攻防戦の後で
「『竜血騎士団』の勇名はそう言う方面に疎い僕でも知ってるよ。そんな人達に礼を言われたら照れちゃうなぁ」
「こちらこそ結社の噂は聞いておりますぞ!色々な場所で活躍されていると!」
「あんまり良い噂じゃないでしょ?僕もそうだけど、目的のためなら悪事も平気でやっちゃうからね」
「幸いにも我が国では悪さをしておられぬでしょう?ならば関係ありませんな!ガハハハハ!」
それからオルヴォとアレクサンドルは楽しそうに談笑し始めた。どうやらお互いのことを知ってはいたようだ。アレクサンドルはその強さから有名だったとしても納得だが、オルヴォの所属する秘密結社も有名らしい。有名な秘密結社とはこれ如何に。
アレクサンドルは豪快に笑っている。細かいことは気にしない、豪放磊落な性格であるようだ。オルヴォは小さく肩を竦めながらも会話を楽しんでいるようだった。まるで正反対な二人だが、だからこそ話をしていて楽しいのかもしれない。
「『竜血騎士団』は恩を決して忘れませぬ!我が国の不利益とならぬことでしたら何でも言って下され!」
「頼みねぇ……あ、そうだ。じゃあ時間があるときで良いからコレに稽古を付けてやってよ。戦い方は知ってても、武器の使い方は知らないからさ」
オルヴォは良いことを思い付いたとばかりに掌をポンと叩きながらそう言った。確かに私は武器の扱いなど一つも知らない。優れた使い手に指導してもらえれば、上達も早まるだろう。強くなれば生存率も上がるのだから、私としても是非ともお願いしたいところだ。
それにこの雄達は私のことを恐れも侮りもせず、まるで対等な相手であるように接してくれる。そんなヒト種は奴隷とポピ族以外では初めてだった。教えを受けるのなら、そんな相手の方が私も嬉しい。
「そうなのですか?我らは一向に構いませぬぞ!強き稽古相手がいれば、腕を一層磨けると言うもの!そうだろう、貴様ら!」
「「「はい、団長」」」
「暑苦しいなぁ……でも、助かるよ。しばらくこの中央戦線にいると思うから、適当な時に呼んでね」
「そうさせていただこう!本当に今日は良き日ですな!ガハハハハ!」
こうして私に武術と言うものを教えてくれる相手が出来た。私はまだまだ強くなれる。そして強くなれば使命を果たし易くなる。私は目蓋を閉じて寝たふりをしつつ、内心でほくそ笑むのだった。
◆◇◆◇◆◇
秘密結社『第七の御柱』に所属する高等霊術士、オルヴォ・ハッキネンは大層機嫌が良い状態で戦場から家へ帰還した。ただし、それに要した時間は一瞬である。と言うのも、オルヴォは合成獣製作の第一人者であると同時に、空間を操る霊術にも精通しているからだ。
彼は自分のローブの袖や裾に自分だけの亜空間に繋がる門を霊術で形成している。あくまでも繋がる門があるだけなので、重さを感じることもない。その広い空間に様々な私物を収納しており、冥王蠍もこの亜空間に入れて持ち帰っていた。
その技術の応用として、彼は空間転移の霊術を使うことも出来た。それを使ってとある秘境の奥地にある自宅にまで一瞬で飛んだのである。自宅から戦場の近くに移動したのも、ハーラシア王国の王都から自宅に戻ったのも空間転移によるものだった。
「お帰りなさいませ、オルヴォ様」
「ただいま、ミカ」
主人の一人の帰還を恭しく出迎えたのは執事のミカだった。自分が産まれた時から仕えてくれている執事のことをオルヴォは心の底から信頼している。幼い時に両親が既に他界している彼にとって、ミカは唯一の家族と言える存在であるからだ。
そしてミカもオルヴォの信頼に応えている。彼はカレルヴォとオルヴォの兄弟をその両親に託されてから使用人として仕えつつ、心の中では息子のように愛情を持って接していた。
「機嫌がよろしいですね、オルヴォ様」
