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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第七章 大陸騒乱編
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ローガンの下へ

「道案内させて悪いわね」

「いっ、いいえ!おっ、お師匠様の指示ですのでっ!」


 クリス達一行はナイアに案内されて王都を歩いていた。彼女らが歩いているのは王都の貧民街であり、クリス達だけであれば立ち寄ることはない場所だ。


 どうやら件のローガンはこの貧民街を進んだ奥に住んでいるらしい。奥へ行けば行くほど治安が悪くなるのだが、女子供ばかりの一行に手を出す者はいなかった。


「マギー婆様の威光のお陰ね」

「お、お師匠様は怖いですけど、同じくらい慕われてますから……」


 その理由はナイアがいるからだ。見た目に違わずナイアに戦う力はないものの、彼女のバックにはマギーがいる。ナイア(弟子)に手を出すことは、マギー(師匠)へ喧嘩を売るのと同じこと。現役の戦士並みに強いマギーに喧嘩を売るのは、一般人にとっては自殺行為に近かった。


 また、マギーの診療所は平民、特に貧民の治療も行っている。この地域で彼女の世話になっていない者の方が少なく、ナイアに手を出そうものなら周囲の者達に袋叩きに遭うことだろう。


 仮に事情を知らない流れ者が襲ったとしても、今は全く問題はない。ナイアはともかく、赤子であるサルガス以外の他の全員が戦えるからだ。それこそ、ただの破落戸では何人でもシャウラ一人に張り倒されるだけである。


「……こんなところがあったのね」


 感嘆した声を漏らしたのはクリスであった。目的地であるローガンの住処は貧民街の奥地にあったのだが、そこは広い庭付きの一軒家である。


 ただし、その趣はさしずめお化け屋敷だろうか。屋敷はツタに覆われているし、庭は塀の背の高い木が内側を隠すように生い茂っていた。


「知らなかったんだ?」

「私は使用人だったから。お嬢様の護衛になってからは王都の貧民街に行く用事はまずなかったもの」


 クリスの出自を知っているカタバミは意外そうだったが、考えてみれば当然のことであろう。元々は屋敷の雑用をこなす奴隷だった彼女が貧民街を知るはずもなく、クリスに拾われてからは行く用事がなかったのである。


 クリス達が興味深そうに家を眺めていると、ナイアは勝手知ったるという調子で屋敷のドアを独特のリズムでノックする。するとドタドタと大きな足音がした後、扉が開かれた。


「やあ、ナイア!いらっしゃい!」

「う、うん。来た、よ」


 扉を開けて現れたのは、ヒョロリと背が高い細身の男であった。背丈だけならばアンタレスどころかゴーラよりも高い。子供達は目を丸くして見つめていた。


 アンタレス達との大きな違いは筋肉量であろう。屈強な戦士達とは異なり、腕も脚もとても細い。戦いに向かない人物なのは間違いなかった。


 ただ、背丈よりも特徴的なのは彼の髪だろう。伸び放題の髪が顔の上半分を完全に覆っているのだ。見えているのは鼻先から下だけで、人相は全くわからなかった。


「あれ?後ろの人は?」

「あ、うん。ローガン様に用事があるんだって」

「先生に?まあ良いけど。どうぞ〜」


 背の高い男性はクリス達に気付き、ローガンに用事だと聞いて驚いた様子だった。しかしすぐに気を取り直すと、朗らかな声色でクリス達を家に招いた。


「おじゃまします!」

「ハハッ!元気な子だね。お名前はなんていうの?」

「シャウラです!」

「シャウラちゃんか。僕はジョナサンっていうんだ」


 背の高い男性ことジョナサンは、元気一杯なシャウラへ気さくに話しかけた。風貌は独特だが、悪い人間ではないらしい。クリスとカタバミは目を合わせてから頷きあった。


 一行は招かれるままに玄関から屋敷に足を踏み入れる。その瞬間、屋敷の空気を吸ったキリクとカタバミは激しく咳き込み始めた。


「ゲホッ!ゴホッ!」

「い、痛い!鼻がぁ!?」

「……これは確かにキツイわね」


 どうやら特殊な器具で臭いが外に漏れないようにしていたようだが、屋敷の内部は薬品の刺激臭が充満していたのである。嗅覚が鋭いキリクやカタバミは悶絶するのも無理はない臭いだった。


 魔人のように鋭い嗅覚を持たないクリスも思わず顔を顰める臭いであり、見ればシャウラも鼻を押さえて涙目になっている。キリクの腕の中にいるサルガスも臭いが嫌なのか不服そうな声を上げ始めた。被害を受けなかったのは、最後尾にいたことで異変が起きた時にはまだ屋敷へ入っていなかったスイレンのみだった。


