潜入するや、せざるや
「ダメ。絶対に反対」
カール王からの潜入作戦について仲間達に話した直後、ラピは食い気味に反対した。ラピだけでなく、ザルド達も難しい顔をしている。正直に言って私も非常に前向きとは言えないので、彼らの気持ちも理解出来ていた。
「あにき、十分戦った。生命あっての物種って前から言ってたでしょ」
ラピが全面的に反対している理由は、危険度が非常高いという一点に尽きる。防衛戦で十分に戦ったというのに、さらに危険な潜入作戦に参加する義理はないと言っているのだ。
『百年間生き延びる』という使命がある私は、いつも自分と仲間達が生き延びることを重視して来た。今回もそうするべきだとラピは言っているのだ。
「ラピに同意するぜ、ボス。ボスが貴族になって俺達がその家臣になるってのは魅力的だがよ、その前に死んじまったら元も子もねぇだろ」
リナルドは報酬を魅力的だと感じつつも、やはり作戦の危険性から避けるべきだと主張している。我々の中では楽天的な性格のリナルドですら、リスクに見合っていないと感じるほど危険だと判断しているようだった。
かく言う私も成功率が高いとは思っていない。そして成功したとしても逃げられないかもしれない。考えれば考えるほど、生きて報酬を受け取ることすら難しいと思わずにはいられなかった。
「ただ……ベルナールを見殺しにするのは少し後ろめたい気分になるな」
唸るザルドの言うことも、また事実だった。ベルナール達は戦死するために作戦を遂行しようとしている節がある。作戦を避けることは、彼らを見殺しにすることになってしまう。傀儡兵となったアイザックを討った私としてはとても複雑な心情を抱かずにはいられなかった。
作戦に参加すれば、無謀な行為を踏み止まらせる機会があるかもしれない。そう考えると共に行くべきではないかと思ってしまうのだ。
「……人形師を一網打尽に出来るかもしれないんだろ?だったらオレ、参加したい。父ちゃんみたいな人をこれ以上出させたくない」
一方でレオだけは作戦への参加に前向きだった。人形師のせいでレオはティガルと、実の父親と戦わされることになったのだ。その憎悪は強いようで、人形師を一網打尽にして傀儡兵を無力化する作戦、というのはとても魅力的に映るようだ。
明らかに前向きなレオを、私を含めた大人達は何とも言えない表情で見る。ラピは無言で顔面を殴ろうとしたが、彼女の拳をレオは掌で受け止めた。
「馬鹿なこと言わないで。レオが行くなら、あにきも行くことになる」
「なら、オレ一人で行く。人形師は生かしちゃおけない!」
「ふざけないで」
「ちょっ、待て待て待て!」
「落ち着け、二人共!」
今にも殴り合いの喧嘩を始めそうになる二人を、私達は慌てて抑える。熱くなっていたことを自覚していたのか、二人はバツの悪そうな表情になっていた。
ただし、互いに視線を合わせないように反らしている。頭が冷えても二人共納得はしていないようだ。二人の意見は真逆なのだから仕方がないことではあった。
「ここまで出た意見を纏めるぞ。カール王の提示した報酬は実質的にはどうあれ、彼の立場から見れば大盤振る舞いと言って良い条件だ」
ゼルズラの領有権と貴族の一員に迎え入れられるというのは破格の条件と言える。ただの闘獣として生まれ、戦うための魔人とされた者が貴族として扱われるのだ。大出世と言っても過言ではなかろう。
実質的には現状と変わらないのだろうが、社会的地位はまるで異なる。魔人が貴族に迎えられるという前例を作れば、レオの目指していた魔人全体の地位向上にも繋がるはず。少なくともハーラシア王国内では表立って魔人を蔑む者は減るに違いない……同時に嫉妬もされるだろうが。
