推薦されたのは
クリスは自分達がゼルズラから来たこと、ゼルズラには医療に関する専門的な知識を持つ者がいないこと、そしてある街で出会った医者にローガンを紹介されたことを伝えた。
「よろしい。目的は理解した」
「砂漠から……大変だったかい?」
「ううん。楽しかった!」
クリスの話を最後まで聞いたローガンは目蓋を伏せて頷いている。砂漠から来たと聞いたジョナサンは椅子の上で退屈そうに足をブラブラさせているシャウラに旅は辛かったかと尋ねてみた。
すると以外なことにシャウラはニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべているではないか。長距離の移動は辛く苦しいはずなのだが、目の前の少女は全く気にしていない。ここで初めてジョナサンは前髪を上げてシャウラの顔を見た。
「あ、キリクにーちゃといっしょ!」
「へぇ?レカ族は結構珍しいんだけどな」
前髪を上げたジョナサンの額には、キリクと同じレカ族の特徴である第三の瞳があった。彼が前髪を下ろしているのはレカ族であることを隠すためなのだ。
レカ族は特別に迫害されるような歴史はない。だが、ハーラシア王国を含めた大陸中央部にいるヒト種は大多数がフル族だ。人は誰でも自分と異なる者を警戒したり忌避したりするもの。面倒事を避けるためにも彼は額の瞳を隠していたのだ。
「って、シャウラも変わった目じゃないか」
「ちちーえといっしょなの!」
「シャウラは私と魔人の夫の間に生まれた娘ですから」
ジョナサンは前髪によって第三の瞳どころか顔の上半分を隠している。髪の毛のせいで彼の視界はとても悪く、シャウラの瞳について気付かなかったのだ。
魔人と聞いてローガンの視線もシャウラへと向けられる。どうやら彼は本当に目が悪いらしく、シャウラの瞳が見えていなかった。
「興味深い話ではある。薬師であると同時に儂は研究者。これはシュミエ山脈や砂漠に自生する薬草を研究する絶好の機会と言えような」
ローガンは薬師であると同時に薬草栽培に関する研究者でもあった。この部屋にも積み上げられている書籍は全て古今東西から集められた薬について記されていた。
王都の貧民街の奥に引きこもっているので知名度は低いものの、何人もいる彼の弟子は王国の各地で人々を癒している。ブレスレットを預けたのもローガンの弟子の一人だったのだ。
「しかしながら、儂は動けん。儂がここに居を構え、研究に没頭出来るのは王家からの支援あってのこと。勝手に離れることは許されん。第一、儂はもう歳だ。長旅に耐えられるとは思えんよ」
「そもそも、薬師の出入りはきっちり管理されてるからね。薬と毒は表裏一体だから」
ローガンは著名ではないと言っても、居を構える王国が優れた薬学者を把握していないはずもない。王家は彼に研究資金を援助し、王家はローガンが調合した薬を買い取る。そんな関係が築かれていたのだ。
また、王国は薬師の出入りについて厳しく管理している。優れた薬師は、凶悪な毒薬を調合することも可能なのだから。
「えぇ〜?先生なら薬で延命とか出来そっ、イテェ!?」
「前に言ったはずだ。寿命に関する薬を研究する気はないとな」
冗談めかしたジョナサンの脛をローガンは杖で強めに殴った。その顔には明らかな怒りの色が浮かんでいる。冗談でも口にしてはならないことをジョナサンは言ってしまったようだ。
権力者であれば間違いなく欲しがるだろう寿命を延ばす薬だが、この研究は禁忌とされている。寿命を延ばすということは擬似的な不死であり、不死とは研鑽の果てに神へ至った者達にのみ許される特権だ。それを侵すことは神々が許さないのである。
「イテテ……悪かったって、先生」
「うむ。ならばジョナサン、お前がゼルズラへ行け」
「……え?」
反省した様子のジョナサンだったが、続くローガンの言葉は即座に受け入れられなかったらしい。口を半開きにしてしばらく呆然としていた。
だがすぐに正気に戻ると、勢い良く首を横に振る。そして悲鳴を上げるように言った。そんなことは無理だ、と。
「冗談キツいですよ、先生!」
「冗談ではない。シュミエ山脈とその南の砂漠に自生する薬草の調査と、その栽培方法の確立。人生を懸けるのに相応しいテーマではないか」
「それは……」
反射的に拒絶するジョナサンだったが、ローガンは淡々とゼルズラへ行くことの意義を述べる。それは同じ研究者として否定出来なかったのか、ジョナサンは言葉を失ってしまった。
人跡未踏の地に自生する薬草の効能を調査し、効率よく薬効を抽出する方法を模索する。時間と根気のいる作業だが、方法を確立させられれば多くの人々を救えることだろう。
「お前は若いが、この儂の知識と技術の全てを叩き込んでおる。後は経験を積むだけだろう」
