怒りと覚悟
ティガルが、既に死んでいる?最初、私の脳はその言葉を受け入れること自体を拒絶した。信じられないのではない。信じたくなかったのだ。
だが、拒絶してばかりはいられない。受け入れた瞬間、私はここが戦場であることを忘れて叫びたい衝動に駆られていた。
共和国との戦争で、何人もの戦友が散っていった。彼らが死ぬ度に悲しかったし、悔しかった。無力な自分を呪ったし、消耗品のように扱う帝国軍を憎んだ。
しかし、ここまで怒りを覚えたことはなかった。ティガルはただ殺されただけではない。その遺体を弄ばれているからだ。
「許せん……許せるものか!」
「だから、落ち着きなよ。今は彼を止めることを、眠らせてあげることを優先しようじゃないか」
怒りで震える私をカール王は淡々と諭す。彼が一貫して冷静だったお陰か、私は落ち着きを取り戻すことが出来た。ただし、怒りの炎が鎮火した訳ではない。腹の底では私の怒りはより強くなるばかりであった。
とりあえず、カール王の言うようにティガルを眠らせるのが……いいや、言葉を飾るのはよそう。ティガルに二度目の死を与えることが先決だ。
「……」
「ぐぁっ!?」
「こいつっ!」
「化け物め!」
ティガルと直属兵達の戦力は拮抗していた。人数で上回る、優れた戦士である直属兵達が何故苦戦するのか。それはティガルが金属製武器を持つ者に対して優位が取れるからだ。
ティガルは大剣に電撃を纏わせており、金属製武器と打ち合うとほぼ必ず感電する。感電すると筋肉が硬直し、動きが止まってしまうのだ。
闘気で強化していれば影響は少ないのだが、全く影響がないのは私のようなごく少数だけだろう。それに電撃による痛みからは逃れられない。この痛みが厄介なのだ。
大剣を防いでも弾いても痛みからは逃れられない。逃れるには大剣を躱す必要があるのだが、ティガルの剣術の腕前がそれを許さない。そもそもティガルは大剣を盾として扱うこともあるので、不用意に斬り掛かると自分だけ感電するというハメになりかねないのだ。
「一人相手で苦戦させられるか……」
直属兵達が集団で当たっているにもかかわらず、ティガルは未だに討たれていない。カール王は普段通りの微笑みを浮かべているように見えるが、その目は決して笑っていなかった。
魔人、その中でも最上位の戦闘力を誇る者が敵に回る意味を実感しているようだ。獣以上の身体能力とヒト種が磨き上げた武芸や霊術を駆使するのだから。
「彼らを下がらせろ。私がやる」
「……任せていいんだね?」
「ああ。腹はくくった」
カール王は私の顔色をうかがうように尋ねるが、私は即答してやった。いくらカール王の直属兵とは言え、どこの誰だかわからない者にティガルを討たれたら……操られているだけの死体だとしても、討った者を殺さない自身がなかったからだ。
私の覚悟を感じ取ったからか、カール王は私と交代するように指示を出す。やや不利になりかけていたようで、こちらへ後退する直属兵達の顔には安堵の色がうかがえた。
「ティガルよ。まさか私がお前に引導を渡すハメになることになるとは思わなかったぞ」
「……」
「……もう何を言っても届かんか」
ティガルと改めて向き合った時、私の口からはポツリと本音が溢れた。それを隙と見たらしく、ティガルは紫電を迸らせた大剣を突き出して来る。私は大剣の腹を踏み付けてこれを防いだ。
すぐに大剣を跳ね上げて私を追い払ったティガルは、素早く大剣を振り上げて即座に振り下ろす。動きに淀みは一切ない。あるのは純粋な殺意だけだった。
「……!」
「なら、私も容赦しない。お前を、討つ!」
そんな大剣を私は尻尾で弾いた。私の外骨格は硬いだけではなく、熱や冷気を防ぐ。同時に電撃も通用しない。皮肉なことに、私はティガルの天敵と言えるのだ。