「だが、危険性は半端ではない。敵の懐に飛び込み、敵が大陸中の国々を敵に回しても勝てると踏んだ技術を根絶させようとしているのだから。全力で守りを固めているはずだ」
見返りが大きい分、危険は大きい。何と言っても敵が最も警戒しているだろう場所に踏み込み、重要な技術を持つ者達を討とうと言うのだ。何が何でも死守せんとするのは間違いない。
この防衛を掻い潜って人形師の殲滅に成功したとしても、それで終わりではない。敵は怒り狂って殺しに来るはずだ。この猛追から逃げ切るのは困難を極めるはず。逃走が得意な私でも大勢の仲間を連れて逃げ切る自信はあまりなかった。
「皆の意見を聞いた上で、私は作戦に加わるべきだと思っている」
「あにき!」
作戦に参加するべきだ、という結論にラピは大声を出した。あれだけ反対したのに私が行くと言い出したのが信じられないのだろう。珍しくハッキリと怒っていることが分かるくらいに眉間にシワを寄せていた。
珍しいものを見たと思いながらも、私はそのまま言葉を続ける。理由を述べない限り、納得することは絶対にないと分かっているからだ。
「とりあえず、最後まで聞け。傀儡兵の恐ろしさは嫌と言うほど味わわされただろう。単純な強さではないぞ。私の言っている意味はわかるな?」
「……うん」
この点に関してラピは否定出来なかった。傀儡兵は弱くはない。痛覚がないので苦痛で怯まず、感情もないので躊躇することもない。動かなくなるまで戦い続けることも可能だ。
だが、強いとも言えない。生前と同じ行動しか出来ず、成長することもないからだ。強い傀儡兵がいたとしても、本気で対策すれば優位を取ることが簡単なのである。猛者の傀儡兵であっても、数回の戦闘を経れば倒されてしまうのではなかろうか。
しかしながら、それ以上に大きいのが傀儡兵は味方の遺体を使われることがあるという事実である。それがどれだけ味方に精神的ダメージを与えるのかは、ティガルの例から見ても明らかだ。
仲間の遺体が襲ってくるという事実は、戦う者に強い躊躇を覚えさせる。遺体を操っていると知らなければ、私のように生け捕りにしようとしたり正気に戻れと訴える者もいるだろう。
たちが悪いのは『傀儡兵とはそういうモノだ』と知っていても割り切れないことだ。いくらあれは死んでいるのだと自分を言い聞かせても、仲間の遺体を傷付けることを躊躇ってしまうのである。
「その傀儡兵を操る人形師を今の内に討つ。まだ侵攻が王国……大陸中央部で食い止められている内に」
「……山脈以南に及ぶ前に、か」
私の言わんとするところを理解したザルドに頷きを返した。私が最も恐れているのはゼルズラが傀儡兵に襲われること、そしてゼルズラの仲間達が傀儡兵にされることなのだ。
ティガルを傀儡兵にされただけでも我を失うほどに激怒した。他の仲間達が同じ目に遭うと想像しただけでも気が触れそうだ。人形師はここで消さなければならない。私はそう確信していた。
「だが、危険なことは自覚しているのだろう?」
「ああ。無理をするつもりはない。これは無理だと思ったら撤退するさ」
人形師を全員討たなければならないとは思っているものの、そのためなら死んでも良いとは思っていない。無理だと判断すれば、さっさと逃げ出すつもりだ。ベルナール達が強行すると言ったとしても、である。
私が本心から無理をするつもりがないとわかったのか、ラピの顔が少しだけ和らいだ。これなら説得出来るはずだ。
「逃げるって言ってもよ、そう簡単に逃がしてくれんのか?」
「私の逃げ足は知っているだろう?一人までならに同行者がいても……」
「行く」
「オレが行く!」
逃走時のことを考慮して同行者は一人にする。そう言うやいなやラピとレオが立候補する。二人は再び睨み合い、私達は頭を抱えるのだった。
次回は4月1日に投稿予定です。




