ゼルズラで暮らす神官達
神官と神殿騎士などの神殿関係者を連れてのゼルズラ帰還は、これまでで最も楽だったと言っても過言ではなかった。その理由はただ一つ。神殿関係者のお陰であった。
彼らは自らが仕える神々へ狂信的な信仰を捧げてはいるものの、他の神々への敬意も忘れてはいない。信徒同士で揉めることは滅多になく、むしろ常に協力的であった。
また、各地の街でも彼らの存在は助かった。正式な神殿関係者というだけで、どの街でも社会的信用を得られたからだ。所詮は人でしかない王よりも、超越者たる神々の方が権威として圧倒的に上なのである。
加えて盗みを働こうとする者が一人も現れなかったのは驚きだ。どうやら盗人達は神殿関係者から盗むということを、仕える神々から奪うことを同義だと思っている節があるらしい。神罰を恐れるくらいなら悪事を働かない方が良いと思うのだが……それ以外に生きていく手段を知らないのなら憐れな話である。
なお、ローガンに見せたブローチはジョナサンと共に持ち主に返しに行った。私は返却後に感謝の言葉を述べただけなのだが、弟弟子であるジョナサンは出発する直前まで夜通し話し込んでいたらしい。研究熱心なことだ。
最も意外だったのは山脈越えで揉めることが全くなかったことだろうか。ヒト種ばかりだからかボタンが姿を見せることこそなかったものの、他の神々の信徒だからと区別せずに森の南側へと送ってくれた。
ただ、空間を歪めてのショートカットに神殿関係者達はとても感動していた。私達からすると当たり前のことになりつつあるが、これは神の御業そのものであなのだ。
敬虔な信徒であっても、仕える神々の御業に触れられる経験はそうそうない。信心深いからこそ、神の御業への感激はひとしおなのだろう。彼らの喜ぶ姿を見て、私も改めて『山の神』様と『森の神』様に感謝を捧げた。
行きの数倍の人数を引き連れての帰還ということもあって、山脈越えと続く砂漠越えには普段よりも時間がかかった。しかしながら、これも過酷と言うほどではない。神殿関係者には闘気と霊術を使える者が何人もいたからだ。
クリスと同じく水の霊術が使える者が何人もいたので水に困ることもない。彼らの日頃の行いが良かったから……ではなく、ジョナサンが用意した獣避けのおかげで野生生物に襲撃されることもなかった。
ただし、魔人の嗅覚にとって辛い臭いだったことも間違いない。魔人がいる集団で臭いによる獣避けは辛すぎる。ジョナサンに何とかならないものか聞いてみるとしよう。
「……思ったよりも一瞬で馴染んだな」
「そう?こんなものだと思うけれど」
そうしてゼルズラへとたどり着いた神殿関係者だったが、彼らは私達が何かしらフォローする入れる必要すらなく街に馴染んでいる。もっと時間がかかると思っていた私は驚きを禁じ得なかった。
だが、クリスにとっては不思議でも何でもないらしい。その理由を腕の中にいるサルガスをあやしながら教えてくれた。
「生活と信仰は切っても切れないでしょ?私も含めてみんな神様に祈ってるじゃない」
「そう……だな、確かに」
クリスの言う通り、ゼルズラの住民は度々神々に祈っている。それはこの世界の人々にとっては当たり前のこと。むしろ自分が世話になっている神々以外には滅多に祈らない私のような者の方が少数派なのだ。
それは魔人であっても同じ。今はまだ空き家を神殿扱いしているだけだが、私を含めて多くの者達が改装に協力している。すぐに立派な神殿が建立することになるのは確実だった。
「神官は勤勉だし、神殿騎士はみんなにとって良い刺激になってるわ」
「ああ、私も助かっている」
住民の精神面だけでなく、神殿関係者は日々の労働にも精を出してくれている。神官達は農業や子供達の教師として世話をしてくれるし、神殿騎士も漁業や鍛錬に参加してくれていた。
私個人としては神殿騎士が持ち込んだ彼らの武芸の技に興味がある。私のような双剣使いはいないものの、参考になりそうな動きはいくつもあった。彼らのお陰で我々の鍛錬が一層有意義なものになっている。
それは神殿騎士達も同じこと。魔人である我々のことを身体能力にモノを言わせるだけで武芸の技術に関しては素人同然だと考えていた者もいたようだ。
実際には戦場を生き抜くために磨き上げられた技術を叩き込まれた戦闘集団である。むしろ身体能力を抜きにしても武芸の腕前では我々の方が上なのだ。
