正義教会の闇
ザルドとソフィーとしばらく話した後、私は他の全員の様子を見て回る。書状を届けなければならないという事情があったせいで、全員の親しい者達を連れて来ることが出来なかったからだ。
明らかに気落ちしている者達に事情を話してから頭を下げて謝罪する。理屈の上ではわかるが、感情面で納得出来ない者もいるのはわかっていた。余裕がなかったとは言え、扱いに差が出ているようなモノなのだから。
その代わりにはならないだろうが、同行希望者からのメッセージを伝えていく。記憶力が特別に優れてはいないものの、仲間を想う仲間の言葉を忘れるほど薄情ではない。一言一句、過たずに彼らへ言葉を伝えた。
家族や恋人からのメッセージを聞いて、彼らの不満は少しだけ解消したように見える。ただ、完全に解消出来るはずもない。この治療が終わったら、しばらくは療養という名目で休んでもらおう。
「よう、ボス。お疲れさん」
「かなりの重傷だと聞いていたが……具合はどうだ?」
続いて私はリナルドの様子を見に行く。彼の側には連れ合いであるトゥルが寄り添っていた。右腕は彼女が抱きしめているせいで隠れているものの、無数の双葉が生えている。緑の帯が腕を一周していることから、腕を斬り落とされたのは間違いなかった。
他の傷よりも深いからか、左腕の傷を覆う植物は全く背が伸びていない。完治するまでかなりの時間が必要なのは明らかだった。
「良くはねぇな。でも、繋がったのは間違いねぇんだぜ?見てろよ……グッ!」
リナルドがそう言うと左手の指を動かしてみせる。指先がピクピクと痙攣しただけだが、彼が自分の意思で動かしたのは間違いない。完全に斬り落とされたはずなのに……『山の神』様が創造した植物の驚異的な力を見せ付けられていた。
ただし、完治からは程遠いこともあって指先を動かすことにも苦痛を伴うらしい。リナルドの眉間にはシワが寄っているし、額には脂汗が浮かんでいる。どうやら結構な無理をしているようだ。
「無理しちゃダメよぉ!ごめんなさいね、ボス。この人ったら弱いところを見せたくないんですよぅ」
「そう怒るな、トゥル。男はそんなものだろう」
「……見透かされた上でそれを指摘されるって、一番恥ずかしいんだぜ?分かってやってんの?」
心底申し訳なさそうに頭を下げるトゥルに、私は理解を示した。しかし、リナルドはそれが最も羞恥心を刺激されたようでガックリと項垂れていた。
数秒だけ項垂れ続けたリナルドだったが、すぐにその顔を上げる。その時、彼の顔は戦場にいる時のように引き締まっていた。
「ボス、気を付けろよ。連中、かなりの手練だった。腕をもがれた俺が言うんだから間違いねぇ」
「そうだろうな。いくら不利な森の中とは言え、お前とレオが後れを取るとは……正直、今でも信じられない」
リーゼロッテとクリスから話を聞いたので、聖騎士達が重武装だったのは知っている。慣れない森の中で甲冑を装備していては動きは鈍るし、追い掛け回すのなら体力も余計に消耗したことだろう。馬車を守りながらではあれど、逃げる側は身軽という点で優位に立てた。
だが、足止めとなると話は別。引きつけるために真っ向から勝負を挑まなければならず、そうなると装備と武器の構成による有利不利は逆転すると言っても良かった。
聖騎士の装備は重装の鎧と片手でも両手でも使えるバスタードソードだったと聞く。一方でリナルドは槍でレオは大剣。平野での戦闘であれば二人の方が有利なのだろうが、逃走していたのは森の中だ。長い武器の方が取り回しが悪く、大きく不利となったのである。
「聞いてた話よりよっぽど強かったぜ。下っ端だって雑魚じゃねぇし、俺達が足止めした野郎共になると……そうだな、トゥルならギリギリで勝てるってとこだろ」
「そうか」
私が戦った時、聖騎士団は団長こそ強かったものの、その他は当時の私に一方的に討たれる程度だった。しかし、今では末端の聖騎士ですらゼルズラの戦士に匹敵し、強い聖騎士に至っては我々の中でも最上位の魔人に匹敵するようだ。
魔人はそれだけで強者だが、魔人に匹敵する戦士はいくらでもいる。だが、ゼルズラの魔人、それもトゥル以上となるとヒト種において相当の上澄みだ。
