さらば王都よ
「どうして怒られてるのか、わかるわね?」
「うぅ……あい」
私の前でクリスに叱られるシャウラがしゅんとして俯いていた。何故シャウラが叱られているのかと言えば、その理由はもちろん男性二人を昏倒させたからだ。
どうやらシャウラはあの二人が診療所の前に立つ二人に危害を加えると思って飛び出したらしい。友人を助けようとするシャウラの優しさと正義感は称賛に値するのだが……いきなりぶん殴るのはやり過ぎであった。
「一撃でこれかぁ……」
「完全にノビてるぞ……どうしたものか」
「そこの。コイツらを運びな」
「ん?ああ、わかった」
シャウラによって失神させられた男達を私とジョナサンで見下ろしていると、彼らを運ぶように命じたのは診療所前にいた老婆だった。彼女がマギーで、隣の若い女性がナイアだろう。私はマギーに従い、男達を担ぎ上げた。
大の男を軽く持ち上げたのだが、マギーは驚くことはない。クリスから聞いていたが、彼女が戦士だったからだろう。そのくらい出来て当然ということか。
私はマギーに従って診療所へ入る。私達は無言で中を進み、彼女が指差したベッドに二人を横たえた。
「しっ!」
「む」
男達を横たえる時、唐突にマギーは手刀を私に叩き込んで来る。無防備な背後を突いたつもりだろうが、私には真後ろが見えているのだ。私は素早く振り向くと、硬化させていない腕で手刀を受け止めた。
マギーの手刀は鋭く、そして想像以上に重い。パッと見ただけでは細身の老婆であるのに、そうとは思えない重さである。現役の戦士だと言われても納得してしまいそうだった。
「チッ、防ぐか」
「何のつもりか、お聞きしても?」
忌々しげに舌打ちしながらも、マギーは追撃するつもりはないらしい。手刀を開いてだらりと腕を下げた。どうやらもう攻撃するつもりはないらしい。私も防御のために上げた腕を下げた。
「フン。子供の頃から知ってる可愛いクリスを奪ったんだ。ちょっとくらい殴ったって罰は当たらんだろ?」
「そんな理由か……」
鼻を鳴らしながらそんなことを宣うマギーに、私は呆れる他になかった。私の中の謎知識は『娘の婚約者を殴る親父』という関連情報を引っ張ってくる。まあ似たようなモノだろう。
呆れはしたが、クリスが世話になった人物であることは事実。文句を言いたい気持ちをグッと堪えてから私は実務的な話に移った。
「この二人の治療費はいかばかりだろうか?娘が昏倒させたのだが……」
「ああ、そんなことかい。要らないよ。シャウラがやらなきゃ、アタシがやってただろうし」
マギー曰く、この二人はナイアに横恋慕している者達だとか。本人そっちのけで喧嘩になることも多く、マギーが張り倒したのも一度や二度ではないらしい。シャウラは代わりに殴っただけのようだ。
本来であればマギーが殴っていたからこそ、治療費は要らないのだろう。正直、帰還前の買い出しで懐が寒くなっていることもあってホッとしていた。
「クリスは幸せそうだし、シャウラも良い娘に育ってる。背後から襲ってもキッチリ防ぐ腕っ節も考慮して及第点をやろうじゃないか」
「……それはどうも」
何と返事をしたものか分からなかったので、私は無難な言い方をするしかなかった。するとマギーは真剣な表情で私の複眼を見上げながら口を開いた。
「アンタも知ってるだろうけど、あの子の子供の頃は中々に悲惨だった。だからうんと幸せになって欲しいのさ」
「そうか」
「だからね、絶対に泣かせるんじゃないよ?泣かせたら地の果てまで追って張り倒してやるからね」
「それは恐ろしいな。必ず幸せにする」
「フン。そうかい」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、どうやら認めてはくれたらしい。マギーは行くよと言ってさっさと来た廊下を戻って行く。そして二人で診療所の外に出ると……そこではジョナサンがナイアを抱き締めていた。
一体これはどういうことなのか。私が混乱していると、ツカツカと二人に歩み寄ったマギーは鋭い下段蹴りをジョナサンに叩き込んだではないか!
