最悪の再会
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
カール王の一行は歓声に包まれながら砦に入った。しかしながら、一部の者達……特に砦の守将と思われる最も目立つ鎧の騎士とその側近の顔は明るいとは言えなかった。
それは今まさに歓声に応えて手を振っているカール王も同じこと。いや、表情そのものは微笑んでいる。だが、その瞳が笑っていないことは入城する直前に一瞬だけ顔を見た時に気付いていた。
カール王が微笑んでいる理由はわかる。敵兵が撤退したことは事実であり、撃退に成功したことに喜ぶ兵士達の士気を下げたくないからだ。そして同時に彼らが喜べない理由もわかる。まるで死体が動いていたかのような敵兵の異様さを思い知ったからだ。
「おい、あれ……」
「魔人じゃないか」
カール王と共に砦へ入った私に気付いたらしく、守備兵達の一部が私に意識を向ける。その多くは好奇なのだが、やはりと言うべきか嫌悪も含まれていた。
こうなるとわかってはいたものの、砦の中へ入らない訳にもいかない。私は嫌悪の視線を向ける者達の方へ顔を向けないまま、髪の中に隠れている複眼によって彼らの顔を覚えておいた。なるべく関わらないようにすれば問題も起こりにくいはずだ。
私はコソコソと縮こまることこそしないが、わざわざ目立つマネをすることもなく直属兵の後ろに並んで行儀良く何か命じられるまで待つ。するとカール王が砦の守将の横に並んで奮闘して守り切ったことを褒め称えた。
守将は褒められているというのにあまり嬉しくなさそうだ。これで終わりだとは思っていないからなのだろうが……国王に褒められているのだから形だけでも喜べば良いだろうに。
カール王は終始笑みを浮かべたまま、守将と守備兵の奮戦に惜しみない称賛を贈った上で、これからは自分達も戦うのだと鼓舞している。さらに続々と援軍が送られてくるのだ、と安心させていた。
勝利の余韻で盛り上がっている空気に水を差すことなく、兵士達の後顧の憂いを断って士気を上げる。これもカール王は指揮官として優れている部分なのだろう。
「アンタレス。あんたは俺達と同室だ」
「助かる」
兵士達をひとしきり労った後、次に行われたのは私を含めたカール王率いる援軍の受け入れである。国境沿いの砦は大きく、私達を受け入れることは容易だ。だからこそ、兵舎のどの部屋で誰が寝ることになるのかはすぐに決まった。
この時、私と同室になったのはここまでの行軍で仲良くなった者達である。カール王はずいぶんと気を利かせてくれたようだ。
私達は食事の後、このまま寝ても良いことになっている。激しい戦闘の後で疲労しており、十分な休息は次の戦闘のためにも必要不可欠だった。実際、私と同室の者達は行軍の疲れもあって食事をとったらすぐに寝てしまった。
「さて……私の感覚も取り戻しておかなければ」
だが、私は今眠るつもりはなかった。クリス達に普段から寝るように言われているから寝ているものの、元々私はあまり睡眠を必要としない。疲れていても眠ることなく体力は回復していくのだ。
しかし、体力に心配がないということは眠らない理由の一つでしかない。実はもう一つ理由があった。それは戦争の時の感覚を取り戻すためである。
戦争が終わり、ゼルズラを築いてから私は仲間達と共に砂漠で暮らしてきた。砂漠の環境は厳しく、生活は楽とは言い難い。だが、その苦しさは戦場の苦しさとは程遠く……あの戦争の時に比べると己の感覚が鈍っているように感じるのだ。
武芸と霊術の鍛錬は欠かしておらず、当時よりも腕前が上がっていることは実感している。しかし当時の私と今の私が戦ったとして勝てるのかと問われれば、今の私は厳しいのではないかと思ってしまうのだ。
その原因は技術ではなく、感覚の鈍さだ。あの時は自分と仲間達を死なせたくない一心だった。満足な睡眠も、休息も、食料も、治療も与えられない状況で生き延びるため、常に感覚を研ぎ澄ませていたのだ。
