地中から忍び寄る魔人達
「まさか、こんな方法をとるとは……」
「オレ達にとっちゃ慣れた方法なんだぜ?結構久しぶりではあるがよ」
私は砦を出てすぐに地面を砂に変え、味方全員を地中に降ろした。同時に地中に空洞を作り出し、彼らをその中に迎え入れた。
集団で地中を移動するというのは戦時中も多様していた。この方法なら敵に目視される心配はないし、戦闘になる可能性も低い。敵地に我々だけで潜入し、破壊工作を行えという無茶な命令を果たすために編み出した技術だった。
私達は案内人の持つ道具が示す先へと真っ直ぐに地中を進む。地上を走るのに比べれば遅いものの、警戒する必要がないので実質的な速度はこちらの方が速いと思われた。
「オレ達だけなら明かりもいらないんだがな」
「自分も夜目は利く方なのですが……申し訳ない」
ただ、この空間は星の明かりすらない暗闇だ。魔人でもなければ見通すのは難しい。魔人ではない案内人にとって辛すぎることもあり、霊術で明かりを灯していた。
「それにしても……酷いぜ、アニキ。知ってたなら先に言ってくれりゃあ良かったのによ」
「ん。話し合い、無駄になった」
そう言って私を批難するのはレオとラピである。二人も含め、次に襲撃された際に誰が戦うかについて真剣に話していた。
しかし、この奇襲が成功して人形師を討ち取れば、傀儡兵という憐れな兵士全てを無力化することになる。つまり、あの話し合い自体が無意味ということになるのだ。
ティガルと戦わずに遺体を回収出来るのなら、それに越したことはない。だが、それはそれとして自分達を騙したことが気に食わないのだろう。
「おいおい、口止めされたと言っただろう?仲間にも言うなと釘を差されたんだ。言えるはずがない」
「敵を騙すならまず味方から、という言葉もある。ボスの判断は正しいんだ」
私は弁明し、ザルドもまた理解を示してくれた。内通者がどこにいるのか分からない以上、仮に事前に話したことで作戦が台無しになる恐れがあった。皆にまで隠していたことを私は悪いとは思っていなかった。
現に他の仲間達からこの件に関する不満の声はない。あるのは「眠い」や「腹減った」などの緊張感に欠ける文句であった。
「陛下はこの件に関して徹底しておられましたから。私が選ばれたのも、絶対に敵と通じていない者を厳選した結果ですし」
「へぇ?厳選されたのが自分って言い切れるのか」
驚いたように眉を上げるリナルドに、案内人はニコリと笑ってみせた。彼が選ばれるに足る何らかの理由があるのかもしれない。
この時に初めて、私は案内人の容姿を注視する。特徴と言える特徴はなく、雑踏に紛れられたら見失ってしまいそうだ。初対面のはずなのに、どこかで会ったような気がするのはこの容姿のせいかもしれない。
「そりゃまたなんで?」
「……そこはご容赦ください。個人的な事情なので」
「あー……いや、悪かった」
リナルドは軽い気持ちで理由を聞こうとしたようだが、案内人の声のトーンは露骨に低くなった。触れてほしくない事情があるのだろう。リナルドもそれを察して謝罪していた。
まあ、推測することなら可能だ。カール王が内通者ではないと断じるということは、『正義教会』に対して個人的に強い敵意を抱いているということだと思われる。パッと思い付くのは教会が権威を踏みにじった神の信徒であるか、教会によって家族や近しい者を殺されたかしたのだろう。
そのどちらであるにしろ、別の理由であるにしろ、案内人の中でその怒りや恨みの炎は消えていない。思い出させるようなことを口にしたリナルドが全面的に悪いと言えた。
地下空間の雰囲気が少しだけ悪くなりつつ、私達は地中を進む。その間、地下空間に大きな音や振動が届くことはなかった。これが意味するのは敵は夜襲を仕掛けていないということ。人形師の周囲に敵が少ない方が都合が良かったのだが……そう上手くは行かないようだ。
「ここです。私が接近したのは、この真上までです」
「そうか」
案内人によって止められたので、私は進軍を停止する。そして振動から上の音を聞き取るべく壁に手を当てた。
最初、壁に手を当てるだけではほとんど振動が伝わって来なかった。そこで自分から壁を叩いてその反響を使って調べたのだが……感じ取った気配は異様の一言に尽きた。
地上には大勢の傀儡兵が所狭しと座っている。微動だにせず、ただ胡座をかいた姿勢で座っているだけなのだ。呼吸の音も衣擦れの音も、何もかもない。改めて傀儡兵は遺体なのだという事実を突き付けられた。
「……いた。あれだ」
そんな中で傀儡兵の集団からさらに西側へ離れた場所に張ってある、複数の天幕の存在を感じ取った。どうやら天幕に防音の霊術回路が刻まれているのだろう。こうして意識を向けても何の音も聞こえて来なかった。
しかし天幕は雨風を凌ぐためのモノ。傀儡兵は吹きさらしの状態にあること、そして傀儡兵とわざわざ距離を距離を空けていることを考慮すればあれが人形師達がいる場所なのは明白であった。
万全を期すべく、私はより集中して周辺の情報を拾い上げる。すると傀儡兵の中にティガルがいないことに気が付いた。
数が多すぎるので全員は調べられないが、少なくとも魔人の傀儡兵が集まっている場所にいないのは確実である。私は思わず出しそうになった舌打ちを堪え、人形師の居場所を突き止めたと皆に伝えた。
「どうするべきだと思う?このまま地中を通って接近するか?」
「それは止めておいた方がよろしいかと。これより先に踏み込めば霊術の警戒網に引っかかると思われます」
確実に奇襲を成功させるための意見だったのだが、案内人は反対する。敵の居場所を発見した上で帰還している彼は、まず間違いなく優れた斥候兵だ。そんな彼がこれ以上接近出来なかった、という事実を無視するべきではなかった。
ならば取れる手段はただ一つ。真上の地面から飛び出して襲撃するのみである。仲間達もまた同じ意見だったのだろう。武器の状態や防具がきちんと固定されているかを確かめていた。
「アンタも来るのか?それともここで待つかい?」
「行かせていただきます。足手まといにはなりませんよ」
どうやら案内人も私達と共に襲撃するつもりらしい。私の複眼には彼はあまり強そうには思えないのだが……有無を言わせない雰囲気を漂わせている。説得は無理だと諦めた私達は無言で頷くより他になかった。
彼の同行を私は認めた後、私は最後の確認を終えた仲間達の方を振り返る。そして全員の顔をしっかりと見てから口を開いた。
「皆、聞いてくれ。目指すは人形師の首ただ一つ。傀儡兵には目もくれるな。正義を掲げながら、誰よりも邪悪な行いを続ける者達に目のものを見せてやろう!」
「「「おう!」」」
「総員、戦闘形態!続けっ!」
私は天井にあたる地面を砂に変え、左右に退かせて地上への道を作る。そして跳躍して地面に着地すると、人形師がいると思われる天幕を目指して駆け出した。
仲間達も次々と飛び出し、私の背後に続いて駆け出す。意外なことに先頭集団に案内人も混ざっていた。全力ではないとは言え、魔人の速度についてこれるようだ。
私達はほとんど音を立てていなかったはずなのだが、天幕の中から慌てて姿を現す者達がいた。案内人が言っていたことは真実だったらしい。敵に接近していることがバレてしまったようだ。
密かに近付き、人形師と居るであろう護衛だけを排除出来れば楽だったのだが、敵も馬鹿ではないらしい。私は駆けながら腰の双剣を抜き放つのだった。
次回は2月28日に投稿予定です。