「そりゃそうさ!アレがちゃんと評価されたみたいでね、色んな国が実験に使う素材を用意してくれるって約束してくれたんだ!あ、秘密裏にだけどね」
オルヴォはとても嬉しそうにそう言った。それを聞いたミカは表情にこそ出さないものの、複雑な気分になっている。その理由は二つあった。
一つ目は我が子と思って育ててきたオルヴォが非人道的な研究にのめり込んでいるからだ。オルヴォはこれまでも、そしてこれからも純粋な知的好奇心と探求心から合成獣研究を進めている。そのこと自体はずっと応援しているし、それはこれからも同じだろう。
しかし、流石にヒト種を素材にすることには内心で反対していた。自分で望んだのならともかく、幾ら極悪人とは言えヒトならざる存在に作り替えられるのは被験者があまりにも哀れであるからだ。処刑される方がマシだと思う者も多いに違いない。
もしも自分がその立場に立たされたのなら、きっと苦悩するだろう。そう思ったからこそ、ミカは冥王蠍の合成獣に甲斐甲斐しく世話を焼いたのだ。
そして二つ目の理由は、オルヴォの成果が評価されたことを知った時に荒れるであろうカレルヴォを宥めねばならないことだった。カレルヴォも優秀な霊術士なのだが、弟のオルヴォは常にその上を行く。カレルヴォが強い嫉妬心を抱いていることをミカは良く知っていた。
故にオルヴォが中央戦線の首脳陣に評価され、戦力を提供するという条件付きではあれど支援までしてもらえると知れば確実に嫉妬する。それを宥めるのはミカと言えど難しく、頭を悩ませていた。
「最初に貰えるのは死刑が確定してる重犯罪者だね。それを使って問題点を洗い出すために色々実験して、それから強い素材を貰うのはそれからだ。いやぁ、実験するのが今から待ち遠しいよ!」
「それはよろしゅうございました。ところで、夕食は食べて帰られましたでしょうか?」
「いや、まだだね。言われてみればお腹が空いたよ」
「では、すぐにご用意致します」
「お願いね~」
少し強引だと思いながらも実験の話を途中で打ち切ったミカは、オルヴォを食堂に誘導しつつ自分は厨房に向かう。幸いにもオルヴォは気分を害することはなく、上機嫌で食堂へ向かった。
ミカは厨房で料理をしながらオルヴォを止める方法を考える。しかし、オルヴォの性格を誰よりも知っているミカはどんな方法で諌めても止められないことを知っていた。それに自分は一介の使用人に過ぎず、分を弁えない発言をするべきではないとも思っていた。
(安全面を考慮してもっと慎重になっていただきたいのですが……無理でしょうね)
合成獣研究では暴走と事故による負傷や死亡は付き物である。オルヴォはしっかりと暴走しないように心掛けているものの、ヒト種というこれまで扱ってこなかった素材を使えば予想外の事態に陥ることもあるだろう。自分の主義主張だけでなくオルヴォのことを考えればこそ、実験は中止してほしいのだった。
考えごとをしながらでも手際よく料理を完成させたミカは、皿をカートに乗せて食堂にまで運ぶ。すると食堂から何かを言い争う声が聞こえてきた。この広い屋敷に住んでいるのはミカを含めて三人だけ。ミカは歩く速さを少しだけ上げ、急いで食堂へと向かった。
「お前……兄に向かってその言い種は何だ!?」
声を荒げて怒鳴り散らすのは、兄であるカレルヴォである。食堂の机を殴り付け、大きな音が廊下にまで響いている。カレルヴォの身体は貧弱なので、きっと拳を痛めていることだろう。
早歩きのミカが食堂に入ると、怒鳴られているオルヴォは椅子に座ったまま面倒臭そうに髪の毛を弄っている。しかしミカの顔を見た瞬間、表情を明るくした。
「待ってたよ、ミカ!もうお腹が減って仕方ないよ」
「無視するな!話はまだ終わっていないぞ!」
