カール王の親征
『正義教会』による聖戦の宣言と、カール王からの参戦要請。このことを仲間達に伝えると、その反応は二つに分かれた。
片方は戦場へ行くのなら、自分もついていくという者達だ。いくらなんでも私一人に行かせる訳にはいかないと言うのが彼らの主張である。
そしてもう片方はそもそも私が行く必要がないという者達だ。私も共にゼルズラへ帰還し、適切な準備を整えてから戦場へ赴くべきであり、一人だけ先行する必要などないのではないかという主張。どちらも私のことを心配してくれているからこその主張であった。
「ボスがいないとみんな心配しますよぅ。特にシャウラちゃんなんて、助けに行くって言い出しかねませんかぁ?」
シャウラのことを引き合いに出して思い直すように説得するのはトゥルだった。今回の王国行きで私の次に発言力がある彼女は帰還を促す方ということもあり、帰還派が優勢である。
家族のことを言われると私も帰りたい気持ちになってしまう。いくら私が魔人の中でも特にしぶといのだとしても、私は全知全能どころか不死身ですらない。死ぬ時は死ぬのだから、家族と一目会いたいと思うことくらいは許してもらいたい。
だが、私はカール王に私一人が帰還することを条件に仲間達は一度帰ることをもぎ取ったのだ。カール王からすれば元からそうする予定だったのかもしれないが、今さら約束を覆す訳には行かなかった。
「それに、嫌な予感がする。連中の動きはあまりにも不可解なことが多すぎるんだ」
『正義教会』の動きはあまりにも不可解だ。複数の国家へ同時に宣戦布告をした件もそうだが、他にも聖騎士の死体は放置しながら魔人の死体は回収するなど目的が不明な行為が多かった。
これが単に教会の首脳部が戦術や戦略についての知識がない無能の集団なのであれば良い。無謀な戦争を起こしたことを後悔しながら滅ぼされるだけだからだ。
だが、これが勝算あってのことだったら?複数の国を相手取って、一方的に叩き潰せる算段がついているとすれば?これほど恐ろしいことはないだろう。
「無論、私一人いれば王国に勝利をもたらすことが出来るなどと自惚れてはいない。だが、『正義教会』が何を考えているのか知らなければ対策も立てられん」
「それを確かめるために行く、ってことですかぁ?」
「ああ。おそらくだが、カール王も同じことを考えている。だからこそ、私達からの反感を買うと分かった上で参戦を要請したんだろう」
これまで、カール王は私達を従えながらも何かを強く要求することはなかった。それを曲げてまで私を従軍させたがったのは、この不安があったからに相違ない。
断り切れなかったことの方が比重は大きいものの、私としても確かめずにはいられない不安があった。だからこそ、私は自分の意思で私一人で向かうのである。
一人にこだわるのは仲間達を私の付き合わせたくないからだ。ゼルズラの戦士達が勢揃いしているのならまだしも、中途半端な数の仲間しかいないと戦力として万全とは言い難い。万が一のことがあった場合、互いを見捨てられずに全滅する可能性まであった。
私一人の場合、私個人の危険は増すだろう。しかし、私は魔人の中で最も強固な外骨格の持ち主。同時に霊術で地中に潜っての逃走も得意だ。一人だけだからこそ、逃げおおせる可能性は高いはず。私の感情面でも安全面でも私一人の方がマシなのだ。
「心配するな。いよいよとなったら逃げ出すさ。私がしぶといことは知っているだろう?」
「う~ん……まあ、知ってますけどぉ……」
トゥルは微妙な表情で頷いた。私は生存が絶望的な状況からも帰還した実績があるので否定出来ないのだろう。まあ、あれは私が自力で帰還したのではなく、アイワスがいなければ間違いなく野垂れ死んでいたのだが……今は黙っておこう。
クリスやキリクであれば私の方が言い負かされたのだろうが、相手はトゥルだ。彼女は愚かではないものの、討論などは苦手である。私も得意な方ではないが、彼女を説得することは可能であった。
「私のことを心配してくれるなら、なるべく早く部隊を編成してくれ。安心して背中を預けられる相手がたくさん必要になるかもしれないからな」
「む〜……言いくるめられてる気がしますぅ」
ただ、完全に納得させるには至らなかった。それは他の仲間達も同じこと。特に私と共に行くと言ってくれた者達は不満げだった。頼りにならないと言われたように感じたのかもしれない……そんな意図はなかったのだが。
こうして何とかトゥル達を説き伏せ、彼女達はゼルズラへととんぼ返りすることとなった。一人王都に残った私だったが、ローガンなどの知り合いに顔を見せる隙が出来る前に王宮へと呼び出された。
「やあ!来てくれたね!」
「…………」
……私はいつも通り、トバイアスの執務室に足を運んだはず。なのに何故、私の前にカール王がいるのだろうか?そして付け加えるとするなら、何故彼は腰に剣を下げているのだろうか?
