異様な兵士
カール王と共に国境の砦へ向かう道のりは過酷であった。カール王の有名な逸話に『カールの神速行』というモノがあるが、その実態はどういうことはない。馬術に優れるカール王の異常なペースに付いていける精鋭だけが同行し、その精鋭と共に戦ったというだけのことなのだ。
確かにカール王と精鋭の馬術のみに頼っている訳ではない。どの街に寄るか、どの道を通るのかを緻密に計画を立ててその通りに事を運ぶ実務能力、さらに行く先々の領主や代官達に迷いなく命令を遂行させるカリスマ性。その全てあっての行軍速度なのだ。
ただ、付き合わされた私はたまったものではない。カール王の直属兵達は慣れているから良いのだろうが、私の馬術は人並みに走らせることが出来る程度なのだ。とてもではないがついて行けず……行程の一割ほど進んだ所から自分の足で走ることになった。
「魔人の体力ってのは凄いもんだ。騎兵に遅れずに駆け抜けんだからなぁ……」
この行軍の中で、私は数人の直属兵と仲良くなった。その内の一人が休憩中にそんなことを呟いた。騎兵の速度は他兵科に比べて頭抜けているはずなのに、私は徒歩で付いていった。彼にとっての常識を崩してしまったようだ。
ただ、私も余裕だった訳ではない。久々に疲労が蓄積している感覚があるからだ。砦に入ったら一晩だけで良いからゆっくりと眠りたいほどだった。
「見た目ほど余裕はないんだぞ?正直、今すぐに戦えと言われたら死んだふりをして逃げたいくらいだ」
「軽口を叩く余裕は残っているようだ。自信をなくしてしまうぞ……ほら、飲むか?」
「助かる」
別の直属兵が出したコップを受け取ると、私はその中に注がれた水を飲む。クリスが出してくれる水と変わらない。革袋に入れた水などでは臭いが移る。霊術で出した水に違いなかった。
こうして短い休憩中は彼らと共に過ごすようになったのだが、その間もずっと私は視線を感じている。視線の主は決まった集団……私のことを良く思っていない集団だった。
彼らの言動からはカール王への忠誠心に疑う余地はない。直属兵であるために鍛錬も怠っていないのだろう、ゼルズラの戦士に勝るとも劣らない者達ばかりだ。血の滲むような鍛錬を積んできたことだろう。
だからこそ、ぽっと出の私が同行していることが気に入らないのだ。彼らも理屈の上では私の方が強いのだと理解しているのだと思う。だが、彼らと実際に手合わせした訳でもないのだから実感するのは難しい。行き場のない感情が、私への攻撃的な視線となって表れているのだろう。
「あまり気にするな。連中もわきまえている。手は出さないさ」
「そう願っている。余計なことに体力は使いたくない」
「……本音っぽいけど、聞こえる所では言うなよ?俺達と違って気位が高いんだから」
疲れるのが嫌というのは紛れもない本心なのだが、こんな呟きにも気をつけねばならないらしい。厄介なものだな、身分というモノは。
気安く私に話し掛けてくれる者達は、全員が下級貴族か平民出身だ。カール王の直属兵は、王に付いていけるだけの技量を最優先に選ばれているらしい。並の騎兵ではついて行けない速度で行軍するのだから、技量が足らない者達は置いていかれてしまうのである。
その結果、家柄などよりも純粋な技量だけが重視されるようになった。とは言え、高い技量を持つような鍛錬、それも馬術の鍛錬を行うには時間と金がかかる。必然的に直属兵は裕福な貴族の子息が大半を占めるようになったのだ。
この家柄の違いと言うのは厄介なモノらしく、直属兵内での派閥が生まれているらしい。カール王への忠誠心という点では同じでも、直属兵同士の結束には脆い部分がありそうだ。
「忠告に感謝する」
「気にすんなって。おっ、そろそろ出発っぽいぜ」
短い休憩を終えた後、私達は再び行軍を開始した。盗み聞きした所によると、そろそろ目的地が近いらしい。そしてカール王の性格ならば、ほぼ確実に目的地まで駆け抜けることになるようだ。
