敵襲
「こ、ここは?」
「森の中、か?」
レオ達を包み込んだ光が消えた時、彼らは背の高い木々に囲まれた広場にいた。この場所がどこかは誰にもわからない。だが、強制的にこの場所へ転移させられたことは全員が理解していた。
馬に乗っていたザルドとソフィーは即座に下馬する。空間転移などという希少な使い手、それも自分達全員をまとめて移動させるような敵が自分達を狙っているのだ。元々は歩兵である二人が地面に足をつけておきたいと思うのも当然であった。
「ザルドさん!」
「ああ。人はいないようだが……油断するな」
転移された瞬間に袋叩きにされることをレオは想定していたのだが、意外にも周囲に人の気配も体臭もしなかった。魔人の鋭敏な感覚を闘気で強化した上で何も感じられないのである。
だからといって安心出来るはずもない。むしろ何もないという状況が不気味としか言いようがなかった。
「ここはどこでしょう?」
「人の声は微かに聞こえるが、相当に遠い……っ!警戒しろ!」
現在地について少しでも情報を集めようと慎重に周辺を観察しようとしたのも束の間、リーゼロッテの乗る馬車の真下に輝く幾何学的模様が現れる。慌ててレオ達が動く前に、彼女が乗る馬車は勢い良く横転した。
その原因は幾何学的模様から現れた集団である。下からせり上がってくるように現れた複数の荷馬車によって、馬車は下から引っくり返されたのだ。
「何者……って、父ちゃん!?」
「レオ!?」
レオは剣の切っ先を馬車を引っくり返した荷馬車に向ける。だが、すぐに御者台から転がり落ちて来たのが父親であるティガルであることに気が付いた。
驚きながらもレオは現れた荷馬車をざっと見回す。ティガルがいたことからも察していたが、ここに転移させられたのはゼルズラからやって来た一団だったのだ。
「父ちゃん、どうしてここに?」
「わかんねぇ。妙な野郎共に囲まれたと思ったらピカッと光って気付けばここだ」
「こちらと同じか」
レオは敬愛する父に事情を尋ねるが、彼らの身にもレオ達とほぼ同じことが起きたらしい。だが、この転移を行ったのは何者なのかなど、知りたい情報についても同じく知らなかったようだ。
ティガル以外の者達も驚いてはいるようだが、既に非常時だと油断せずに武器を抜いている。彼らにとっては嬉しくないことだろうが、彼らは非常事態に慣れきっているのだ。
「ティガル、一応聞いておく。ここがどこだか見当は付くか?」
「おう。ここは多分……」
「父ちゃん!」
全員で周囲を警戒していると、広場から少し離れた場所が光ったのである。やはり転移して来たようだが、その数は明らかに多い。百を超える気配がティガル達を取り囲むように動き始めたのである。
自分達を包囲して殺すつもりであることは明らかだ。ティガルは剣尖で森の奥を指しながら大声を張り上げた。
「奥へ逃げろ!積荷は捨てる!非戦闘員とお嬢の馬車だけは何としても守れ!」
「「「おう!」」」
「リナルドとユリウスは先導しろ!最後尾は俺だ!」
「任せろ!」
「はい!」
わざわざ囲まれるのを待つほどティガルは愚かではなかった。彼は即座に撤退するように指示を出す。それに応えるべく、一行はすぐさま行動を開始した。
ある意味、この時に最も慌てていたのは襲撃者達だったことだろう。レオ達とティガル達を同じ場所に連れてきたという時点で、彼らの目的は彼らの抹殺であるはず。転移という奥の手まで使ったのにまんまと逃げられれば全ての作戦が水泡に帰すのだから。
「ヒヒィン!?」
「ちっ!そこか!」
「ぐあぁ!?」
横転した馬車を立たせたレオだったが、逃げられることを嫌ったのか森の奥から霊術が放たれる。風の刃は馬車を曳く馬に致命傷を負わせると共に、馬車の一部を破損させた。
