カール王の依頼
ベルナールと会話した翌朝、私はカール王に呼び出されていた。まだ帰ることは許してくれないという話を聞いたばかりなので、撤退するという内容ではないだろう。
「……おおっ!いらっしゃい!」
直属兵に促されて執務室に入ると、カール王は書類と格闘中だった。戦争において前線の兵士は戦うだけで良いものの、指揮官はその他の様々な仕事があるのだ。
カール王には王としての自覚があるので、書類仕事を疎かにすることはない。だが、書類仕事が好きな訳ではないらしい。私の姿を見た瞬間、勢い良く顔を上げて書類を机の横に退けていた。
「昨日はお疲れ様。嫌な仕事をさせたね」
「仕事ですのでお気になさらず」
カール王は労いの言葉をかけてくれるが、私は命じられた仕事を行っただけに過ぎない。我々の他の兵士達も文句を言わずに作業をしていたのだ。わざわざ称賛されるようなことではなかった。
それよりも残された遺体の方が気になる。現場の判断でベルナール達へ配慮したので、傀儡兵を傀儡兵足らしめる球体が摘出された遺体がまだ処理されずに残っているのだ。
「君も知っての通り、西部からやって来た者達がいる。彼らは今頃、傀儡兵にされた遺体の中から知り合いを探しているだろうね」
どうやらカール王はベルナール達のことを尊重しているらしい。現場を指揮していた者を慮ったのかもしれないが、カール王はそんなに甘い男ではない。知り合いを探す時間を与えるだけの何かがあったのだ。
私が推測しているのを知ってか知らずか、カール王はニヤリと不敵に笑う。やはり何かベルナール達から得るものがあったようだ。
「彼らは『正義教会』のやり様に反発し、直前まで西部で戦っていた。残念ながら敗れたみたいだけど、ゲリラ戦を仕掛けて消耗を強いていたらしいね」
「そのようで」
「残念ながら組織立って抵抗することが難しい状態になってしまった。それでこっちに逃げてきたようだけれど……彼らは我々が喉から手が出るほど欲しかった情報を握っていたんだ」
カール王が望んでいた情報……なるほど、それを提供することが便宜を図る代償だったのだ。その情報とは何なのか。その内容はすぐにカール王の口から聞かされることだろう。
「西部も教会一強という訳ではないらしくてね、表向きは『正義の神』を信仰しているけど、内心では昔ながらの信仰を大事にしている者は多い。そして彼らは様々な情報を流してくれていたみたいなんだ」
『正義教会』は戦後、一気にその影響力を拡大した。だが、彼らの教義は決して人々に根付いた訳ではないらしい。まだ期間が短いということもあるのだろうが、自分達が奉じていた神々を従属させようとする姿勢は反感を買って当然であった。
それ故に一般人がベルナール達を匿ったり情報を提供したりしていたのだろう。教会の連中は手を焼かされたに違いない。
「情報提供者からの話によると、五万を超える傀儡兵が新たに作られたらしい」
「五万……どこからそんな遺体を用意したんだ……」
「反抗的だ、と判断された一般人らしいね。疑わしきは罰して傀儡兵にしたようだ」
カール王は珍しく顔を顰めて吐き捨てるようにそう言った。教会は私達の考える最悪を平気で飛び越えていく。傀儡兵にするためには下準備として生命を奪う必要がある。一般人を傀儡兵にしたということは、それだけの人数の一般人を殺したことになるのだ。
信仰を捨てられないことを、生命を奪うほどの罪として罰する。『正義の神』を信仰する気はさらさらないが、改めて教会は相容れないことを改めて思い知らされた。まあ、そもそも私は教会から名指しで神敵扱いされているのだが。
「数は驚異的だけど、質は前よりも格段に落ちる。他の戦線にも送られるようだから、五万の傀儡兵全てがここに殺到するって訳でもない。多くて一万くらいじゃないかな」
