傀儡兵の真実
意を決した私は腰を下げて姿勢を低くした状態で、這うようにティガルへと突撃する。対するティガルは大剣を担ぐのではなく、切っ先を床に擦り付けながら合わせるように直進してきた。
迎え撃つように大剣を振るうと思っていた私は面食らったものの、今更止まることは出来ない。一刻も早く大剣の間合いの内側へ入ろうとより踏み込んだ。
「ぐっ!」
しかしながら、ティガルの動きは私の予測の上を行く。何と彼は大剣を振るうのではなく、そのままショルダータックルで私を突き飛ばしたのだ。
私とティガルの間にはさほど体重差はない。やや大柄なティガルが少し重いくらいだろうか。だが、使っている武器の重量差は圧倒的。正面衝突した時、力負けするのは私の方なのは当然のことだった。
体勢が崩れたところへ追撃の大剣が掬い上げるように斬り上げる。バックステップでは逃げ切れない。私は双剣を交差させてなんとか防御した。
ただ、受けたのは大きな失敗だったらしい。ティガルの剛腕から繰り出された斬り上げによって、私の両足は床から離れてしまったのだ。そこへ返す刀でティガルは渾身の一撃を叩き込んで来た。
並の武具しか持たない兵士であれば斬り上げで両断され、斬り上げに耐えられる武具を持っていても逃げ場のない空中で二の太刀を食らう。見事な技、それも初見殺しの必殺技だった。
「本気で殺しに来るお前は、こんなにも恐ろしかったんだな」
ただ、ティガルは操られている。本来のティガルであれば、私を相手にこの技は使わないだろう。何故なら、少し浮かすという行為が私相手では通用しないと知っているからだ。
私は尻尾の先端を床の隙間に引っ掛けると、身体を引っ張って大剣の軌道から逃れた。尻尾は必殺の武器にして五本目の手足とも言えるのだ。
攻防の内容では私の敗北に近いが、お互いに手傷を負うこともなかった。最初の間合いに戻っただけである。私はティガルに意識を向けつつも、周囲の様子を窺った。
よじ登ってきた敵の数は多いとは言えない。ティガルのように一息によじ登れなければ、上から射られて突き落とされるからだ。
それに何故か傀儡兵は梯子を掛けようとしていない。城門を破ろうとするか、城壁を直接よじ登ろうとするか、下から霊術で攻城の援護するかである。戦闘技術はそのままだが、細かい指示は出せないのかもしれない。
その分、登り切った傀儡兵は手練揃いだ。しかし、直属兵達の方が数が多い上に腕も立つ。それに直属兵同士は連携も取れている。カール王率いる遊撃隊も機能的に働いているらしく、全体的に戦いは有利に進んでいるようだった。
ただし、彼らは私とは異なりカール王の命令通りにトドメを刺している。具体的には致命傷を負わせた後、念押しとばかりに頭部を破壊していたのだ。
事情を知らない守備兵は目を丸くしているが、彼らも眼下の傀儡兵相手に必死なので気にしていられない。城壁の上には頭部を破壊された死体がいくつも転がり、むせ返るほどの血と臓物の臭いが漂っていた。
「力は強い、が!」
「動きは雑だな!」
特に一方的に狩られているのがティガル以外の魔人である。直属兵達は彼らの弱さを意外に感じているようだが、私からすれば当然のこと。彼らは元から戦士だったゼルズラの魔人とは異なり、魔人にされただけの貧民や罪人でしかないからだ。
魔人の身体能力は他のヒト種を凌駕する。だが、元が戦士ではない魔人は闘気と霊力の扱いも知らなければ、武芸の鍛錬も積んでいない。身体能力に頼り切った戦いしか出来ないのだ。
元々の身体能力で勝っていても、王国の精鋭である直属兵に勝てるはずもない。垂直な壁をよじ登れる身体能力があったのは、彼らにとって不幸だったようだ。
現に登ろうとして叩き落された魔人達は手傷を負っても生きている。上から降ってくる矢や落とされる石では魔人はそう簡単に死なないのである。
「……」
「来い!」