思わず舌打ちをしたレオだったが、彼は左手の人差し指を霊術が飛んできた方向へ向けると霊術を放つ。熱を自在に操る彼の指から放たれたのは一条の光線だった。熱量を凝縮した光線は霊術を放った者に直撃したらしく、森の奥では絶叫が木霊していた。
こうなったら馬車から二人を降ろさなければならない。そう考えたレオだったが、馬車の内部を見て顔を顰める。何故なら、馬車の内部ではリーゼロッテもヒルダも気絶していたからだ。
ヒルダがリーゼロッテを抱きしめていることから、横転した際に庇ったのだろう。だが、その時に頭を打ったようでヒルダの頭からは出血していた。リーゼロッテも外傷こそないものの、同じく気絶している。二人を連れて行くには誰かが抱える必要があった。
「子供達も入れろ!俺達が押す!」
「護衛は任せるぞ!」
「わかった!」
ただし、ここにいる大半が魔人であることを忘れてはならない。彼らは普通の牛馬などよりもずっと馬力がある。つまり、魔人ならば馬車を押すことなど容易なのだ。
同時に馬車があれば非戦闘員も乗せることが可能である。レオは馬車の扉を開けると、その中へと非戦闘員を急いで乗せた。
「兄さん、私達も!」
「まだ早い!相手の実力もわからないんだぞ!急いで乗るんだ!」
非戦闘員の中にはレオの妹と弟も含まれている。二人とも戦列に加わりたいようだったが、レオはその望み切って捨てた。未知数の相手と戦わせるには二人はまだ未熟に過ぎたのである。
いまだかつて優しい兄にここまで強い口調で禁じられたことなど二人はない。あまりの衝撃から反論することすら出来ずに馬車へ放り込まれた。
可能な限り急いだものの、樹木の間から敵が飛び出して来たのは彼らが動き出した直後のこと。森の中だというのに誰も彼も頑丈そうな金属鎧を身にまとっていた。
本来、彼らほど重装の金属鎧は森林などでの運用に適さない。森林は足場が悪い上に、重量のせいで身軽に動けなくなるからだ。
ただし、今回に関しては事情が異なる。襲撃者は罠によってレオ達を一ヶ所に集めた後、転移によってやって来た。つまり、森林内での移動を行う必要がなく、短時間での戦闘だけを考慮しての重装備だったのだ。
「こいつら!聖騎士だ!」
「聖騎士ぃ!?」
鎧に刻まれた特徴的な模様を見て、誰かが敵の正体を看破した。その模様は『正義の神』の聖印。つまり、彼らはその走狗であるマリウス聖騎士団の聖騎士ということになるのだ。
これがどこかの国の国章であったのなら、なりすましの可能性もある。だが、鎧に刻まれているのは神の聖印なのだ。これを偽造すれば神罰が下る。すなわち、彼らは本物の聖騎士ということなのだ。
「チィッ!コイツら!」
「雑魚じゃねぇぞ!」
聖騎士について、魔人達はアンタレスから話は聞いている。他の聖騎士を盾にする、という卑劣な策を弄してようやく無理矢理相討ちに持っていったほど強かったこと。そして……他の騎士はそこまで強くはなかったということを。
だが、ティガル達を襲った聖騎士達は決して容易く返り討ちに出来る相手ではない。一人一人はゼルズラの戦士に一歩及ばないのは間違いないものの、連携が取れていることもあって二対一では苦戦を強いられるのだ。
「オラァ!どきやがれぇ!」
ただし、魔人の中でも手練を足止めするには二人程度では不可能である。リナルドの鬼気迫る槍捌きによって包囲は崩され、一行は突破口を作り出した。
リナルドが開けた穴を周囲の魔人達が強引にでも拡げていく。そうして馬車を包囲から脱出させた直後、後方にいるティガルの咆哮が轟いた。
「早く行け!俺が足止めしてやる!」
全身と得物である大剣から紫電を放ちながら、聖騎士達を薙ぎ払って行く。奮戦するティガルを残して一行は森の奥へと逃走していくのだった。
次回は12月2日に投稿予定です。




