砦の攻防戦 その一
浅く眠っていた私だったが、近付いてくる足音で目が覚めた。扉が開かれ、またもや檻ごと運ばれていく。運ばれた先は……また馬車の中であった。
馬車での移動は嫌いではないが、こうも連続で乗せられては流石に飽きてしまう。それに今から戦場に運ばれていると考えると憂鬱な気分になる。ああ、死にたくない。
(前後を歩く無数の足音……今は行軍中と言ったところか。どのくらい先に問題の砦があるのかはわからないが、出ろと言われるまでは大人しくしておこう)
こうして進軍していると、足音がまばらになって遂には停止した。どうやら目的地に到着したらしい。私も馬車から降ろされ、檻が地面に置かれて布を剥ぎ取られた。
檻の中で拘束椅子に座ったまま黙っている私を見た兵士達は動揺している。ガチガチに拘束されていることもそうだが、それ以上に私の姿があまりにも衝撃的だったのだろう。
「はーい、出てきてねー」
オルヴォが杖で檻をコツンと叩くと、檻の鍵がカシャンと外れた。それだけでなく、両手と両足を拘束する椅子の枷まで外れている。私の身体は命令に従い、勝手に檻から出ようと動き出した。
立ち上がった私だったが、予想に反して二本の脚で自然と立つことが出来た。きっとヒト種の部分の本能だろう。それにずっと動いていなかったものの、身体が凝り固まっていることもない。うん、戦えるな。
「ぐぎ……?」
ただし、歩く時には少しだけふらついた。それは尻尾のせいである。腰から伸びる太い尻尾は相応に重く、重心がヒト種とは異なるのでバランスを取り難いのだろう。私はすぐに修正し、前に進んだ。
二、三歩で歩くコツを掴んだ私はしっかりした足取りでオルヴォの前に立った。ヤロは背が高めだったので、私はオルヴォを見下ろす形になっている。
だが、実際の力関係は私の方が下だ。私は黙ってオルヴォの命令を待つ。オルヴォはニヤリと笑うと、私の両肩にポンと手を置いてから耳許で囁いた。好きに暴れろ、と。
「僕はああしろこうしろ、何て野暮なことは言わないよ?一人で突っ込んでも君は負けないさ。やれると思ったら一人で砦を制圧しちゃってね。無理っぽかったら破壊工作が終わった時点で帰還しちゃいな」
……随分と緩いな?まあ、任務の内容には沿っているから問題はないのか。死ぬまで戦えとか、砦を奪うまで退くなとか言われていないものな。適当に戦ってさっさと帰れば良い。そう思うと気が楽になった。
私の心境の変化を知ってか知らずか、オルヴォは満足げに笑う。そして着いてきて、と命令してから歩き始める。私はただ黙って従うだけであった。
「やあやあ、指揮官殿。どの辺りから陽動すればよろしいのかな?」
「おお、オルヴォ殿」
私を連れたオルヴォは、あの大部屋にいた者達の一部が集まった天幕に入る。私は天幕の外で止まれと命じられたので、大人しく待ちながら中で交わされる会話に耳を傾けた。
会話によると、砦に対して主力は南から攻め上がる。そこで別動隊は主力の反対側に回り込む予定だった。私はその主力寄り、南東から陽動を仕掛ければ良いらしい。
話が終わったところで、オルヴォは天幕から出ると私を連れて連合軍の陣中を横切って進む。ここから東に向かうからだが……おいおい!わざわざ中央を横切る理由はないだろ?
案の定、中央を進んでいるので自然と兵士達の注目を集めていた。好奇……嫌悪……畏怖……様々な感情の籠った視線が私に向けられている。オルヴォは有象無象の視線など気にせず、ズンズン前に進んでいた。
「この辺でいいでしょ。しばらくしたら開戦のラッパが鳴るから、そのちょっと後に突っ込んでね。死なない程度に頑張ってよ~」
それだけ言い残してオルヴォは空へと舞い上がり、陣中へ戻っていった。一人残された私は今から攻める予定の砦に向かって目を細める。どんな砦なのか観察しておこう。
何の遮蔽物もない、広い草原。その中央にある小高い丘の上に砦はポツンと建っていた。思っていたよりも大きい。あれが急造の建物だなどと言われても俄には信じられないほどだった。
砦の外壁は全て金属製なのか、太陽の光を反射してギラギラと輝いている。全体の形状は四角形で、頂点の部分が一段高い塔になっていた。
外壁の上は通路になっていて、金属製の防衛兵器らしきモノがズラリと並んでいる。大きさは大小様々だが、どれもこれも筒状である。あれからどんな攻撃が放たれるのだろうか?私の外骨格で防げる威力なら良いが、油断は禁物だろう。
ブオオオオオオオオオッ!
私が棒立ちで観察していると、主力の陣中から腹の底に響く重低音が轟いた。すると主力が前進を開始した。最前線はガチガチの甲冑と大きな長方形の盾で防御を固めた重装歩兵が一枚の大きな壁となってゆっくりと進んでいく。
その数は一万ほどだろうか?後続には重装歩兵の半数の五千ほどの霊術士や弓兵、軽装歩兵が距離を取って続いている。これが砦攻めに参加する連合軍の主力だった。あれだけの数がいれば砦を包囲しても良いだろうに。それともそう出来ない理由があるのだろうか?