カレルヴォが居ないかのような対応をするオルヴォだったが、カレルヴォは更に声を大きくするばかりで落ち着くことはない。オルヴォは露骨に嫌そうな表情をになり、仕方がないと言わんばかりに返事をした。
「……うるさいなぁ。何なの、カレルヴォ」
「あの合成獣を実戦に投入したと言うのは本当か?」
「盗み聞きしてたの?そうだよ。投入したよ。戦果も上げましたよ。それが何か?」
「そこまでの完成度だったと言うのか……クソッ!」
カレルヴォは悔しそうに歯を食い縛りながらもう一度机を叩き、踵を反すと食堂から早足で去っていった。ミカは黙礼したものの、彼の姿が目に入ってすらいないようでブツブツと呪詛の言葉を呟きながら自室へ帰っていった。
ミカは後でフォローしなければと思いながら、オルヴォの前に食事を並べていく。兄の相手に疲れた様子だったオルヴォだったが、ミカの料理を前にすると元気を取り戻して機嫌良く食べ始めた。
「モグモグ……やっぱりミカの料理は絶品だね!」
「恐縮です……おや?」
オルヴォが食事をとっていると、屋敷の扉が開く音が聞こえてきた。この屋敷は人跡未踏の秘境にあり、通常の方法で来ることは出来ない。しかし、オルヴォのように空間転移が使える者や、屋敷の住人が屋敷と繋がる転移門を発生させる装置を与えた者ならば訪れることが可能だった。
この装置を与えられている人物は限られており、その中でも事前の連絡を入れずに屋敷を我が物顔で歩くのは一人しか存在しなかった。
「おう、オルヴォ!完成したぞ!」
「いらっしゃい、じっちゃん」
「いらっしゃいませ、ハタケヤマ様」
やって来たのは、オルヴォがじっちゃんと呼ぶ武具職人だった。その名はゲンバ・ハタケヤマ。エンゾ大陸の東方にある小さな島国出身であり、大陸中を旅しながらあらゆる技法を学び続ける男であった。
「むっ!何やら美味そうな匂いがするのぅ?」
「ミカ、じっちゃんの分も用意してあげて」
「かしこまりました」
追加の料理を作るべくミカは厨房へ戻っていく。その背中を見送った後、ゲンバは椅子にどっかりと座ると背負っていた何かをドンと机の上に置いてオルヴォに差し出した。
それが何かわかっているオルヴォはニヤリと笑ってからそれを受け取り、早速布を外してみた。そこにあったのは二振りの剣であった。
「へぇ?一本にしなかったんだ?」
「うむ。それぞれの性質を活かした方が良いと思ってな。一度持っているところを見たいのじゃが……」
「ごめんね、じっちゃん。アレは今戦場にいて、ここにはいないんだ」
ゲンバが持ってきたのは、オルヴォが依頼した合成獣用の武器だった。折れた剣と冥王蠍の鋏をどうやって仕上げたのかオルヴォも楽しみだったが、今はタイミングが悪かった。
それ故にオルヴォは覆っていた布をもう一度巻き直した。鞘の内側にある刃を見る楽しみは後に取っておこうと思ったからだ。
合成獣がいないと聞いて、ゲンバは残念そうに肩を落とす。会心の出来だったようで、それを見せられずに悲しかったようだ。だからこそ期待出来るとオルヴォは喜んでいた。
「むむっ……それは残念。適当な時にもう一度訪ねるとしようかのぅ」
「はーい。あ、それより聞いてよ!評判が良くてね、将来的には数を増やして部隊を作って運用したいんだってさ」
「ヒト種を使った合成獣の部隊のぅ……。部隊の名前は決まっておるのか?」
「うん!『魔人部隊』だってさ!」
アルテラ歴八百二十五年の春。エンゾ大陸北方における戦争おいて、ヒト種を用いた合成獣が戦力として投入された。その戦闘力は高く、初陣で大きな戦果を上げる。
それを受けた連合軍はその作製者にヒト種を用いた合成獣の量産を要請。ヒト種を用いた合成獣の部隊を創設することが決定する。その合成獣のことを、人々は『魔人族』と呼ぶようになるのだった。