睨み合いもそこそこに、今度はティガルの方から距離を一気に詰めて来た。普段のティガルであれば合わせるように咆哮を上げるのに、無表情かつ無言ということもあって違和感が半端ではなかった。
武器の重量とリーチでは負けている上に、ティガルには明確な殺意がある。この殺意の差は戦う上で必ず現れるはず。ここぞという時に私だけ踏み込めないからだ。
ただ、私の得意とするのは砂の霊術。我ながら非常に融通が利く霊術なのだ。私はコートがなるべく広がるように勢い良く両腕を左右に広げた。
傀儡兵と化したティガルは、私の意図などお構い無しに大剣を肩に担いで突進している。戦闘技術はそのままでも、相手の思考を予想することもその裏を書くことも出来ない。これは傀儡兵の致命的な欠点と言えるだろう。
「……」
「反応がないのは寂しいな」
広げたコートの裏で密かに砂の腕を複数作っていた私は、ティガルが大剣を振り上げた瞬間に腕をけしかける。私はコートの裏から迫る腕に反応出来なかったティガルの拘束に成功した。
本来のティガルであればコートをわざとらしく広げるという行為を見た時点で警戒するだろうし、少なくとも今のように猪突することはない。技術はあれど、それを活かす頭がなければ宝の持ち腐れなのだ。
「そう」
「暴れるな。すぐに楽になる」
ただし、背中とコートの裏に隠せる程度の砂ではティガルを封じ込めるのは難しい。力を入れにくい体勢のはずなのだが、砂の拘束は今にも崩れそうだった。
それでもこの状態になった時点で私は勝利条件を満たしたと言える。私は尻尾を伸ばすと、先端の毒針をティガルの身体に突き刺した。
ヒト種であれば致死量の、魔人であればしばらくは起きないだろう量の毒を注入する。ティガルの身体はビクリと強く痙攣した。
「ダメだ!トドメを刺せ!」
これでティガルを傀儡兵から解放させられる。私が安堵した瞬間、背後から聞こえたのは珍しく焦った様子のカール王の怒声だった。傀儡兵の対処法は聞いているが、眠らせて無力化させれば問題はないではないか。
後でカール王に事情を説明すれば良い。私はティガルの拘束を解除し、倒れ込むだろう彼を受け止めようと一歩前に進んだ。
「……」
「……何だと!?グハッ!?」
次の瞬間、ティガルは振り上げていた大剣を振り下ろしたのである。動けるはずがないと思っていたこともあり、私はほとんど反応出来なかった。
咄嗟に出来たことと言えば、首を傾げて刃の軌道から頭を逸らすことだけ。ティガルの大剣は外骨格を砕き、私の肩深々と食い込んだ。
「……」
「ぬっ……ぐっ……この……程度で!」
無言のティガルは大剣をさらに押し込んで来た。ミシミシと外骨格が軋んだ音を立て、刃がガリガリと骨を削っている。ここまでの深手を負うのはいつ以来だろうか?
激痛に苛まれながらも身体を動かせるのは、不本意ながら過去の体験のお陰であろう。私は尻尾を鞭のように薙いでティガルの腹部に叩き付ける。ティガルは吹き飛ばされて床の上を何度も転がった。
「だから言ったはずだよ。躊躇するなって」
「……どうなっている?ティガルは動けないはずだ。それだけの量の毒を注入したんだぞ!?」
遊撃隊を引き連れてやって来たカール王に向かって私は感情のままに怒鳴り付けた。自分の怒声が傷口に響いているはずだが、痛みは全く感じない。感情の昂ぶりが痛みを消しているようだ。
近くに直属兵がいれば怒られたかもしれない。だが、幸いにもカール王率いる遊撃隊はティガルや他の傀儡兵と戦っていて私の態度を咎める余裕はないようだった。
私の殺気混じりの怒気を受けてもカール王は平然としている。私の複眼を正面から見返す彼の瞳には……何故か事情を説明した時と同じ悲しみの色が浮かんでいた。
「動くのも当然さ。傀儡兵に使われているのは埋め込んだ球体を介して死体を操る技術だからだよ」
「……何?」
「ハッキリと言おう。彼はもう、亡くなっているんだ」
次回は2月3日に投稿予定です。