一万の重装歩兵を崩すのは簡単ではあるまい。私がそう思っていると、砦にある防衛兵器の筒が青白く輝き始めた。すると大きな筒から輝きと同じ色の炎の球が放たれて、高速で連合軍の方へ飛んでいき……激しく爆発した。
爆発の衝撃波は私のいる場所にまで届いた。灼熱の衝撃波が身体を叩くが、私の外骨格に生半可な熱は通さない。私にとってはただ強い風でしかなかった。
しかし、私は思わず眉を顰める。何故ならその衝撃波に乗って、焼ける肉と濃密な血の臭いがここまで届いたからだ。重装歩兵は闘気や霊術によって守ったからか、思ったよりも死者は少ないらしい。だが負傷した者達はかなり多そうだ。
連合軍の主力は打撃を受けたものの、すぐに陣形を立て直して前進を再開した。攻城のためには接近しないと始まらない。今は防御を固めて耐えながら、愚直に前進するしかなかった。
一応、連合軍も反撃はしていた。重装兵の後ろにいる弓兵や霊術兵が矢と霊術で攻撃しているのだ。しかし、半端な攻撃では外壁を破壊することは出来ない。破壊するどころか、遠距離攻撃で付いた傷は瞬く間に直っていた。壁に自動修復機能があるらしい。
ならば強力な霊術を当てれば良いのだが、そう簡単に行くのなら苦労はしない。連合軍の中には私を越える霊術士がいて、炎弾を空中で相殺しつつ強力な霊術を放っている。しかし外壁から迸った光線によってそれらは悉く相殺されていた。敵にも強力な攻撃手段があるようだ。
この調子だと、遠くから壁を破壊するのは現実的ではない。やはり砦に乗り込んで侵略軍を駆逐する以外に、陥落させる方法はなさそうだ。
しかし、そのためには砦に取り付く必要がある。その前にあの爆発が何度も起きるだろう。では、その間に何人死ぬ?何割が残る?その戦力で砦を落とす?それは本当に可能なのか?
それ故に別動隊が壁に穴を開けられるかどうかが重要になってくる。もし穴を開けられたなら、そこから数にものを言わせて雪崩れ込めるからだ。この戦いの勝敗は別動隊の働きにかかっていると言っても過言ではなかった。
私の役割は別動隊の作戦の成功率を更に上げること。であるならば別動隊が作戦を開始する前に動き出さなければなるまいよ。
「ごどごど、ぎぐが」
『そろそろ行くか』と呟いたのに、やっぱり私の声は汚い音にしかならない。練習を始めたばかりだし、最低限コミュニケーションが取れるように頑張ろう。
声のことで少し落ち込んだものの、私は砦に向かって駆け出した。身を低く屈めて走るとバランスが取りやすい。蠍だった時と同じくらいの速度で私は砦に近付いた。
草原をたった一人で疾駆する私はかなり目立つ。案の定、一瞬で見付かった。南東には私しかいないものの、侵略軍は容赦なく防衛兵器の攻撃を私に放ってきた。私の役割は敵を引き付けること。ならばこちらを向いてもらえるなら好都合だ。
ガガガガガガガ!
私を見付けた侵略軍は、連合軍の主力に放ったのよりも小さい筒状の兵器を使った。するとその兵器からかなりの速度で小さな金属の礫が連続で飛んでくる。そんな使い方をする兵器だったのか。
私は一息で外骨格を硬化させ、降り注ぐ金属の礫を防ぐ。それなりに威力はあるようだが、外骨格の上から痛みを与えるほどではない。闘気で強化する必要すらない程度である。私は礫を無視する形で突撃を敢行した。
防衛兵器が私に効かないことに気付いたからか、一つしか使っていなかった小型の筒状兵器を四つに増やして雨霰と金属の礫を飛ばしてくる。しかし、数が増えた程度で私を止めることなど出来ない。小型の兵器では私の足を止めることすら不可能だった。
それでも止まらない私に焦ったのか、主力に用いたのと同じ大型の筒状兵器を起動させている。筒の中で青白い光が集まっていき、主力を今も苦しめている爆発する攻撃を放とうと言うのだろう。
「ががっ!ごぐごごぎ!」
しかし、その判断は既に遅かった。私は闘気を高めて両脚を強化すると、全力で前へと跳躍する。そして青白い光の下を潜り抜け、爆風を背中に受けながら金属の外壁に張り付いた。
壁はほぼ垂直、しかもツルツルしているのでヒト種ならば登るのに梯子でもなければ苦労することだろう。だが、私の両手と両足は外骨格に包まれている。爪先は鋭利に尖っており、外壁の表面に突き刺せば引っ掛けることが可能だった。
私は四肢を素早く動かして、カサカサと壁を登っていく。筒状兵器は大型の方も小型の方も真下を向けることが出来ないらしい。しかし、外壁から一段高い塔は別だ。左右から再び金属の礫が飛んでくる。その威力は外壁に設置されているものよりも強く、外骨格を強化しておかねば少し痛かった。
ただし、素早く動く私に当てることそのものが難しい。何発か当たった時にはそれなりに痛かったが、それも闘気で強化すれば問題にならない程度である。私の進撃を止めることは出来なかった。
「■■■■■!」
「■■、■■■■!」
「ぐごっ!?」
私がようやく外壁の縁に手を掛けた時、外壁の上にいた二人の侵略軍の兵士が私に向かって槍で突いて来る。私は片手で一方を掴んで外壁の外へ放り投げ、もう一人には鎧の上から毒針を突き刺した。
投げた方は情けない悲鳴を上げながら落ちていき、毒針を刺した方は痙攣してから倒れる。これで私を阻む者はもいない。こうして私は外壁の上にたどり着いたのだった。




