砦の攻防戦 その二
私がよじ登った東側の外壁の上には何人もの侵略軍の兵士がいた。その出で立ちはかなり変わっている。少なくとも私が見たヒト種の兵士とは一線を画す奇妙な装備であった。
黒一色の鎧は全体的に丸み帯びており、背中には防衛兵器よりも更に小さな筒状兵器が背負われている。兜も同じく丸みを帯びていて、装飾の類いは全くない。目の部分だけが赤くて透明な板が嵌め込まれ、口の部分に平たい円柱が着いた仮面を被っていた。
侵略軍の兵士は私を見て理解不能な言葉で喚き散らしながら、何も持っていない手を振るう。すると鎧の前腕の部分からスライドするように一本の細い剣が現れる。鎧そのものが防具でありながら武器としても使えるようだ。
「■■■■■!」
近くにいた兵士は両腕に展開した剣で私を斬りつけた。刃は霊力の輝きを帯びていて、複雑な霊術回路が刻まれている。きっと並みの甲冑なら斬り裂けるのだろう。
その刃を私は両手で掴みとる。そして握力で刃を圧し折った。私にとって現在の両腕は蠍の時の大きな鋏と同じ部位だ。その握力は我ながらとても強い。強化された剣だろうが、この程度なら簡単に折ることが可能だった。
剣を折られて愕然としている兵士の顔面を、私は外骨格に包まれた拳で思い切り殴る。仮面はグシャグシャに歪み、透明な板は砕け散り……兵士の首は千切れて飛んでいった。即死した兵士は頭があった場所から噴水のように血を吹き上げながらその場で崩れ落ちた。
……首が千切れるとは思わなかった。しっかり力は入れたが、精々兜が砕けるくらいだと思っていたから驚いている。これは私が強いのではない。こいつらの身体が脆いのだ。
正確に言うと、ここにいる兵士は闘気も霊力もまともに使えないのだ。肉体の力である闘気と魂の力である霊力は生物である限り必ず持っているもの。実際、侵略軍の兵士も両方とも持っている。
しかし、その力はあまりにも弱い。私は闘技場で無数のヒト種を見ている。その中には幼体もいたが、それよりも劣っている。闘気や霊力の強さに差はあれど、ここまで弱い成体のヒト種を見るのは初めてだった。
最低限の訓練を積んでいれば、闘気による強化によって首が千切れることはないだろう。兜ごと頭が潰れて死ぬかもしれないが、ここまで酷いことにはならないはずだ。
こんなに脆い連中を相手に苦戦しているのだろうか?そう疑問に思っていると、他の兵士達は剣を抜かずに背中の筒状武器を構える。そして私に向かって連射し始めたのだ。
威力は外壁に設置されていたものよりも低いので、私の外骨格を貫くことは出来ない。しかしあらゆる方向から射たれると鬱陶しいし、関節に当たると流石に穴が空きそうだ。
「■■■!」
多くの兵士が礫を射っている間に、数人の兵士が大きな筒を肩に担いで私に向ける。あれは大型の筒状兵器の親戚か何かだろう。兵士が担ぐために小型化しているので威力は落ちていそうだが……その分発射されるまでの時間と放たれた炎弾が飛翔する速度は段違いだった。
狭い外壁の上の通路では回避は難しい。外壁の内側に飛び込む手もあるが、下がどうなっているのかは不明だ。私は全力で外骨格を強化して防御を固めた。
「ごががっ……」
爆発した炎弾の熱は大した温度ではない。しかし、爆発による衝撃波は直撃するとかなり強かった。強化している外骨格がギシギシと軋み、その内側の筋肉にまで響く。防御していなければ大怪我をしていたかもしれない。
鉄の礫をばら蒔きながらこの爆発する炎弾を撃てば、近付かれる前に連合軍を虐殺出来るだろう。こんな威力の兵器を野戦や攻城戦でも使えるのなら、連合軍がどれだけ多かったとしても苦戦は必至だ。現在の苦境も頷けるというものである。
あの筒状兵器がどれだけの数があるのかは知らないが、ここにあるだけであるはずがない。主力は爆発を切り抜けて乗り込んだとしても、この兵器が待つ中に突入しなければならないのか。何人死ぬことになるのだろうか?
「■■■!?」
「■■■■■!」
爆発する炎弾が直撃しても私が生きていたことがよほど意外だったのか、兵士達は狼狽えている。奇妙な武器と防具を使っていても、中身は他のヒト種と大差ないようだ。
兵士達は私に向かって鉄の礫を撃ちながら、再び筒状兵器を構える。死にはしないが痛かったので、次を撃たせる訳にはいかない。私は両方の掌を開きながら兵士に向かって突撃した。
「ぎげ!」
鉄の礫の雨の中を直進した私は、両手で兵士の頭を鷲掴みにしてそのまま握り潰す。手の中で兜ごと頭が潰れた兵士の身体を投げる。それが当たって倒れた別の兵士の頭を踏み潰し、それを蹴り飛ばしてまた別の兵士を薙ぎ倒す。うん、ヒト種の身体での戦い方が少しずつわかってきたぞ。
ちょうど身体の動かし方がわかってきたタイミングで、準備が終わった炎弾が放たれた。私は近くにいた兵士の腕を掴むと、炎弾に向かって投げる。空中で炎弾とぶつかった兵士は、空中で血煙となって弾けた。
バラバラになった鎧の破片が私の外骨格を叩き、血煙と臓物の生臭い臭いが鼻孔を擽る。蠍だった時なら血の臭いで食欲が湧いたものだが、ヒト種と混ざってからはそうでもない。本能的に生肉を食べられるのはわかるのだが、あまり魅力を感じないのだ。
それよりもミカが用意してくれる普通の料理の方が遥かに良い。味というものは良くわからないが、調理して食べた方が満足感が大きくなっている気がする。そんなことを考えていると腹が減ってきたな。
「がっ、あっちは確か……」
外壁の上で私が戦い続けていると、主力とは逆の方向から爆発の音が聞こえてきた。あの方向は間違いなく別動隊が向かった場所……バレてやられたのか。となると主力は炎弾の中を自力で入り口を抉じ開ける必要がある。これは負け戦かな?
