お披露目
それからしばらくの間、監禁部屋での生活が続いた。と言っても私はずっと座っているだけで、気楽なものである。時々オルヴォがやって来ては何かの霊術を使って反応を確かめるが、ゲオルグのように痛い霊術を使うことは一度もなかった。オルヴォは善良な人物ではないが、研究対象には割りと優しいのかもしれない。
痛かったのは毎日一度行われる採血くらいのもの。それも我慢すれば良いので、二日目からは皮膚を硬化させることもなくなった。オルヴォはそれを見て「学習能力が高い」と誉めてくれる。その日から餌の量が少し増えたのは気のせいではないだろう。
オルヴォがいない時には自主的に訓練を積み、ミカが持ってくる餌を食べる日々。想像していたよりも穏やかな毎日が続いている。このままずっとこんな生活が続けば良いのに……そんなことは絶対にないのはわかっているがね。
「ミカ、頼むよ」
「かしこまりました」
平和な日々は唐突に終わりを告げた。何時ものように何かを調べることもせず、オルヴォはミカを連れてきて私を運び出させたのである。ミカは私が座っている拘束椅子を私ごと軽々と持ち上げ、先導するオルヴォに着いていく。その先にあったのは一台の馬車であった。
ミカは馬車の荷台にあった檻の中に私の座った椅子を固定すると、ガチャンと檻の鍵を閉めた。その後、馬車はゆっくりと進み始める。私はどこかわからない場所へと運搬されるようだ。
「それじゃ、転移するよ?」
「はい」
ミカが短く答えた直後、オルヴォの霊力が徐々に高まっていく。そして何かの霊術を発動した瞬間、私は身体がフワリと浮かぶような、奇妙な感覚に包まれた。その感覚は一瞬で収まったものの、馬車の外から荷台に届く空気の臭いが大きく変わっていた。
「お見事にございます」
「空間を扱う霊術は僕の十八番だからね」
空間を扱う霊術、だと?ここは今までいた場所からは大きく離れた地点なのか。それなら空気の臭いが変わったことにも納得が行く。一瞬で移動出来るとは、便利な霊術があったものだ。
それから馬車はゆっくりと進み始める。ああ、この感じ!闘獣だった頃を思い出す。闘獣として使役されていたことは、良い記憶どころか屈辱的な記憶でしかない。それを連想させるのに懐かしさすら覚えるのは何故だろうか?
ああ、そうか。闘獣であることは嫌だったが、こうして馬車に揺られること自体は楽しんでいたのかもしれない。私は不思議と高揚しながら馬車での移動を満喫していた。
馬車の旅は半日ほど続き、私の檻は布を被せられてから他の荷物と共に揺れる何かの上に乗せられた。布のせいで視覚は封じられているので、私は嗅覚と聴覚を研ぎ澄まして周囲の様子を探ってみた。
(生臭い水の臭いと、大量の水が流れる音……私の知識に当てはめると、ここは河川?まさか船の上にいるのか?)
私の予想は正しかったようで、私の上の天井が慌ただしくなると掛け声と共に大勢のヒト種が動く音が聞こえてくる。その中には「しっかり漕げ!」と怒鳴る声が混ざっているので、ここは船で間違いない。きっと怒鳴られたのは櫂を漕ぐ奴隷だろう。どこにでも奴隷は使われているなぁ。
船旅もまた長くは続かない。船はさっさと目的地に到着したのか、私の檻は再び外に運ばれた。運んでいる奴隷は重たいと文句を言っていたが、それは私ではなくオルヴォに言ってくれ。無視されそうだけども。
そこからは再び馬車での移動である。ただし、今乗っている馬車は反響する音から考えるとかなり大きい。最初の馬車の倍以上の広さがありそうだ。布は被せられっぱなしなので外の様子はわからない。嗅覚と聴覚からわかるのは、ここが街中ではないということくらいだった。
こうして丸一日ほど移動した後、私の檻はまたもや運ばれていく。そして多くの気配がする場所に連れて来られた。私は周囲の気配を注意深く探ってみた。
ここは外ではなく、大きな部屋だ。私の周囲には三十ほどの気配がある。その体型から察するにどれもこれもヒト種だろう。ざわついているせいで話を聞き取ることは難しいが、私の嗅覚は連中から漂う濃い血の臭いを明確に感じ取っていた。
(戦いに関わる者達なのは確実か。まあまあ強い気配と、かなり強い気配が幾つもあるな……中でも特に強い三つの気配は私を露骨に警戒している。私の力量を察しているのか?侮れんな)
私の周囲にいる気配の内、特に強い三つは明らかに私に向かって殺気を放っている。三つとも私と相討ちになりかけた聖騎士に匹敵する強さだろう。そんな手練れが集まっているなんて、ここはどこなんだ?
