大陸西部の実情
人形師討伐のための準備が整った私達はベルナール達と共に出陣する日がやって来た。この準備に王国は今の状況で可能な限り支援した。
例えばボロボロになった彼らの装備。その代わりに新品の、それも最高品質な武具を用意している。具体的に言うならカール王の子飼いである直属兵の装備の予備を差し出したのだ。
しかもそのまま渡した訳ではない。直属兵の装備には装備する者個人だけでなく、王国の紋章も刻まれていたり刺繍されていたりしている。これをボロボロの装備から使える部分を剥がし、上から被せてベルナール達の仕様に変えさせたのだ。
これから生命の保証がない作戦へ赴く者達への餞別なのだろう。同じく支援として人数分の往復分の食糧が渡されている。これは紛れもなく、誇りと共に生きて帰って来いというカール王の気遣いであった。
「出発する」
「「「「「おう」」」」」
砦の城門前で整列するベルナール達だが、彼らの声は驚くほど普通だった。まるでこれから散歩に出かけるかのような気安さである。これから死地に向かうとは思えない雰囲気であった。
やはり彼らは教会に一矢報いて死ぬのならそれで構わないと思っているらしい。死地に向かう恐怖よりも、作戦の成功確率が上がったことが嬉しいようだ。そんな彼らのあり方が、私の複眼にはより一層悲壮に見えていた。
ベルナール達はカール王の気遣いに気付いているし、感謝もしているはずだ。ただ、それよりも作戦を成功させて人形師を滅ぼすこと、そして彼らの仲間達のように戦って死ぬことの方が重要なのだ。
「私達は必ず生きて帰るぞ。いいな?」
「わかってるよ、アニキ」
話し合った結果、私と同行する者はレオに決まった。砦に残る仲間達の指揮はザルドが、リナルドがその補佐に当たる。二人ならば安心して指揮を任せられた。
レオにとって人形師は父親であるティガルを傀儡兵とした仇敵だ。ここでレオを連れて行かない場合、何としても抜け出して追いかけてくる可能性があった。ならば最初から私の手が届く範囲にいた方が安全というものだ。
「あにき。気を付けて。帰って来て。絶対。約束」
「ああ、約束だ」
一方で同行者に選ばれなかったラピと私は一つの約束をした。それは危うくなれば作戦など放り出して逃走するということ。そして生きて帰ることを最優先することだ。
ある意味、カール王を裏切るような約束ではある。だが、私は最初からそのつもりだった。私には生まれ落ちた時から続く使命があるのだから。
ラピと約束したことによって、私が撤退を決意するラインが一歩後ろに下がっている。私の手に余ると判断した瞬間、私はレオを連れて逃げ出すことだろう。
しばしの別れを惜しんだ後、私達は進軍を開始する。ベルナール以外は全員がほぼ初対面だ。一応、事前に面通しは行ったものの、彼らは私達にほとんど興味を示さなかった。復讐と死に場所を求める彼らは我々と親交を深める意義を感じなかったようだ。
行軍の間、ほとんど会話はない。彼らが私達に話しかけないだけではない。彼らの間でも会話がほとんどないのだ。あるのは休憩する時と、見張りを交代する時のみ。死にゆく自分達に会話など不要とでも言うのだろうか。
「あれは、村か。だが……」
「うわぁ……」
行軍していると私達の視界の端に小さな村が見えてきた。家の数も少なく、村人の人数も少ないのだろうと思っていたのだが……それどころではない。村は驚くほど荒れ果てていたのだ。
村の周囲にある農地はほとんど手入れがされていないのか、雑草だらけで地面もヒビ割れている。ここは砂漠でも何でもない場所なのに、どうなっているのだろうか?
「……今の大陸西部では見慣れた光景です。あの戦争のせいですよ」
絶句する私達にベルナールが無表情のまま事情を語り始めた。元凶は共和国との戦争である。私達がそうだったように、西部でも激しい戦いが繰り広げられたという。
その間、大陸西部の諸国は中央部や東部との連携に消極的だった。特に魔人の運用については当時から強い影響力を持っていた『正義教会』が強く反対したことで一切使われていない。私達も一度も援軍として送られたことはなく、今の私達は大陸西部に初めて足を踏み入れているのだ。
西部諸国の兵士は慢性的に不足し、全ての国で大規模な徴兵が行われた。その中には老人や子供も含まれていたと言う。
徴兵されたばかりの者達には従軍経験など皆無だった者達も多く、そんな者達は武器を握らせても戦えなかった。彼らの使い道はただ一つ。精鋭部隊が敵陣に接近するための肉壁だった。
「連中が嵐のようにばら撒く鉄の礫と、それによって瞬く間に殲滅されていく兵士とも呼べない者達……徴兵された者の大半は遺体が故郷に戻ることすらありませんでした」
そうして大勢が亡くなった結果、大陸西部は普通に暮らすことすらも困難な状況になる。戦争に勝つためとは言え、短期間であまりにも多くの労働力を失ったからだ。
誰もが貧困に喘ぐ中で、積極的に炊き出しなどを行ったことが教会が支持を集めた大きな要因であったらしい。そもそも大勢が亡くなったのは教会が原因とも言えるのだが……その日の食事に困る者達にとっては関係なかったようだ。
「そんな事情もあって、大陸西部には廃墟や廃村、維持出来ずに放棄された砦がいくつもあります。我々は点在するこれらを使って潜伏していました」
皮肉なことに大陸西部の困窮がベルナール達の反教会活動に都合が良い状況を作り出していた。廃村や廃墟に彼らが潜んでいるとわかっていても、その捜索に大勢を動員することは難しいからだ。
近隣住民から情報を得ようにも、その住民がほとんど残っていない場所だらけ。むしろアジトを突き止められたことの方が驚きであった。
「教会の調査能力は優れているのか?」
「いいえ、そうではありません。我々の居場所を突き止めたのは教会に雇われた傭兵だったそうです」
「傭兵か……」
拠点を転々としながら教会と戦っていた彼らを追跡してみせたのは傭兵だったらしい。聖騎士を含め、神殿に仕える戦士達は神殿と信徒を守るために武芸を磨く。それ故に戦うことは得意でも偵察などの技術は身に付けていない場合が多いのだ。
だが、傭兵は違う。傭兵は大抵の場合は徒党を組んで傭兵団に所属している。傭兵団の質はピンキリで、素人に毛が生えた程度の実力しかない集団もあると聞く。
しかし腕利きの傭兵団には様々な兵士が存在する。私と一騎打ちが可能な猛者もいれば、僅かな情報からどこまでも追跡して見せる斥候兵もいるのだ。聖騎士は自分達の組織に足りないものを補っている。意外と手堅い部分もあるようだ。
「……今日はそろそろ休憩するようです。この先の廃村へ向かいましょう」
「わかった」
大陸西部について私は何も知らなかったことを私は改めて実感する。そしていかにハーラシア王国が恵まれているのかを嫌でも理解させられた。
何とも言えないモヤモヤとした気分になったのは私だけではない。レオもまた複雑そうな表情になっていた。ベルナール達に案内された廃村にあるボロ小屋で、私達は一晩を過ごしながら抱いた感情を何とか飲み込もうとするのだった。
次回は4月5日に投稿予定です。