あの時に比べれば平和に慣れた私の感覚はとても鈍っている。先ほどの戦いは問題なく切り抜けたが、当時の私であればもっと敵を斬り伏せていたはずなのだ。
「腕自体は上がっているんだ。後は感覚を取り戻すだけ……」
私は部屋の壁に背を預け、胡座をかくと目蓋を閉じてゆっくりと長い呼吸をする。そうして五感を研ぎ澄ませていく。
……ああ、そうだ。この感覚だ。血と汗と汚物が醸し出す異臭。殺気立った人々によって飛び交う怒号。好きでもない戦いの気配と死が直ぐ側にある不快感。戦場とはこんな場所だったな。
しかし、ここまで早く当時の感覚を取り戻せてしまうとは。認めたくない上に不愉快極まる話だが、今の私は『帰って来た』ようにも感じている。戦場暮らしが長すぎた弊害だろう。また忘れてしまいたい感覚である。
研ぎ澄まされた感覚は砦のあらゆる場所の音を拾っていく。未だに興奮冷めやらぬ守備兵達の、勝利を祝う声やカール王と直属兵の勇姿を讃える声。砦に詰める兵士ではない者達の安堵の声。絶望的と思われた戦いから生き延びたことを喜ぶ声が大半であった。
「……なるほど。指揮官も大変だな」
私達に休むようにと命じたカール王だが、彼自身とその側近は砦の守将やその部下を交えて会議を行っていた。その内容は指揮系統の整理や援軍がやってくるまでのおおよその日数、砦に保存されている物資の残量に夜間の警備ローテーションなどについてだ。
カール王を頂点にすえることは当然としても、他に決めなければならないことはいくつもある。兵士は戦場で生命を賭して戦う者達であり、将は勝利するための盤面を整える者ということだろう。彼らには彼らの苦労と苦悩がある……何だ?
「これは、外か?」
カール王達の会議を盗み聞きしていると、私の五感は砦の外の音を察知した。その音は外からこちらに接近している。衣擦れ音から考えて軽装……それも革鎧すら装備していないようだった。
武器の金属音はするので最低限の武装はしているらしい。足音からして数は五人。会話はしていないので何者なのかはわからないが、こちらへ近付いているのは間違いなかった。
「まさか敵襲?それにしては数が少ないが……行くしかあるまい」
一切会話していないので五人組が何者なのかはわからない。だが、五人組がいる方角の兵士が警戒している様子はなかった。職務を怠けているのではなく、単純に気付いていないのだろう。外が暗くなっているし、距離もあるので見えないのは無理もないことだ。
私は音を立てないように注意しながら部屋から出る。兵士達は皆が疲れているのか、兵舎はかなり静かだった。響くのは誰かのイビキくらいのものだ。
「……よりにもよって、あの兵士達か」
人目を避けるでもなく城壁に上がると、何の因果か五人組がいる方向を警戒しているのは私に嫌悪の視線を向けていた者達だった。
あの者達をどうやって説得しようか。そんなことを考えていると五人組に動きがあった。奴等はいきなり駆け出したのである。
「何だ、あいつらは!?」
「止まれ!所属と目的を……はっ、速ぇ!?」
ただ、その走る速さはかなりのモノ。魔人に匹敵する速度だった。兵士の質問に応えず、それでも接近するということは敵に違いない。一体何者だ?
兵士達が驚愕したのも束の間、何と敵は壁を駆け上がっていくではないか!垂直な壁を二本の足だけで駆け上がるだと?魔人でも難しい力技ではないか。
下から駆け上がる者達が何者かはわからない。だが、夜警の兵士は危険だ。私は戦闘形態になって跳躍し、兵士の前に飛び出して下から突き上げられた剣の切っ先を外骨格を硬化させた腕で弾いた。
「お前は……アイザック、なのか?」
城壁の上にまで接近したことで、五人組の顔が松明によって照らされる。そうしてハッキリと見えた敵の顔は……かつてゼルズラで治療した『灼鉄騎士団』の団長、アイザックであった。
次回は1月11日に投稿予定です。




