襲撃の後で
結局、同室の直属兵達は夜明けまで帰って来ることはなかった。その理由は単純明快。襲撃して来た五人組によって空いた穴を埋めるためだ。
アイザックは私が抑えたものの、他の四人によって守備兵がかなりの被害を受けたらしい。四人全員が駆け付けた直属兵達によって無力化されたようだが、その直属兵達が警戒に当たらなければならないほどの損害だったようだ。
聞こえてくる声によると、幸いにも死者自体は少ないらしい。だが、撃退によって上がっていた士気が下がってしまった。流石にこの程度で厭戦気分が広がるほど軟弱な兵士はいないようだが、防衛戦の成功で浮かれていた兵士達にとってみれば冷水を浴びせられたかのように感じたことだろう。
カール王のカリスマ性があれば、兵士の下がった士気を上げることも出来るかもしれない。この件に関してはカール王の手腕にかかっているな。
「おっ!やっぱり先に戻ってたのか」
「聞いたぞ。大活躍だったんだってな?」
夜が明けた辺りで同室の直属兵達は部屋に戻って来た。どうやら私がアイザックと戦ったことを聞いていたのだろう。
守備兵が自分の手柄にするかと思ったのだが……ああ、そうか。彼の自爆から守るために生み出した砂が残っていたはず。私がかかわっていないと報告する訳には行かなかったのかもしれない。
「でも、俺達も負けてないぞ」
「誰か討ち取ったのか?」
「いや、違う。何とか生け捕りにしたんだ」
「そっ……それは凄いな」
生け捕り。そう聞いた瞬間、私は胸に冷たい槍が突き刺さったように錯覚した。同室の直属兵達は私に出来なかったことをやり遂げたようだ。
彼らは疲れているだろうに自分達が捕らえた敵のことを語り始める。正直、私は今すぐに耳を塞ぎたくなった。もしも彼らの口から語られる内容から、私達が救助した『灼鉄騎士団』の片割れであるベルナールが連想されたら絶望してしまうからだ。
ただ、その心配は杞憂に終わってくれた。彼らが戦った敵は白髪混じりの黒髪を束ねた槍使いだったと言う。冴え渡る槍術は凄まじく、一対一であれば危なかったと彼らは語った。
「しかも風の霊術を使いこなしていてな、壁を飛び越えたのも風を操って身体を浮かせていたそうだ」
「霊術を織り交ぜた槍術は敵ながら参考になったよ」
優れた霊術使いの前に城壁はあまり意味をなさないようにも思える。だが、厚い城壁の防衛力の高さは歴史が証明していた。
砦には防御の霊術が得意な霊術士が必ず配備されている。共和国の強力な兵器も、ただの城壁なら打ち砕ける霊術も、防御の霊術によって強化された城壁を破壊するのは困難だからだ。
ならば今回の五人組のような、城壁を越えられる技量を持つ戦士を向かわせれば良い……とはならない。ここまで自在に霊術を操れる戦士は希少だからだ。仮にそんな戦士を集めた部隊があるとすれば、それは少数の精鋭部隊となるだろう。
その精鋭部隊も本来の使い方は大軍で攻め寄せている時の切り札として投入することだ。大軍の対応で精一杯の所に精鋭部隊が突入して突破口を開くのである。
結局は一人を除いて討ち取られていることからも分かるように、いくら優れた戦士であろうと彼らだけで攻め込むのは無謀な試みでしかない。数の力を覆すことは難しいのだ……我々は戦時中によくやらされていたが。
私達の場合は部隊のほぼ全員が霊術なしで壁をよじ登れる者が多く、また死んでも良いと思われていたからこその運用である。我々に纏まった人数がいなければ、そしてマルケルスとデキウスが可能な限り死なないように策を巡らせてくれていなければとっくに土の下に埋まっていたことだろう。
「お前の所に来たのはどんな奴だったんだ?」
「……『灼鉄騎士団』団長のアイザックという男だ」
「え?は!?まさか、知り合いだったのか!?」
「ああ、そうだ」
驚く直属兵達に私はアイザックとの出会いと別れについて簡潔に語った。そして実際に戦った時のアイザックの様子がおかしかったことも付け加えておく。
すると直属兵達は深刻そうな顔付きになっていた。彼らが何を気にしているのかと言えば、アイザックの様子と彼らが生け捕りにした者の様子が酷似していたと言うのだ。
「痛打を与えても怯まず、声すら出さずに戦い続ける。まさにその通りだったぞ」
「我慢強く、無口な戦士だとばかり思っていたが……共通していたとなると話は別だ。これは報告しなければならん」
「やっと寝られると思ったのだが……仕方がないか。アンタレス、お前も来てもらうぞ」
「わかった」
私の情報は報告する必要があると判断したのか、直属兵達は私を連れて部屋の外へ出る。彼らが報告に向かう先はカール王の居室。彼らはカール王の直属。上官と言えるのはカール王とその側近だけなのだ。
カール王は本来であれば守将の居室を使っている。現在の砦の総指揮をカール王が執っているからだ。ただ、その部屋には守衛の他に誰もいない。彼らの話によると、カール王は留守にしているとのことだった。
「まさか我々が捕らえた者のいる牢屋にいらっしゃるとはな」
「尋問に参加されているのだろう」
「お休みになられた方が良いだろうに」
何でもカール王は彼らが捕まえた敵の下にいるらしい。カール王は生け捕りにした敵のことを知りたいのだろうが、休める時に休むべきだというのは同意する。カール王に何かあれば、その悪影響は砦どころか王国全土に及ぶからだ。
場合によってはハーラシア王国が亡国の憂き目にあうこともあり得るだろう。優秀だからこそ何事も自分でやろうとするのは、カール王の数少ない欠点なのかもしれない。
「むっ?お前達か。何の用だ?」
「陛下に報告したいことがある。通してくれ」
「それは……おい、それも連れてきたのか?」
牢屋は地下室にあり、その入り口には二人の直属兵が立ち塞がっている。同じ直属兵ということもあって最初こそ口調は穏やかだった。しかし、その直属兵は私を見て露骨に眉を顰めていた。
当然ながら魔人への強い差別的感情を持つ者は直属兵の中にもいる。運が悪いのはここにそんな人物の一人がいることだろう。
「私はここで待っているから、皆は報告して来ると良い」
重要なのは私の見たことをカール王に伝えることであって、私が伝えることではない。別に私はここで待っていても良いのだ。
この場に私の意図がわからない者はいなかったのだが、予想外なことに全員が不愉快そうな表情になった。私は気を使っただけなのだが……どうしてだろうな?
ガタガタガタ!
何とも言えない空気が我々の間に流れていると、牢屋に続く階段の奥から激しい音が聞こえてきた。下で何か起きているのかもしれない。直属兵達は血相を変えて我先にと階段を降りていく。魔人への感情に差はあれど、彼らの忠誠心に違いはないようだ。
全員が急いで降りていった階段を私はゆっくりと降りていく。物音はもう収まっているので、大事には至らなかったらしい。もしカール王に何かあれば騒ぎになっているはずだからだ。
ただ、階下は不気味にも思えるほど静かであるのに、牢屋特有のカビ臭さ混ざって嗅ぎ慣れた鮮血の臭いが漂ってくる。短い階段を降りた先で私の目に飛び込んできたのは、背中から剣尖が飛び出している拘束された男と、返り血で真っ赤に染まったカール王の姿であった。
次回は1月19日に投稿予定です。