『一番うしろにいて正解でしたね。私は外にいます』

「あ、あたしも無理……」

「僕もちょっと……」


 嗅覚の鋭い者達は屋敷に入ることを拒んだ。薬品の鼻の奥を焼くような臭いに耐えられなかったらしい。そんな彼らを見てジョナサンは笑いを堪えられないようだった。


「そっかそっか!普通の人には辛いんだっけ?僕はもう鼻がバカになってるから、注意するのを忘れてたよ!」

「ジョナサン、笑っちゃダメだよぅ……」


 笑っているジョナサンをナイアは窘める。一頻り笑った後、ジョナサンは大丈夫な人だけついてきてと言ってさっさと屋敷に戻ってしまった。


 ナイアは困った表情でジョナサンとクリス達を交互に見ている。結局、中へ入ることを決意したのは比較的耐えられるクリスとシャウラだけであった。


「先生!先〜生〜!お客さんですよ〜!」


 屋敷にクリスとシャウラが入ると、奥からジョナサンの声が聞こえてくる。きっとローガンを呼んでいるのだろう。


 ローガンが来てくれるまでクリス達はナイアによって案内された一室で待機することになった。ただ、その部屋に入るのをクリスもシャウラも躊躇われた。何故なら、部屋の床には積み重ねられた多種多様な書籍で溢れかえっていたからだ。


「ナイアねーちゃ、ここでいいの?」

「う、うん。この部屋が一番散らばってないの」

「…………ここが?」


 足の踏み場もない、かろうじて椅子が見えるだけの部屋が最も片付いている。信じられなかったクリスがナイアに改めて確認すると、彼女は困ったような笑みを浮かべた。


 どうやら彼女の言葉に嘘はないらしい。ここの主人に呆れ返り、クリスは大きな溜め息を吐いてからシャウラと共に積まれた本の隙間を縫うようにして椅子に腰掛けた。


「むぅ……わかんない」

「そうねぇ。私にもちんぷんかんぷんだわ」


 座った椅子の近くにあった本のタイトルを覗き込んだシャウラだったが、タイトルすらも読めなかった。文字を習っていても専門書のタイトルなど読めるはずがないのだ。


 せっかく勉強を頑張っているのに、とシャウラは頬を膨らませた。そんな愛娘を撫でながらクリスもわからないと同意する。母もわからないものなのだと知ると、シャウラはようやく納得した様子だった。


「ナイアは座らないの?」

「いえっ、あの、その……転んじゃったことがあって……」


 隙間を縫うように進まなければならない関係上、運動能力が高いとは言えないナイアには難易度が高いらしい。実際に転んで本をひっくり返したことがあるようで、彼女は部屋へ入ろうとすらしなかった。


「さ、先生。お客様ですよ」

「うむうむ」


 部屋でしばらく待っていると、ジョナサンが一人の老人を連れて戻って来る。その老人は背が低く、それでいて背筋が曲がっているのでより小さく見えた。


 ツルリと禿げていて頭髪はなく、代わりに白い髭を蓄えている。シワだらけの顔には大きなシミがいくつもあって、かなりの高齢であることがうかがえた。手は震えているし、歩くのも大変そうだ。目蓋が開いているのかどうか定かではないほど目は細かった。


「おじいちゃん!シャウラです!」

「うむうむ。めんこいのぅ。イリスや」

「シャウラだよ?」

「うむうむ。大きくなったのぅ、マークや」


 シャウラは両親に躾けられた通りにローガンに挨拶をする。だが、ローガンはシャウラをシャウラだと認識出来ていない様子であった。


 相当な高齢であることを考えれば、痴呆が進んでいても仕方がない。クリスは溜め息を堪えながらも礼を失しないように意識しながら口を開いた。


「愚娘が失礼いたしました、ローガン様。お初にお目にかかります。私はゼルズラより参りましたクリスと申します」

「うむうむ」

「我らは医療に携わる人材を探しております。そこでローガン様を訪ねるようにと助言して下さった方がおりまして参上した次第です。こちらを」


 そう言ってクリスはアンタレスから預かった木彫りのブレスレットをローガンに見せる。それを受け取ったローガンは細い目を開いてブレスレットを凝視した。そして何度も頷くと、ブレスレットをクリスへ返却した。


 するとローガンは急に背筋をピン伸ばしてみせる。その豹変ぶりにシャウラは驚くが、クリスは内心でこのタヌキめと罵っていた。


「あれの口添えがあったのなら、ボケた振りをする訳にも行くまい。用件を聞こう」


 先程までの好々爺然とした雰囲気から一変して覇気すら感じさせるローガンを見て、クリスは面倒なことになったと嘆くのだった。

 次回は10月19日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
一癖も二癖もありそうなローガン相手にクリス一人では荷が重いのではなかろうか? 誰かが加勢して欲しいのだけど、キリクならできるかな? 医師としては超優秀みたいですね。
素敵なおじいちゃん、おばあちゃんが出てくる作品は作品レベルが高いと個人的に思ってます。 一癖も二癖もあるご老人、いいですよね。
普段はボケ老人を演じているとは この界隈の老人は強かですなあ
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