近いというのがどの程度かは不明だが、ようやく走らずにすむようになるらしい。一息付けるのだと走りながらも安堵していた。
「おい、あれ……!」
「砦の方向じゃないか!?」
夕刻になるまで走り続けた頃、馬上の直属兵達が遠くから上がる黒煙に気が付いた。その煙は砦のある方向から空へと伸びているらしい。
ちなみに、私の複眼は煙に気付いていたし、嗅覚は焦げ臭い臭いを捉えていた。報告しなかったのは砦の正確な位置がわからず、行軍を遅延させて文句を言われたくなかったからだ。
指揮官であるカール王の決断は素早かった。彼は行軍速度を上げたのだ。合流を急ぐつもりなのだろう。私も置いていかれないために走る速度を上げた。
「戦闘中か。だが……」
砦が直接見えるようになると、今まさに攻撃されている最中だった。大勢の兵士が砦に取り付いていて、砦側は乗り込まれるのを必死で防いでいる。まだ壁を越えられていないようだが、防衛側に余裕があるようには見えない。攻撃側の勢いがかなり強いからだ。
これだけの戦意となると死を恐れない精鋭兵でなければ出せないと思うのだが、信じ難いことに私の複眼には攻撃側の兵士が痩せ細った農民にしか見えなかった。武装も貧弱で城壁の上から放たれた矢や投石を食らえばすぐに倒れて……何だと!?
「どうなっているんだ……」
「おい!何か見えたのか!?」
「あ、ああ!だが、気のせいかもしれない!」
すぐ側にいた仲の良い直属兵が私の呟きを拾い上げたようだが、私は不確定なことは言えないと誤魔化した。誤魔化したものの、私の複眼は異様な光景を確かに見ている。彼に言い淀んだのは、それは上からの投石が頭に直撃したはずの兵士が当たり前のように立ち上がったからだ。
直撃した瞬間、攻撃側の兵は頭の一部が砕けたのを私はしっかりと見ていた。まず間違いなく即死、仮に生きていたとしても地獄の痛みで苦しんでいたはず。そんな兵士を共和国との戦争中に山程見てきた。
だが、あの兵士はまるで痛みなど感じていないかのように立ち上がっている。いくら激痛に耐性があるとしても、あの状態で立ち上がれること自体が驚愕に値することだ。
私は他の兵士も観察してみる。すると、その大半が後方に退くべき大怪我を負っていた。中には瀕死の重傷や、死んでいなければおかしい傷を負っている者もいるではないか。
死人が動いている。そうとしか見えない光景に私の背中に怖気が走った。何をどうすればあんなことが可能なのかはわからないが、外道極まりない何かが行われているのは確実だった。
正直、今すぐに回れ右して帰りたい。だが、カール王はそれを許してくれないらしい。私達は砦どころか、攻撃側の横っ腹へ突撃する方向に進んでいるからだ。
「突入する!総員、構えよ!」
「「「おおおおおおおおおっ!!!」」」
前方から聞こえるカール王の命令に、直属兵達は気炎を上げる。私は不気味極まる敵に突っ込みたくなかったものの、ここで逃げ出す訳にはいかない。私は無言で腰から双剣を抜き放った。
互いの距離はどんどん詰まっていく。攻撃側からこちらの姿は見えているはずなのだが、連中の反応は薄い。まるでこちらに気付いていないかのようではないか。
攻撃側の兵士がこちらを向いたのは騎兵隊が突入する直前だった。基本的に歩兵はそれ用の装備を整えていなければ騎兵の突撃を受け止めることは難しい。ほぼ何の準備もしていないのだから、攻撃側の兵士は蹂躙される他になかった。
騎兵の突撃力によって歩兵を食い破った直後、後方からドンドンと太鼓の音が聞こえてくる。どうやら撤退の合図だったらしく、歩兵達は緩慢な速度で撤退していく。カール王と直属兵、そして砦の守備兵達が勝鬨を上げる中で、私はため息と共に双剣の血を払うのだった。
次回はお休みをいただきまして、1月7日に投稿予定です。皆様、よいお年を。




