修験者の懇願
ラピが何かをやらかしたせいで伯爵邸を訪れた人物を、リーゼロッテは迎え入れることにした。ただし、無条件に信用する訳ではない。迎えに寄越したのは私とレオであったのだから。
「とにかく、話だけでも聞いて下され!某は……お、おお!レオ殿ではござらんか!」
「えぇ……いや、声で察してたんだけどさ……何してんですか、ムガさん」
リーゼロッテからの指示があって合流した時から、実はレオの様子がおかしかった。何とも言えない表情で何度も頭を振っていたのである。どうやら門の向こう側で騒いでいる人物は知り合いであったようだ。
ムガというらしい騒ぎの中心人物だが、第一印象は大きいというものだった。私が今まで見たことのある誰よりも背丈がある。師匠よりも大きいのは間違いない。声も大きかったが、身体の方がより大きかったのである。
次に注目するべきは全身の筋肉であろう。着ている服は金属の腕輪と腰布、それにサンダルだけとほぼ裸である。露出過多の不審者としてここまで来る前に捕まらなかったのが奇跡なのではなかろうか?
露出していることで惜しげもなく晒された肉体は、鍛え上げられて隆起した筋肉で覆われている。それもただ肥大化だけの筋肉ではなく、厳しい鍛錬によって練り上げられた戦うための筋肉なのだ。ムガという人物が猛者であるのは間違いないだろう。
猛者の風格を漂わせる肉体に負けず劣らず、その顔付きも厳つかった。剃り上げられたツルリとした禿頭にギョロリとした大きな目、顔を含めた全身に刻まれた無数の傷痕。彼の実力を読み取れない者であっても、いや、実力がわからない者だからこそ畏怖せずにはいられない容貌であった。
「何者だ?」
「ムガさんは修験者の偉い人だよ。ほら、例の……」
「ああ、そういうことか」
修験者というと『闘争の神』様の神官で、レオが剣術の教えを請うた者達だ。彼らは体格と筋肉を尊ぶ傾向があり、レオに教えを授けることを渋ったと聞いている。筋肉第一の修験者があのムガなのだろう。
恵まれた体格だけであの身体は作れない。才覚に溺れず、鍛え上げられた肉体の持ち主だからこそ、筋肉を尊ぶようになったのかも知れないな。
ただ、ムガがここに来た原因がラピにあることは本人が最初から言っていることだ。私は彼女の保護者である。レオも世話になっているようだし、話を聞く必要がありそうだ。
「アニキ、どうする?」
「母屋に通す訳にも行かんだろう。リーゼロッテの政務の邪魔は出来ないし、何よりも約束なしに訪ねるのは無礼に当たるはずだ」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
丁重にお帰りいただくというのが普通の対応だろう。神官でもある修験者であっても、俗世と完全に切り離すことは難しい。リーゼロッテは伯爵家の当主に約束を取り付けることもせずに会おうとすること自体が非常識と言えた。
レオもそれは理解しているはずだが、歯切れの悪い反応が返ってきた。顔見知りというよりも自分が世話になっている人物を追い返すのは気が引けるのだろう。私だって師匠がいきなり訪ねてきたとして、追い返すのは間違いなく躊躇うからだ。
「だが、レオ。お前が世話になっている人物を追い返すのは仁義にもとる。我々の宿舎であれば問題ないだろう。門番を説得して来なさい。何かあれば私が責任を取る」
「おう!行ってくるぜ!」
それ故に私が出した折衷案が我々が使っている宿舎へ通すことだった。そもそも彼の目的は私達なのだ。ならば私達の宿舎でも問題あるまい。大してもてなすことは出来ないが、そんなことにこだわるような人物にも見えないし大丈夫だろう。
レオは表情を一変させて笑顔になると、ムガの下へと駆けていく。こういう素直で優しいところは初めて会った時から変わらない。それは紛れもなくレオの美点と言えた。
門番と言葉を交わした後、レオはムガを連れて私の方へ歩いて来る。その間、ムガは私の全身を観察するかのように眺めていた。
「お初にお目にかかる。貴殿が噂に名高いアンタレス殿で相違ないか?」
「どんな噂かは知らないが、私がアンタレスだ」
「某はムガ・ヨー。『闘争の神』様に仕えし修験者にござる」
そう言ってムガは胸の前で両手の拳をぶつけてから頭を下げた。どうやらこれが修験者式の挨拶であるらしい。正しい作法はわからないので、私はただ頷くのみであった。
こういう場合に礼儀作法についての知識があれば良かったと常々感じる。相手に合わせるだけでも印象は大きく変わるはずだからだ。
