ったのだ。そしてティガルの件で人形師と教会へ強い憎悪を抱いていたレオが暴走しないように彼を選んだ。そのことをすっかり忘れていたようだった。
「……もう吹っ切れたのか?」
「えーっと、そうじゃないと思う。父ちゃんに酷いことをした奴等は許せないし、そこは今も思い出すだけで腹が立つよ?でもさ……ベルナールさん達を見てるとね」
「目が覚めたか」
レオは大きく頷いた。彼はティガルの件を完全に忘れ去った訳ではない。怒りの炎はまだまだ腹の中で燃えていようだ。
だが、ベルナール達のように怒りに飲み込まれてしまった者達を間近で見て思うところがあったらしい。復讐はしたいが、それが成し遂げられるのであれば自分が死んで良いという彼らと同じようになりたくないと思えたようだ。
復讐のために全てをなげうつ、か。何故かそう考えた瞬間、一瞬だけ胸が張り裂けそうなほどに痛んだ。それこそ他人事ではないかのような感覚である。しかし、その痛みも一瞬のこと。まるで何事もなかったかのように痛みは引いていった。
「よろしいですか?」
「あ、ああ」
私が自分の中で起きた唐突な痛みに困惑していると、仲間達に私達の報告を伝えていたベルナールが戻って来た。どうやら彼の接近に近付けないほど動揺していたらしい。それほどに動揺していることに気付かない自分に驚いていた。
ただ、ベルナールもレオも私の動揺に気付いていないらしい。私は何事もなかったかのように振る舞うことにした。
「皆に話して来ました。話し合った結果をお伝えします」
「ああ。どうするんだ?」
「まずは感謝を。隠密行動が難しくなることは分かっていましたが、想定よりも早いタイミングでした。我々だけであれば一方的に発見されていたでしょう」
ベルナールの感謝に私達は頷くだけで返す。私もレオも感謝してもらうためにやった訳ではない。それよりも続きを聞かせて欲しいのだ。彼もそこは理解しているのだろう。そのまま彼らの決定について続けた。
「想定以上に警戒網が広いのは問題ですが、良かった点もあります」
「良かった点?近付きにくいのに?」
「ええ。実はかつて、ここから少し南に下った辺りには大規模な牧場がありました。ですが牧場がある地域の領主は戦争で跡取りを喪い、統治が行き届かない無法地帯となってしまいました」
「話が見えないな。それでどうするんだ?」
「かつて牧場だった地域には、今では野生化した家畜が多く生息しているのだとか。そこで騎乗するための馬を確保しましょう」
次回は4月13日に投稿予定です。




