深まる謎
事切れた男と、男を刺したカール王。衝撃的な光景ではあるが、私は努めて冷静に全ての複眼で周囲を観察する。すると死体にばかり気を取られて気付かなかったが、牢屋の端で苦しげに呻く数人の直属兵達がいた。
さらに牢屋の床には壊れた木製の椅子と千切れた鎖が転がっている。そして刺された男の手首と足首には鎖の跡があり、手には折れた椅子の脚が握られているではないか。
状況から考えて縛られていた男が椅子を破壊して無理やり拘束を解き、護衛を昏倒させた後、壊れた椅子の脚でカール王を害そうとした……と言ったところか。カール王は自衛しただけなのだろう。少なくとも、自由を奪った相手を一方的に嬲っていたことはあり得ないはずだ。
「やれやれ、格好のつかないところを見せてしまったね」
沈黙を破ったのはカール王本人だった。彼は付着した返り血を見て少しだけ顔を顰めた後、身体に付いた埃を払う。どうやら襲い掛かられた時に床へ転んでいたようだ。
普段通りの姿を見せたカール王を見て、直属兵達は慌てて駆け寄った。彼らはカール王の無事を確かめて安堵している。王の直属なのだから当然のことか。
それからカール王はテキパキと指示を出し始める。倒れていた護衛を起こすと、入り口を守っていた者達に死んでしまった捕虜の始末を命じた。
護衛をしていた直属兵は起きるや否や自分の不甲斐なさを恥じて謝罪している。だが、カール王は彼らに謝罪よりもこれからの働きで挽回するべきだと言って仕事を優先させていた。
「それで、君達が来た理由を聞こうか」
「はっ!詳しくはアンタレス本人の口から聞くべきかと存じます」
「そうか。では、アンタレス。何があったか聞いても良いかい?」
「……わかりました」
私は置き物でいたかったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。いつも通りの微笑みを浮かべるカール王は有無を言わせない雰囲気で私に尋ねる。全てを諦めた私は嫌々ながら口を開いた。
私はなるべく詳しくアイザックのことだけを説明した。自爆されたせいでアイザックの遺体はもう存在しないので、カール王が聞けるのは全て私の証言だけ。信憑性は低いと思うのだが、意外なことに彼は真剣な表情で聞いていた。
「そうか……やはりそうなのか」
「陛下?」
「面白い話を聞けた。ありがとう。昨日から休んでいないんじゃないか?疲れを取ってくれ」
戦いは始まったばかりなのだから、とカール王は続けた。カール王に気遣われたからか感激している直属兵だったが、私はカール王の態度が気になっている。真剣に聞いていたカール王だったが、最後の一瞬だけ表情が見たことのないほど険しくなったからだ。
これまでの経験から、カール王は常に余裕がある態度を崩さないことで強いカリスマ性を発揮しているように思う。そんな彼が表情を取り繕うことを一瞬とは言え忘れるほどの何かがあったのではないか。私はそんな不吉な予想をせずにはいられなかった。
とは言え、ここでカール王に詰め寄る訳にもいかない。私は同室の直属兵達と共に部屋へ帰還する。すると彼らは疲れが溜まっていたのか、ベッドに入るや否や寝入ってしまった。
彼らよりも早く戻っていた私は睡眠をあまり必要としないこともあって眠気に支配されることはなかった。それよりもカール王の最後の表情が気になる。私は部屋の中で感覚を研ぎ澄ませてカール王の様子をうかがおうとした。
「……音が聞こえない?特別な部屋にいるのか」
だが、そう上手くはいかなかったらしい。砦に間者対策として防音の霊術が掛けられた部屋があるのは常識だ。カール王はそんな部屋にいるということだろう。
カール王から情報を盗み聞くことが出来なくなったものの、まだやれることはいくらでもある。私は振動を感知することによって、砦全体の音を少しずつ拾い上げることにした。
「……なるほど。顔見知りは私だけではなかったということか」
砦には無数の兵士が詰めており、戦時中の兵士の間には噂話が蔓延するもの。戦争中の砦において、噂話は数少ない娯楽と言えるからだ。
噂話はほとんどが根も葉もないガセネタばかりだし、事実が歪んで伝わっている場合もある。それこそ全員に行き渡る食糧が届いたという報告が、全員の食糧がなくなったと真逆の噂が流れることまであるのだ。
だからこそ、少しでも多くの噂話を拾い上げてそれらしい情報を見極める必要がある。その中で気になったのは襲撃してきた五人組に見覚えがあると言っている兵士がいる、という噂話だった。
私の証言は同室の直属兵にカール王、そして彼の護衛にしか聞かれていない。だが、この噂話はすでに広まりつつあった。つまり、私以外にも顔見知りがいたと証言する兵士がいたということだ。
「カール王の表情はこれが原因か?」
確かに顔見知りが敵として、それも玉砕前提の攻撃を仕掛けて来たと知れば兵士は動揺するに違いない。だが、それだけであのカール王が表情を崩してしまうだろうか?
納得出来ない私はさらに音を探る。すると砦の地下室……正確には死体安置所から複数の声が聞こえてくる。回収した兵士の遺体を運んでいたのかと思いきや、どうやら彼らは砦付きの医官であるようだった。
『どうなっているんだ?こんなことが許される……いや、それ以前に可能なのか?』
『実際に動いていたのだから、可能ではあるはずだ。信じられない上に不快極まる話ではあるが』
二人の医官のやり取りの内容は不穏だし、二人の声色からは嫌悪と怒り、それ以上の恐怖が滲んでいる。彼らは一体何に気付いたのだろうか?具体的な内容を聞きたいのだが、彼らは言葉にすることも悍ましいと思っているようで、何に気付いたのか述べることはなかった。
結局、彼らは具体的な内容を口に出すことなく報告を上げるために死体安置所から去っていった。私にとって都合が悪いことに行き先は防音の霊術がかかっている部屋であり、具体的な内容は聞き出せなかった。
他にも噂話を集めてみるものの、私の琴線に触れる内容は全く集まらない。そうこうしている内に同室の直属兵達は起床し、彼らと共に行動しなければならない私もまた噂話を集めているばかりではいられなくなった。
ただ、直属兵と同じ扱いの私の仕事は驚くほど少ない。やることと言えば守備兵に混ざっての見張りくらいのモノ。敵が砦から見えない距離にまで退いたこともあって、攻めてくるまではやることがなかったのだ。
「敵が見えてきたらしい。行くぞ」
「わかった」
数日後、ついに敵に動きがあったらしい。またあの致命傷を受けても死ぬまで動き続ける兵士が来るのか。気は重いが逃げる訳にもいかない。私は急いで城壁の上へと登った。
「前よりもずっと数が多いな。ここからが本気ということか……どうした、アンタレス?」
同室の直属兵が何か言っているようだが、私の耳には何も入って来なかった。何故なら、私の複眼があり得ないモノを写していたからだ。
敵の軍勢は複数の集団に分けられた。それこそ最低限の武具を着せただけの農民の集団や、統一された武具を装備した戦士団など装備も練度も多種多様だ。
その中にあって異様な集団がいる。その一団は何と全員が魔人だった。魔人を否定する連中の軍に魔人の一党がいることも信じられないが、私が目を疑ったのはその一党の先頭にいる人物を目にしてしまったからだ。
「……どういうことだ?何でお前がそこにいる!ティガル!」
次回は1月23日に投稿予定です。