幸いにもムガはこのくらいのことでとやかく言うほど狭量ではないらしい。私達は三人で宿舎へ向かい、最も広い部屋である食堂へと招き入れた。
「白湯しか出せずに申し訳ない」
「いやいや、急に参ったのは某にござる。白湯を出していただいただけでもありがたいという……アチチ!」
私が用意した井戸水をレオが霊術で温めた白湯をムガの前に出すと、彼は飲もうとして顔を顰めた。どうやら彼は猫舌であるらしい。厳しい見た目の割に繊細なところもあるようだ。
私とレオはムガの向かい側に座って白湯を飲む。宿舎に残った者達は食堂には誰もおらず、広い部屋にいるのは私達三人だけだった。
「堅苦しい場でないのなら、酒でも出した方が良かったのだろうか?」
「とんでもない!こう見えて某、下戸でござる!酒など匂いを嗅いだだけで酔っ払ってしまいますぞ!」
「あ、そうだったの?アニキと一緒じゃん」
……私はこの瞬間、ムガとの間に強い親近感を感じずにはいられなかった。それはムガも同じだったのだろう。お互いに自然と伸びた手をガッシリと強く握り合った。
そんな私達をレオは呆れたように眺めていた。しかし、そんなことが私達は気にならない。それほどに同志と出会えたことは嬉しかったのである。
「それでムガ殿。ラピは貴方に何をやったんだ?」
「おお、それよ!某、ラピ様の技に感服致した!是非ともラピ様に師事したく参った次第!」
「ラピに、師事……?」
興奮気味なムガ殿を宥めてから、ラピが何をやったのかについて詳しく聞くことにした。ムガ殿が言うには、普段通りに鍛錬に励んでいた彼らの下にラピがふらりとやって来たという。そして開口一番に格闘術を教えてくれと頼んだというのだ。
正直、この時点で私は頭を抱えたくなった。レオに紹介してもらう予定だったのではないのか?他の家族はどうした?何で一人で行動しているんだ?一瞬でいくつもの疑問が浮かんでいた。
私が内心で困惑していることなど知らないムガ殿は語り続けた。最初、対応した修験者達は当然ながら断ったらしい。その流れはラピも予想していたようで、教えてくれるまで動かないと譲らなかったらしい。
すると、痺れを切らした修験者が一度だけ相手をしてやると言い出したらしい。精神面での修行が足りないとムガ殿は憤慨しているが、おそらくはラピの策だろう。居座り続ければ誰かが面倒になって実力行使に来るだろう、と。
そしてその修験者はラピにボコボコにされたらしい。当然だろう。ラピはゼルズラでも上位の強者である。見た目に騙される程度の者に不覚を取るはずもなかった。
一人が張り倒されたことで血相を変えた修験者達は、次々とラピに挑んだらしい。ラピが好きな武器を使えば良いと挑発したらしく、彼らは己の得意な鍛錬用の武器を使って叩きのめそうとしたようだ。
だが、そんな修験者達にラピは負けなかった。それどころか修験者としては下級の者達とは言え、挑んで来た全員を返り討ちにしてしまったそうだ。
「醜態を晒した後から情けないことに神殿内で瞑想していた某が呼び出されましてな。手合わせさせていただいたのですが……感銘を受け申した。ラピ様の動きは某の知るあらゆる修験者よりも『柔』の技を極めておられたのですから」
修験者は様々な武芸を修めるが、その全てに『剛』と『柔』の型があるという。だが、ムガ殿も含めて多くの修験者が『剛』を重視し、『柔』を軽視していたようだ。
だが、ラピは『柔』の技に近い動きを駆使して修験者を倒してみせた。それはムガ殿を感動させ、ゼルズラへ同行してでもラピから『柔』の技を学びたいと切望しているのだ。
「悪いが、私の一存では決められない。だが、ご当主様には一言助言しておこう」
「かたじけない。それと、ラピ様にはいつでも門戸は開いているとムガが申していたとお伝え下され」
「ああ、わかった」
私の一存では決められないが、リーゼロッテに進言は必ず行う。それを約束すると、私達は再びガッシリと硬い握手を交わした。
ムガも神殿から飛び出したこともあり、急いで戻らなければならないようだ。その背中を見送った私達だったが、隣にいたレオは何とも言えない表情になっている。何故かを尋ねようかと思ったその時、彼の呟きを私の耳は聞き取ってしまった。
「納得行かねぇ……説得するよりも、乗り込んで暴れた方が手っ取り早いなんて……」
……私は何も聞かなかった。哀愁を漂わせるレオに何も言えず、私は聞こえないフリをするしかないのだった。
次回は10月7日に投稿予定です。