「痛ぇ!?何するんですか!?」
「どうもこうもないさね。天下の往来で乳繰り合ってんじゃないよ、このアホ共」
「ちっ……!?ちっ……!?」
当然のように抗議するジョナサンだったが、マギーは平然と言い返す。あまりにも下品な言葉にナイアは顔を真っ赤にして言葉を失って口をパクパクとさせていた。
ふむ、これは私を手刀で襲ったのと同じ理屈か。可愛い弟子を奪っていくジョナサンを一発叩いて起きたかったのだ。やられる方としては勘弁して欲しいところである。
「ほら、さっさと行きな。待たせてるんだろ?」
「あっ、あの!師匠!いってきます!」
そう言ってマギーはさっさと診療所へ戻って行く。そんな彼女の背中へとナイアは大きな声でそう言った。マギーは返事はせず、振り返りもせず、ただ手をヒラヒラと振ってから診療所へと入っていった。
ナイアは泣くのを堪えていたようだが、グッと上を向いて涙を流さなかった。二人なりに別れの挨拶を終わらせたらしい。後悔なく別れられたのは僥倖だな。
時間も押しているので、私達は足早に仲間達の下へと帰還する。既に出立の準備は完全に終わっているだけでなく、共に砂漠を目指す神殿関係者も揃っていた。
「遅くなったか?」
「いいえ、時間には間に合っていますよ」
ギリギリですけど、と付け加えたのはレオとヒルダを連れたリーゼロッテだった。彼女が見送ってくれるのはいつものことだが、まさかこのタイミングで話し掛けられるとは思わなかった。私達は慌てて臣下の礼をとるべく膝をついた。
「あっという間でしたね。寂しくなります」
「もったいないお言葉です」
これもいつもと変わらないやり取りである。普段通りの儀礼的なやり取りを終わらせてから、後は出発するだけ。私はそう思っていた。
「ああ、そうでした。国王陛下からのご下命です。次の訪問時は私もゼルズラへ赴きますね」
「……何ですと?」
「視察です。ゼルズラの発展具合は色々と聞いています。ですが、私が一度も視察していないのも問題だと陛下にお叱りを受けたのです」
確かにゼルズラは名目上、リーゼロッテの管理下にある。そこへ彼女が行くことは何もおかしくはない。同時に一度も行ったことがないことを責める者がいることも理解出来た。
しかしながら、リーゼロッテの雰囲気が気になる。国王に怒られたと言っているが、全く気にしている様子はない。そもそも、国王が王妃の親友であるリーゼロッテを叱ることなどあるのだろうか?
『お嬢への休暇みたいなモンらしいぜ、アニキ』
『休暇?』
『たまには面倒から離れてゆっくりして来いってさ』
リーゼロッテのゼルズラ行きは視察という名目での休暇ということか。彼女は伯爵家の当主として多忙な毎日を送っている。そこで国王が大義名分を用意してくれたということか。
それは粋な計らいではあるが、リーゼロッテを迎えるための屋敷などを用意しなければなるまい。まあ、時間は半年もあるのだ。その間に整えれば良いだろう。
私と同じく膝を付いているシャウラは何を話しているのかよくわかっていないらしい。後でリーゼロッテがゼルズラに遊びに来るのだと教えてあげよう。きっと喜んでくれるはずだ。
連絡事項はこれで終わりだったのか、そこからは普段通りのやり取りを行ってから私達はゼルズラを目指して出発する。神殿関係者を引き連れての大所帯ということもあって、今までで最も人々の注目を集めての出立であった。
ゼルズラの発展も王国は安泰。この状態がいつまでも続いてくれる……この時の私は漠然とそう思い込んでいた。いや、思おうとしていたのだろう。そんなことは決してないというのに。
次回は11月12日に投稿予定です。