カール王の側には屈強な騎士が二人も控えており、私のことをじっと観察している。片方はただ観察しているだけのようだが、もう片方からはほんのりと敵意を感じた。別に何もするつもりはないし、そもそも呼び出されたからここにいるのに、理不尽な話である。
「実は今回は余も戦場へ行くんだ。いわゆる、親征ってヤツだね。この剣はその慣らしさ」
正直、私は驚いている。まさかカール王が直々に指揮を執ることになろうとは。それほどに事態を重く見ているということかもしれない。
カール王の軍才に疑う余地はない。カール王はそもそも次男であり、ハーラシア王国の将として国を支えるつもりだったらしい。内乱鎮圧では、私でも聞いたことがある『カールの神速行』という逸話まであるほどなのだから。
前線指揮しか出来ない私とは異なり、カール王は前線指揮の全体の総指揮も可能だとか。武芸の腕前もかなりのモノだとレオから聞いている。王族という最高の家柄に生まれ、政治をやらせれば国を富ませ、軍事的才能にも恵まれ、整った容姿まで持つ。この世の不平等を体現したかのような人物なのだ。
「君は一人だし、今は伯爵がいない。だから余のところで使うことにした」
「……かしこまりました」
「出発の日までは王宮に一室を用意してある。そこで英気を養うと良い」
私が跪いたまま感謝を示すべく、さらに頭を下げる。するとカール王はじゃあまたね、と軽い調子で言った後で騎士を引き連れて執務室から退出していく。どっと疲れた私は彼らの気配が離れたことを確認した後、深いため息をつくのだった。
◆◇◆◇◆◇
「どうだい?君達の感想は?」
トバイアスの執務室から退出した後、カール王は足を止めることなく背後に付き従う騎士達に尋ねた。二人からはカール王の表情はわからないものの、その声が弾んでいるのは間違いなかった。
「怪物ですな。一対一で勝てるとは思えませぬ」
片方の騎士はアンタレスの戦闘力を高く評価していた。彼はアンタレスを観察しただけだ。だが、自然体のアンタレス、それも跪く彼に一分の隙も見出せなかったのである。
ゼルズラという安住の地を開拓した後、アンタレスの腕前は鈍るどころかさらに上がっている。そのことを肌で感じ取った彼も相当の実力者であった。
「危険ではありませんか、陛下。あれは王国に忠誠を誓ってるとは思えません。そのような者を近くにおくのは反対です」
もう片方の騎士もアンタレスの実力を見ただけで理解している。だからこそ、彼のことを危険視していた。形式上はリーゼロッテに従っているし、アンタレス自身が今はその形式から逸脱しようとしていない。
だが、実質的にゼルズラが彼らの自治都市であることは暗黙の了解だった。
そしてアンタレスは義理からリーゼロッテに従っているだけで、ハーラシア王国に忠誠心があるとは誰も考えていない。そんな人物が強大な武力を持っているのだから危険視するなという方が無理だろう。
「ハッハッハ。それを理解していればいいのさ。愛想を尽かされない範囲で頼る、ってことだよ。それに……」
利害は一致しているしね、とカール王は自分にだけ聞こえる声量で続けた。アンタレスの考えていることを見透かしているのか、カール王は彼が裏切らないと確信しているかのように自信に満ちた笑みを浮かべるのだった。
次回は12月30日に投稿予定です。