三人は妙な動きがあれば即座に斬る、とでも言いたげな雰囲気である。気負っているところに水を差すようで悪いが、どうせ動けないから気にしなくても良いぞ。私もまだ死にたくないからな。
「やあやあ、お集まりの皆様!今日も侵略軍との戦争、お疲れ様です!」
私が向けられている殺気に注意を払っていると、オルヴォはいつもの軽い調子で朗らかに語りかける。それに毒気を抜かれたのか、三つの殺気は少しだけ弱くなった。
確かにそれは良いことだが、もっと重要なことがある。オルヴォは今、侵略軍との戦争と言ったな?侵略軍と言えば、ゲオルグの話にも出ていた血も涙もない連中ではないか。
ええと、確か……強力な兵器を使ってエンゾ大陸を蹂躙しているんだったか?そんな脅威との戦いに私は投入されるのか……そう言えばオルヴォと職人の老人が言っていたな。殺したら喜ばれる連中がいる、と。
冷酷で容赦のない侵略軍は間違いなく大陸中から恐れられると同時に、侵略された国々の生き残りから強い恨みを買っている。確かに侵略軍なら、この大陸では何人殺そうが喜ばれるだろう。強いと噂の侵略軍と戦わないといけないのか……ああ、嫌だなぁ。
「さて、皆様からの『扱いやすく、賢く、強い戦力としての合成獣』という贅沢極まりない依頼の品が完成しましたよ!今日はその御披露目というわけですね。早速お見せしましょう!」
オルヴォはそう言いながら檻を覆う布を勢いよく捲った。ようやく見えるようになった私の周囲には、察知していた通り三十ほどのヒト種がいて、私を囲むように座っている。警戒している三人以外は全て私に好奇の視線を向けていた。
好奇の視線には慣れている。『闘獣会』では毎回もっと多くのヒト種から向けられていたからだ。ただ、だからと言ってこの視線が好きと言う訳ではない。むしろ大嫌いだった。
それよりもまだ三人の強者から向けられる警戒の視線の方がマシである。私は複眼で三人の容姿をしっかりと記憶する。ゴワゴワした髪と髭の筋肉質な雄、長い髪を後ろで束ねた細身で長身の雄、そして短い髪で耳が尖った雌だった。なるべく関わらないようにしたいものだ。
「これは歴史上初となるヒト種を用いた合成獣です。作成してから約一ヶ月が経過してるから、安定性も十分。入念に検査しましたが、健康そのもの。理由もなく急死することはなく、寿命も普通のヒト種よりも長いと思いますよ?」
ああ、毎日の検査はそのためのものだったのか。自分の技術に絶対の自信はあるが、検査は決して欠かさない辺りオルヴォの優秀さが窺える。
それよりも私は表情を変えないまま、内心では大喜びしていた。理由もなく急死しないというだけでも安心したが、それ以上に寿命が長くなっているのはとても嬉しい。『百年間生き延びる』という使命を果たしやすくなったからだ。
オルヴォの説明を聞いた者達は一様に驚いていたが、驚くタイミングは真っ二つに分かれていた。早く驚いたのは『ヒト種を用いた合成獣』と言った瞬間である。オルヴォも言ったように、これは歴史上初の快挙であるらしい。合成獣に関する知識がある者ならば、驚かずにはいられないのだ。
そして遅く驚いたのは『寿命が長い』と言った瞬間だった。どんな生物も生き続けたいという本能を持っている。それを延ばす方法だと捉えたのかもしれないな。しかし、他の生物と融合してでも長生きしたいものなのだろうか?私には理解が及ばない考えであった。
「まあ、僕が口で何を言っても説得力はありませんよね。だからこれが皆さんが求める基準の戦力かどうか試験してくれて構いません。あ、なるべく壊さないでいてくれると助かりますよ」
性能試験、と言うことか。しかし、大丈夫か?まだこの身体になってから、私は椅子に縛られっぱなしで一度も立ったことすらない。いや、そもそも私はヒト種のように立てるかどうかも不明だ。
その状態で戦闘に投入されたら危なそうである。しかし、周囲の者達はどうやって試験をするのかを話し合い始めた。試験方法は大まかに分けて二つの意見がある。一つはこの場にいる手練れと模擬戦をさせる方法、そしてもう一つは適当な任務を与えて実戦に投入することだ。
しばらく話し合いが続いた後、どうやら後者と言うことで話がまとまった。何でも弾みで私を死なせてしまったらもったいないからだと言う。いや、強そうな三人以外なら割りと簡単に殺せると思う。隠している力量を測れない者ばかりのようだ。
最終的に決まったのは、明日の早朝に行われる侵略軍の砦への攻撃に加わること。ただし、私は主力と共に攻勢をしかける訳ではない。私は別方向から密かに接近して、単独で砦に侵入するのが任務であった。
単独での行動が成功するとは誰も思っていない。本命は私とは別にいる破壊工作部隊によって、砦の壁を破壊することだ。私は囮に過ぎず、発見されて敵の目を逸らすのが目的。生きて帰って来れば性能として十分だと判断されるようだ。
単独で囮になるって、かなり危険じゃないだろうか?それも仕方がないらしい。私のように異形の存在を即座に受け入れられる部隊は存在しないので、単独行動をせざるを得ない。そうなると任せられる任務は限られ、その結果としてこの任務に決まったのだ。
そんなに私の扱いに困るのなら別の作戦に使えば良いのに。それをしない辺り、明日の砦攻めは小さな戦力すら欲しいくらいに重要な作戦のようだ。
「大丈夫、そのくらいなら軽くこなせますよ」
本当に可能かどうか疑問視する声もあったものの、オルヴォは慌てず騒がず、当然のように受け入れていた。悲しいかな、私に選択する権利はない。オルヴォが許可した以上、私はやらねばならんのだ。
私の扱いが決まったところで、私の檻は大部屋から運ばれていく。その際、再び布を被せられたので周囲をみることは出来なかった。
しばらくして私の檻は床に置かれる。狭い部屋には金属の臭いが充満していて、物音は一切しない。ヒト種は誰一人としていない、物置小屋のような場所のようだ。
今の正確な時間はわからない。だが、移動に一日ほど掛かったので作戦の実行まであまり時間がないのは確実だ。いつ出発だと言われても良いように、私は少しでも身体を休めるべく浅い眠りにつくのだった。