比較対象にされたトゥルは不安げに眉を八の字にする。彼女とほぼ互角ということは、まだ幼いロクムでは話にならない強さということ。そんな人物が聖騎士団に最低でも二人いるとは……厄介だな。
「ただなぁ……ボス、一つ言っとくことがあるんだ」
「何だ?」
「聖騎士団ってのも一枚岩じゃねぇらしい。少なくとも、全員が狂信者って訳でもねぇらしいぞ」
「……詳しく聞かせてくれ」
リナルドとレオは二対二の状況で、お互いに一人ずつを釘付けにしたらしい。二人は仲が悪いわけではないし、むしろ関係は良好だ。
だが、森の中ではお互いの武器が干渉し合う可能性がある。そこで強引にでも距離を開けたのである。
「それでも俺達は耳が良いからな。お互いが苦戦してることはわかってた」
一対一の戦いは武器の差もあって二人共苦戦を強いられたらしい。二人共が樹木のせいで槍と大剣を自在に振るうことが出来なかったからだ。
仮に平地であっても楽に勝てる相手ではなかったこともあり、徐々に追い詰められていったらしい。その後、状況は悪化することになる。聖騎士の背後から置いていかれた者達が追い付いてきたのだ。
「ただでさえ不利な状況で、お相手には増援。ここで死ぬと覚悟したわな」
「だが、生きている。何故だ?」
「俺と戦ってた伊達男が言ったんだ。一騎討ちに手を出すな、ってな」
囲んで叩けば良いものを、その聖騎士は一対一での戦いにこだわったらしい。リナルドにとっては複雑だったらしい。侮られていると感じると同時にごく細いが勝ち筋が見えたからだ。
ただし、そう上手くはいかなかった。一騎討ちを再開した直後に背後から数人に襲われたのだ。前後からの攻撃を捌き切るのは不可能だったらしく、背後から襲った者達は返り討ちにしたものの、伊達男に腕を切断されてしまったようだ。
「連中、バッサリ行かれてバランスを崩したところに霊術までブッ放して来やがった。そんで地面を舐めることになったんだ。まぁ、死んだと思ったね」
「その状況で生き延びたのは守護者達のお陰か?」
「いんや、守護者達が助けてくれたのはそのちょっと後さ。連中の追撃から俺を守ってくれたのは……聖騎士の伊達男なんだよ」
「……何?」
「どういうこと?」
聖騎士によるトドメの一撃から聖騎士が魔人を守った。にわかには信じられない話を聞いた私とトゥルは唖然としてしまう。その顔が面白かったのか、リナルドはクツクツと喉を鳴らすようにして笑っていた。
ただ、笑ったことが傷口に響いたのかすぐに悶絶している。寄り添うトゥルに怒られたものの、痛みが収まってから再び口を開いた。
「『それでも正義を背負う聖騎士か!』っつってブチギレてよ。聖騎士共と口論し始めやがったんだ。そしたら、どうなったと思う?」
「さあな。予想も付かん」
「後から来た連中が襲い掛かったのさ。背信者がどうのこうのってな」
リナルドを助けたのは聖騎士にとって許せない行為だったということ……だと、私は解釈していた。だが、続くリナルドの言葉にこれが単なる狂信者の暴走ではないことを知ることになる。
「どうやらあの伊達男は結構な地位にいるらしくてよ、俺にブッ殺されたことにして出世しようってのが本音だったっぽいぜ」
「味方を殺してでも、地位を求める。それが『正義の神』の信徒だとは……」
「とんでもない話ね」
ただ、人数で勝っていても自力が違ったらしい。多数の聖騎士を一人で全て斬り伏せてしまったようだ。
しかしながら、流石に無傷とは行かなかったらしい。それなりの深手を負ったらしく、そのまま傷口を押さえて撤退していったようだ。
「大怪我のせいで俺に構っている余裕がなくなったんだろうな。その後、守護者に助けられて……気付いたらココだよ」
「そんなことがあったとはな」
「なぁ、ボス。聖騎士団にも付け入る隙はあるぜ」
ニヤリと片方の口角を上げるリナルドに私は頷きを返す。狂信によって統率が取れていると思っていたが、実はそうでもないらしい。私は敵対する『正義教会』の闇、その一端を垣間見た気がした。
次回は12月18日に投稿予定です。