「……普段はそんなこと言わないのに」
「ただの事実だ」
ローガンは滔々とジョナサンにゼルズラ行きを勧めている。ローガンは弟子を高く評価しているらしい。褒められているジョナサンは褒められて嬉しいものの、素直に喜べていないようだった。
「それに……本心では行きたかろう?」
「うっ!?」
「わかるぞ。お前は儂と同じ新しいものを開拓したいタイプの研究者なのだから。儂があと十歳若ければ山脈越えは自分で向かっておった」
老いとは残酷よ、とローガンは深い溜め息と共に呟いた。ローガンにとって山脈越えの旅路は厳しいモノになるだろうし、それ以上に砂漠での生活に耐えられない可能性が高い。薬師が薬の世話にならなければ生きられないという本末転倒な事態になりかねないのだ。
その点、ジョナサンは若い。研究者として引き籠りがちではあるものの、生活出来ないほどに消耗することもないだろう。
また、ローガンはあえて口に出さなかったが、ゼルズラでの研究は完全な手探りとなる。そのため数十年という単位で研究に着手出来る若いジョナサンでなければならない。自分では間違いなく道半ばで寿命が来るのだから。
「すぐに結論を出せとは言わん。君達もすぐに帰るわけではあるまい?」
「ええ。ゼルズラ行きを望んでおられる神殿の方々の面談がありますので」
「それが終わるまでに結論を出しておけ。ところで……退屈な話をして悪かったな、シャウラ君」
ジョナサンに対しての厳しい師匠然とした態度から一変して、ローガンは欠伸をしていたシャウラに優しい声で話しかける。いきなり自分に話しかけられるとは思っていなかったようだが、シャウラは欠伸のせいで出ていた涙を拭いながら首を横に振った。
ローガンはゆっくりと立ち上がり、ついてきなさいと言って歩き始める。杖はついているものの、寄りかかってはいない。最初の弱って痴呆が始まった老人という演技からはかけ離れた姿であった。
「人は与し易いと思った相手を前に本性が出る。それ故、急な来客の際はボケた振りをするのだが……君には通用しなかったな」
「『守護の女神』様に仕える護衛でしたので。いかなる相手も侮るなと学んでおります」
「流石よな。よし、ここだ」
演技をしていた理由を明かしたローガンは、屋敷にある扉の一つを開く。その先には背の高い樹木で囲まれた庭が広がっていた。
外から見えなかった庭は管理が行き届いた畑となっていた。ただ、植わっている草花はクリスには見覚えのないモノばかりである。少なくとも常食している野菜ではないことは確かだった。
「ここは薬草園。儂とその時の弟子達がずっと世話を続けてきた場所じゃ」
「こっちから良いにおいする!」
「うむ。香草にも薬効を持つものがあるのでな」
好奇心旺盛なシャウラは畑に生える薬草や香草をしげしげと眺める。薬品の刺激臭ではなく、香草の優しい香りをシャウラは気に入ったようだ。
畑を踏み荒らさないように注意しながら歩いていたシャウラだったが、何かに気付いたらしく地面に顔を近付けてその匂いを嗅ぐ。そして首を傾げながら薬草を指差した。
「ローガンじーちゃ!こっちの方がにおい強い!」
「ほう。魔人の五感は優れているという話は真実だったか。お嬢さんの言う通り、匂いの強さに違いはある。何故なら、育て方が異なるからだ」
この匂いの違いこそ、長年のローガンの研究成果の一つであった。与える水分や肥料の種類、日当たりなど様々な条件を変えることで薬草の効能の変化について調べているのだ。
ローガンは他にも品種改良なども行っている。何にせよ時間と根気のいる作業である。だが、この繰り返しによって彼の栽培した薬草は優れた効果が期待できるようになったのだ。
気が遠くなるほどの地道な作業を積み重ねて結果を出す。言葉にすれば簡単なことだが、成果が出るかどうかもわからない作業の繰り返しは辛い。弟子であるジョナサンは作業を手伝っているからこそ、ローガンの偉大さを理解していた。
ローガンの弟子として、砂漠でも同じように薬草の栽培や品種改良を行う。そのことに不安は当然ある。環境が大きく異なる場所で薬草が育つのか、砂漠に薬効のある植物は存在するのか。わからないことだらけだからだ。
だが、師匠が人生を懸けて作り上げた薬草園を改めて見たジョナサンは思った。自分も師匠と同じように誇れる研究がしたい、自分が改良した薬草で少しでも多くの人々を救いたい、と。
一方で彼の冷静な部分は、砂漠へ行くことがその望みを叶えるのに必要なことなのかと疑問を呈した。クリス達が帰るまでの間に結論を出さなければなるまい。
砂漠行きについて本気で検討することを決めたジョナサン。そんな彼の背中をナイアはじっと見つめているのだった。
次回は10月23日に投稿予定です。