この事実が彼らにとって良い刺激になったらしい。特にムガ殿を含めた『闘争の神』様に仕える修験者達は嬉々として私達と鍛錬において切磋琢磨している。腕を上げた後、王都に一時的に帰還して他の修験者達にも良い修行場だと宣伝するつもりのようだ。
「ただなぁ……あれを見ると何とも言えない気持ちになるんだ」
「それは……まあ、うん。仕方ないんじゃない?」
私の視線の先にいるのは、困った表情で浮かんでいるクラリスと彼女を拝む神官達である。拝んでいるのは水や植物に関連する神に仕える神官だけではない。あらゆる神官達がそれぞれの作法で祈りを捧げていた。
私達はクラリスが大泉樹から産まれた瞬間に立ち会った。彼女が神秘的な存在であることは重々承知している。だが、それ以上に彼女はゼルズラの仲間だという意識が強かった。
クラリスは外見こそ変わっていないが、精神面は急速に成長している。それ故に何故彼らが祈っているのか、そして自分が祈られるに足る存在だと理解していた。
優しいクラリスは居心地が悪いものの、拒絶して彼らを悲しませるのも気が引けると言う。私達も本人があまり祈られることに慣れていないとやんわり伝えたものの、その謙虚さに感心して余計に崇める始末。ほぼお手上げ状態であった。
「……いつでも家に逃げて良いと伝えておこう」
「それが良いわね」
神殿関係者全員との関係が良好な現状、その関係に私がヒビを入れる訳にはいかない。私に出来ることは、我が家というプライベートな空間を避難所として提供することくらいであった。
ただし、それを伝えるのは後だ。クリスがサルガスを抱えているのと同じく、私も大きな荷物を持って街中を歩いているのだから。そんな私達の目的地はゼルズラ唯一の診療所であった。
「ジョナサン、ナイア。持って来たぞ」
「いっ、いらっしゃい」
「ああ!助かります!」
診療所にいるのは怪我人を治療するナイアと、植物をすり鉢で潰すジョナサンである。私は知らされていなかったが、二人はゼルズラへ来るのを機に晴れて夫婦となったらしい。
私としては治癒術士と薬師が一人ずつ来てくれて大変ありがたい。ゼルズラにもシャルを始めとして治癒術を使える者はいる。だが、ナイアのように専門的な知識を蓄える者はいなかった。
ちょうど今は外しているようだが、診療所の手伝い兼ナイアの弟子となっている者も多い。マギーから一人前だと太鼓判を押されたのは出立直前というのだから、独り立ちした直後に複数の……それも歳上を含めた弟子を抱えることになってナイアは慌てふためいていたな。
「どこに置いたら良い?」
「ついてきて下さい」
そんなナイアを支えながらも、ジョナサンは薬師としての仕事と薬草の研究を精力的に行っている。私が運んでいたのは彼が薬草の研究用に用いる肥料であった。
元々、ゼルズラでは生ゴミや牛馬の糞尿などを使った肥料が生産されている。基本的には農業に使っているのだが、研究用にジョナサンも求めたので砂の霊術で固めた器に入れて持って来たのだ。
診療所の外には薬草園があり、早速色々な薬草の栽培を開始している。ただ、こちらは万事順調に進んでいるとは言い難い。というのも砂漠の環境下では植えた薬草がほとんど枯れてしまったからだ。
山脈以北と気候が大きく異なるということもあり、芽が出さえしないことの方が多いらしい。この結果にジョナサンは落胆していなかった。むしろ枯れなかった芽があったことに大喜びしていたくらいである。
どうやら砂漠の環境下に薬草は耐えられるとは最初から考えていなかったらしい。何度も植えて芽が枯れなかった株を育てて交配させ、砂漠の環境に耐えられる種を生み出すところから始めるつもりだったというのだ。
残った芽も恐らくは花を咲かせる前に枯れてしまうだろう、というのがジョナサンの見立てだ。これを一株でも多く枯らさないために必要なのが肥料であるらしい。色々な育て方をして、砂漠の環境下に最適な肥料の量を見極めるのだ。
気の遠くなるような作業が待っているはずだが、日焼けして赤くなったジョナサンの表情は明るい。強いやりがいを感じているようだ。
神殿関係者にせよ、診療所の二人にせよ、彼らが来てくれたことを後悔させないようにしなければなるまい。怪我人が帰った後、ナイアと雑談しているクリスに一言声を掛けてから私は日々の仕事へと向かうのだった。
次回は11月16日に投稿予定です。