流石に大剣が直撃すれば外骨格を砕かれるし、外骨格の内側に電撃を受ければダメージは免れない。だが、他の者達とは異なり、防いだり弾いだりという選択肢があるのは明確な強みなのだ。
最初にぶつかった時と同じく、ティガルの方が体格と武器の長さと重さで有利なのは変わらない。だが、一つだけ変わったことがある。それは私がティガルを討つ覚悟を決めたという点だ。
「シッ!」
「……」
私は前へ前へと進みながら、怒涛の如く双剣を振るう。ティガルの数少ない弱点は、大剣の間合いの内側で暴れられると対処方法が少ないということだ。
当然ながら、ティガルは自分の弱点を放置していない。間合いの内側に入れさせない防御技術を身に着けている。現に前へ踏み込んでくる私に合わせるように下がりながら間合いを保とうとしていた。
さらにティガルは守ってばかりだけではない。大剣を振るいながら身体から電撃を放って牽制したり、踏み込もうとする私の膝関節を狙って前蹴りを放ったりと私の勢いを削ぎながら攻勢に出る突破口を開こうとしているのだ。
「戦い方はティガルそのもの。鍛え上げた肉体も、身に付けた技も、生前のまま。だが……」
「……!?」
「……柔軟な発想が出来ないのは知っているぞ」
私達が戦っているのは城壁の上の通路である。私は攻め続けながらティガルを巧妙に壁際へと追い詰めていた。周囲の環境に合わせて立ち位置に気遣うという戦闘の基本が疎かになることを知っていたからこその対応だった。
これで追い詰めた。後はティガルの次の一手に合わせるようにして前へ踏み込み、腹部を双剣で突き刺すのみ。勝利を確信した瞬間、私の直感が囁いた。ティガルはこの程度で追い詰められるほど容易い相手なのか、と。
「……」
「ぐっ……おおっ!?」
直感に従って踏み込むことを躊躇ったのは正しい判断だったらしい。ティガルはいきなり加速して、肩からの体当たりで私を吹き飛ばしたのだ。
重量差と彼の速度によって踏ん張り切れず、私は背後へと押し返されてしまう。それだけではなく、私は城壁の通路から内側へと投げ出されてしまった。
「……なるほどな。それが壁を背負った時の新たな対策だったのか」
空中に投げ出された私だったが、素早く自分の下に砂の足場を作り出して落下することはなかった。そうやって浮かんだことで、ティガルがどうやって加速して見せたのか理解した。
ティガルの尻尾がピンと真っ直ぐに伸びていたのである。つまり、ティガルは尻尾によって身体を前へ押し出したのだ。ティガルの尻尾は細く、前からは絶対に見えない。奇襲性高い切り返し技と言えた。
私が見たことのない技……彼は自分の尻尾の使い方を研究していたようだし、その一つなのだろう。もっとティガルと鎬を削り、技術を高め合って行きたかった。私は再び燃え上がってきた怒りと悲しみを大きく息を吐いて追い出した。
「……何だ?退いていくぞ?」
ここから仕切り直しだ、というタイミングでティガルは急に後ろを向くと城壁の外へと飛び出して行った。それはティガルのように城壁の上に乗り込んでいた傀儡兵だけでなく、城壁に群がっていた傀儡兵も撤退していくではないか。
まだ傀儡兵はそこまで消耗しているようには見えない。なのに何故、ここで退くのか。他の兵士もまた勝鬨を挙げるよりも困惑する者の方が多かった。
傀儡兵に意思がない以上、操っている術者の命令なのだろう。だが、何故この中途半端なタイミングで撤退を命じたのか。私は遠く離れていくティガルの背中を見送りながら、ため息と共に双剣を鞘へ乱暴に納めるのだった。
次回は2月8日に投稿予定です。




