傷付いたレオ達
ゼルズラの門まで駆けた私の複眼が捉えたのは、シャルによって介抱されるレオと彼に泣きながら縋り付く彼の妹達だった。何があったのか、聞きたいところだが、今はそれどころではない。魔人がいくら頑丈だと言っても、あの出血量では死んでしまうからだ。
私が何か言う前にジョナサンとナイアが飛び出して治療を開始する。シャルもまたナイアから治癒術を学んでいるものの、専門家の手際には敵わない。戦場上がりということもあって応急処置であればシャルの方が速いのだが、ナイアであれば傷痕をほとんど残さずに治せるのだ。
その補助になるのがジョナサンの薬である。彼は診療所から持って来た薬箱から薬品を取り出し、出血によって顔色の悪くなったレオの傷口に振りかけた。二人は短い言葉だけで素早くやり取りし、近くにいた魔人達に診療所へ運ぶように指示していた。
後はレオ次第だろう。何、あのティガルの息子なのだ。きっと完治する。私は自分にそう言い聞かせてから、レオが乗っていたのであろう傷だらけでボロボロになった馬のいない馬車に向き直った。
「話を聞かせてもらってもいいか、ボタン」
「気づいておったか」
私が声を掛けるのを待っていたのか、虚空から現れたのは妖狐族のボタンである。彼女がここにいる理由は言うまでもない。まず間違いなくこのボロボロの馬車を運んでくれたのだ。
本来は御者が乗っている御者台は鈍器を叩き付けられたのか大きく損傷しているし、馬を繋ぐ金具に至っては壊されているだけでなく血液が付着している。きっと繋がれていた馬は殺されてしまったのだろう。
こんな状態でどうやってゼルズラまで来たのか。そう考えると自然と候補は限られる。考えられる方法の一つがボタンだったのだ。
「その前に……仲間達が世話になった。感謝させて欲しい」
「気にするでない。森にまでたどり着けたのはさっきの坊達の手腕よ」
「それでも、運ぶんでくれたのは善意だろう?感謝しない理由にならない。本当にありがとう」
私は深く、深く頭を下げてボタンに礼を言う。ボタンは礼を受け取ってくれたようだが、同時に照れてもいるらしい。ぶっきらぼうな言い方で頭を上げろと言っているが、若干ながら声のトーンが普段と異なっているのだ。
「それで、何があったんだ?」
「さてな。妾が知っておるのは大怪我をした者達とあの馬車が森に入って来たことと、そこで力尽きた者達をここまで運んだことよ」
つまり、彼らの身に何が起きたのかは知らないと……いや、待て。今、何と言った?私は声が震えることを抑えられないまま、ボタンに尋ねた。
「大怪我した者達、とは?」
「そのままの意味よ。怪我人はあの坊だけではない。何人も死にかけておったわ」
……言い間違いであって欲しかった部分は全く間違っていなかったらしい。レオの他にも大勢の負傷者、それも生命に関わるレベルで傷付いた者達がいる。私は愕然とせずにはいられなかった。
ただ、ボタンは案ずるなと続ける。一瞬、カッと頭に血が上りかけたものの、私はすんでのところで我慢してから大きく深呼吸をして彼女の言葉に耳を傾けた。
「他の者達は森の隠れ里で治療しておる。生命を取り留めることだけは保証しよう。まあ、戦士として復帰出来そうにない者もおるが……」
「それでも、生きてくれた方がずっと良い」
どうやら戦場に二度と戻れないような怪我を負った者もいるらしい。ボタンの言い方からして、指が斬られた程度ではないのだろう。腕や脚を失った者もいるに違いない。
ただ、私にとって彼らが戦士として死ぬよりも、這ってでも生きて欲しいと願ってしまう。共にドン底から這い上がって居場所を共に作り上げたのだ。生きて平穏な暮らしを共に送りたいと思って当然であろう。
「戦士の頭領であった男子の言葉とは思えんの。その方が安心してカタバミらを預けられるが」
「そうだ、カタバミ達はいないのか?」
こう言う騒ぎが起きたら真っ先に飛んでくるのがカタバミだろう。その点を指摘すると、ボタンは既に一度来たと返した。
「今頃は家で看病しておるのではないか?」
「看病?」
「気付かなんだか?妾が運んだのはあの坊だけではない」
「……まさか」
私は改めてボロボロになった馬車を見返す。どうして今まで気付かなかったのだろうか。この馬車は荷馬車の荷台ではなく、座席のみの貴人が用いるモノだということに。
そしてレオと共にいた貴人となれば答えはたった一つである。私はサッと血の気が引く感覚を覚えずにはいられなかった。
「妾はもう帰るでな。お主はさっさと行くが良い」
「わかった。何から何まで、恩に着る」
私の再びの礼に応えるでもなく、ボタンはその姿を消した。私もまた、急いで自宅へと向かう。すると、我が家には私の想像通りの人物がやって来ていた。
「……いらっしゃい、と言うべきか?」
「今はどんな冗談でも笑える気分じゃないんだよ、アンタレス」
そう言って私を見上げるのは、意気消沈した様子のヒルダであった。クリスの師匠でもある彼女だが、目立った傷こそないものの、髪はボサボサで顔色も悪い。充血した目の下には濃いクマがあるし頬も痩けていた。
肉体疲労と心労によって窶れているのだ。いつも明るい彼女がこの有様とは……一体、彼女らの身に何が起きたというのだろう?
「悪かった。ここでゆっくりと休むと良い」
「……聞かないのかい?何があったのかって」
「聞きたくないと言えば嘘になるがな、疲れ切っているお前から聞くのは酷だろう」
「そうそう。全然寝てないんじゃない?一眠りしてスッキリさせちゃいなって」
事情を聞いておきたいのは山々だが、今のヒルダに必要なのは休息である。それはカタバミも同意見だったようだが、彼女はそれは出来ないと首を横に振った。
「お嬢様がお目覚めになるまでは寝ちゃいられないね。心細い思いはさせらんないよ」
ヒルダが寝ようとしない理由。それは今、客人用のベッドに横たわっているリーゼロッテのためだった。家に入った時から気付いていたが、やはり彼女もいたようだ。
リーゼロッテに外傷はないようだが、全く目を覚ます様子がない。相当に疲れているようだ。あのレオが死にかけるような事態が起きたのだから無理もない話である。
ただ、それに巻き込まれたヒルダもまた、疲れ切っているはず。どうにかして説得して休ませよう……と思った時、カタバミがいきなり霊術を使った。
「な……にを……」
「眠らせたのか?」
「うん。このままじゃ、先に身体を壊しちゃうもん」
説得は無理だと早々に諦めたカタバミは躊躇なく強硬手段に出たらしい。彼女は霊術によってヒルダを眠らせたのである。
ただ、どうにかして眠らせようとしていた私にとって都合が良いのも事実。起きてから謝罪することになるだろうが、これもヒルダ自身のため。私とカタバミは彼女を別の寝床に運び、二人が目を覚ますまで待つのだった。
次回は11月24日に投稿予定です。