私がそう思っていると、頭の中に声が聞こえてくる。これは念話だろう。その声の主は他でもない、私を使役するオルヴォであった。
『おーい、聞こえてる?何だか負けそうだから外壁に登ってる君が何とかしろってさ。南側の外壁を掃除しちゃって。そうしたら主力が雪崩れ込むからさ』
……私に断る権利はないのでやるしかない。適当に暴れていた私は東側の外壁から兵士を殺しつつ南側の外壁に向かって進む。すると周囲の兵士を一掃した途端に南東の頂点にある塔から一際強い鉄の礫が放たれた。
味方を巻き込むことがなくなったからこその判断だろう。うぐぐ、距離が近くなると打撃力も増すな。前に進むのも一苦労だ。
しかし狭い外壁に逃げ場はないし、そもそも逃げる訳にもいかない。私は尻尾で兵士の死体を貫いて持ち上げると、それを盾にしながら姿勢を低くして駆けだした。
味方の死体を壊すことを避けるかと思ったが、塔の上にいる者達は容赦なかった。肉の盾ごと筒状兵器を連射する。兵士の鎧は弱くないものの、闘気で強化している私の外骨格には遠く及ばない。鉄の礫によって一瞬で挽き肉にされてしまった。
死体が盾にならないのなら、生きた兵士を使えば良い。私は後ろを振り向いて後退しつつある兵士に接近すると、両手と尻尾で三人を捕まえて、それらを盾にしながら前進した。
何かを叫んでいる兵士だったが、驚いたことに塔の上にいる者は生きていても容赦なく撃ってくる。私が捕まえていた兵士は、悲鳴を上げながらやはり肉塊になってしまった。
こうなれば霊力をケチらずに盾を作った方が確実だし手っ取り早い。もう少し身体の性能と使い方を学びたかったのだが、危険を犯してまで無茶をするほどの理由ではないのだ。
私は砂の壁を作り出し、自分の前に浮かべる。砂の壁は攻撃を弾くことは出来ないが、勢いを奪うことが可能だ。鉄の礫は砂の中に埋まり、私の身体にまで届くことはなくなった。
私は一直線に壁をよじ登り、塔の上に着地する。それと同時に兵士が手持ちの筒状兵器で攻撃してきた。それは読めていたので、出会い頭に放たれた砂の壁で礫を全て受け止める。その後、砂の壁を勢い良く弾けさせた。
壁の中には受け止めていた鉄の礫が何百個も残っている。弾けることで砂だけでなく、鉄の礫も飛び散った。礫が飛ぶ速度は筒状兵器を使った時に匹敵する。礫は兵士達の鎧を貫き、その多くを仕留めてみせた。
「ぐぎが、がげごぐげが」
私はオルヴォの指示通り、南側の外壁を制圧するべく塔の上から飛び降りる。先ほどと同じように兵士に襲い掛かった私だったが、これまでにない鋭い殺気を感じとった。
蠍の時と同じように身体が反射的に動き、何かを考える前に私はその場で伏せる。するとそれまで頭があった場所を高熱の閃光が通りすぎた。
「■■■■■」
「がぎぐごじががが」
私を狙ったのは黒い鎧の兵士に一人だけ交ざっている白い鎧の兵士だった。そいつの鎧は色だけでなく、形状も他とは少し異なっている。と言うのも右腕の部分が手ではなく、細かい刃が鎖のように連なる変わった剣になっているのだ。
また左腕は普通の手であるが、握っているのは兵士達が使っているモノよりも一回り大きくて長い筒状兵器だった。その先端には短剣が装着されていて、槍として使うことも出来そうだ。
こいつは強い。それは武器と防具の性能が優れているという話ではない。他の兵士と違って一流と言っても良い闘気と霊力を保有しているのだ。油断することなど出来る相手ではなかった。
白い鎧の兵士が左手の筒状兵器を私に向けると、再び眩い閃光が放たれる。あれは連合軍の強力な霊術を迎撃した閃光だと察した私は、更に身を低くしてこれを回避しつつ前へと走った。閃光を外した白い鎧の兵士は、左手の武器を放り投げなげてから私に向かって右腕を振り下ろした。
懐に潜り込んだ私はもう左腕で妙な剣を防ぐ。剣には何かの仕掛けがあるようで、鎖のような剣の刃が高速で回転していた。外骨格と刃が擦れ合ってガリガリと火花を散らす。斬られることはないにしろ、何ともおっかない武器であった。
「■■■!」
「ぎげげぎぐご」
派手な右腕の剣に隠すように、白い鎧の兵士は左腕の鎧からスライドさせた剣で私の脇腹を狙っていた。事前に気付いていた私は尻尾によってその刃を弾く。それと同時に右手を固く握り締めると、お返しとばかりに脇腹を殴り付けた。
拳によって鎧が歪んだものの、兵士は直前に後ろへ跳んだので大したダメージにはなっていないだろう。再び距離が離れた私達だったが、一連の攻防で互いに互いを強敵だと認めていた。
迂闊に攻めるべきではないとわかっているのだが、私にはこの壁の上を制圧するという命令が下っている。それ故に悠長に睨み合う暇などない。私は雄叫びを上げながら、真っ直ぐに突撃するのだった。