それでも十分に多いけど、とカール王は締めくくった。戦闘技術がなくとも、恐れを知らない傀儡兵が一万も攻めてくるのは驚異である。人形師とその護衛は討伐したのに、またこちらに攻めてくるとは嫌になるな。
「重要なのはここからだよ。大勢の傀儡兵が集められたということは、それを操る大勢の人形師がいるということ。そして彼らは傀儡兵と人形師の居場所、そして集まる日時を突き止めたらしいんだ」
「……」
傀儡兵は万能な兵士でないことはわかっている。少なくとも命令一つで全軍を動かすことは出来ない。私達が襲撃した時、人形師達は魔人の傀儡兵しか動かせなかったことからも明らかだ。
ならば大勢の傀儡兵を運用するにあたり、大勢の人形師が集まることになる。一度集まってから各地に派遣されるのだろうが、ベルナール達はその場所を突き止めたということだろう。
ここまで聞けばカール王が次に何を言い出すのかは察しがつく。そしてカール王も私が察したことを察したようだった。
「君には彼らと共に人形師の排除を頼みたい。敵地への潜入するから非常に危険な依頼だ。受けてくれるだろうか?」
やはりそうか。傀儡兵は人形師を排除すればただの遺体になる。全ての元凶である人形師を討てば、五万人の援軍自体がなかったことになるのだ。
だが、人形師は徹底的に守られているはずだ。カール王は案内人以外の兵士にも偵察をさせていたはず。彼以外は情報を持ち帰る前に排除されたことを考慮すれば、聖騎士の守りは徹底していたのだ。
我々が襲撃した陣地ですら、地下から接近するという私の得意技も通用しない警戒網が敷かれていた。敵の本拠地であればもっと警戒網は厳重に敷かれている可能性は高い。自ら死地へ飛び込むようなモノであろう。
「断ることは可能なので?」
「ああ。こればっかりは厳しいだろうからね。断られても仕方がないと思っているよ」
カール王の依頼は死んでこいと言っているに等しい。それを理解しているからだろう、カール王は命令ではなく依頼という形を取っていた。
さて、どうしたものか。私の理性は止めておけと囁いている。『百年間生き延びる』という使命がある以上、あまりにもリスクが高い戦場に向かうことを避けようとしているのだ。
ただ……私には一つ気になることがあった。このことについては聞いておかなければなるまい。それはベルナールについてであった。
「ベルナール達はどうするつもりなのですか?」
「彼らは自分達だけでも人形師を討ちに行くつもりだよ。彼らを見たのならわかるだろう?」
「死に場所を求めている、ですか」
カール王は頷いた。やはりそうか。ベルナールは戦って死ぬつもりなのだ。彼の雰囲気が変わったのは、生き残った者特有の罪悪感が原因だと今なら断言出来る。死んでいったアイザック達と同じように、戦って死にたいのだ。
それ故に無謀とも思える作戦だとわかっていても躊躇なく向かう。作戦を成功させるために全力は尽くすだろうが、それで死んでも本望なのだ。
「依頼ということは、報酬をいただけるので?」
「ああ。そうだな……君に爵位を与えるというのはどうだろう?一代限りではなく、ゼルズラを領有する王国の世襲貴族として認めるというのは?」
……随分と大きく出た、ように見えるが実際はそうではない。貴族としての地位を得ても年に数回しか山脈を越えない私にとっては微妙であるし、ゼルズラは実質的に私達の自治領だ。実質的に現状と変わらないことだろう。
むしろリーゼロッテが損をすることにならないだろうか?ここで私の一存で決めて良いことではないし、そもそも危険極まる依頼を受けるかどうかも考慮する必要がある。ザルド達と相談するべきだ。
「返答は仲間達と話し合ってからでもよろしいでしょうか」
「構わないよ。ただし、三日以内に決めてくれ」
カール王は待ってくれるらしいが、日程を考慮して期限を切ってきた。私は無言で頷くと、執務室を後にするのだった。
次回は3月28日に投稿予定です。




