検査、兄、使用人
老人が去った後、オルヴォは様々な霊術を使って私の身体を細かく調べていた。ゲオルグのように攻撃の霊術は使わず、色んな色の光を当てるだけで痛くない。それだけでも個人的には気が楽だった。
「さ~て、お次はちょっとチクッとするよ~?」
そう言うとオルヴォは針がくっついた円筒……即ち注射器を取り出した。あれを使って私の血液を採取するのだろう。私の針よりは細いものの、あれが刺さったら痛そうだ。
そう思った時、私の身体に変化が起きる。外骨格に覆われていなかった皮膚の色が一瞬で変わっていくではないか。気が付けば私の全身は強固な外骨格に覆われていた。
「おっと、まだコントロール出来ないみたいだね?外部の驚異に対して反応したのかな……とにかく、その変化は僕のデザイン通りだから気にしないで。ヒト種のそれっぽい君の皮膚だけど、実は軟化した外骨格なのさ。守ろうと思えばすぐに硬化させられるよ」
そんな仕組みになっていたのか。私は複眼で自分の身体を確かめる。蠍だったときの外骨格が鎧のように全身をくまなく覆っているのを見た時、最初に感じたのは安堵であった。
頑丈な外骨格は失われていなかったのだと死って、本当に安心した。柔らかいヒト種の皮膚なら簡単に傷付いてしまうような攻撃も、私には通用しないということ。つまり、死ににくいということだ。
「手足は防具だって言っても違和感がないでしょ?そうすれば普通のヒト種に化けて敵に気付かれることなく侵入出来るかな、って思ったんだよね。まあ、ちょっとしたミスで無理だけど」
おい、ちょっと待て。軽く流しているけどミスって何だ?そこを詳しく聞かせろ!
「まあ、蠍だし言葉なんてわからないか。ヒト種の脳があるから、これから覚えていけば良い。んじゃあ外骨格の隙間から採血するね~」
オルヴォは私が言語を理解しているとは思っていないようで、詳しく説明せずに肘の関節部に注射器を突き刺した。関節は動かさねばならないので、どうしても守り切れない場所なのだ。
針を刺されたので普通に痛いが、私はグッと堪えて声を漏らさないようにする。この程度の痛みなら、わざわざ痛覚を制御して耐えるほどのものではないからだ。
「ええっと、お次は唾液を貰うね。は~い、お口を開きましょうね~」
「ンガッ……!?」
命令に従って口を開いた時、私の視界には見慣れた小さい鋏が映っていたのだ。どうやら鋏は下顎から生えていて、普段は頬の部分に畳まれて収納されているらしい。小さい鋏は当然のように外骨格に覆われているので、恐らくだが下顎の全体が外骨格に覆われているのではないだろうか?
私としてはこの口に慣れているので問題はない。しかし、ヒト種に紛れ込むにはエキセントリック過ぎるだろう。それに良く考えれば額に四つ複眼があるんだった。これではヒト種に紛れ込むのは無理というもの。オルヴォの言うミスとはこのことに違いない。
「はい、おしまい。取りあえず今日はここまでだね」
大きく開けさせた私の口に何かの棒を突っ込んでかき回した後、オルヴォはそのまま監禁部屋から出ていった。命令が切れたので、私は口を閉じて全身の力を抜いた。
それと同時に皮膚が元の柔らかさに戻っていく。この制御も訓練して身に付けておかねばならないだろう。何、一人の時間に訓練を積むことには慣れている。むしろ良い暇潰しが増えて嬉しいくらいだ。
ただもう一つ、訓練しておきたいことがある。それには闘気も霊力も必要ないが、これまで蠍であった私には不可能であったが故にやり方を全く知らない行為であった。
「ご……が……ぎぎっ……」
私が行おうとしているのは発声練習である。私には生まれた時から謎の知識があり、その知識の中にはエンゾ大陸で一般的に使われているディト語についてもあった。だから若様とゲオルグの会話も最初から聞き取れていたのである。
しかし、では実際に発音出来るかと言うとそれが難しい。聞き取れても話すのは難しいのである。それに加えて、下顎の構造がヒト種とは大きく異なるように喉の構造も異なるようなのだ。お陰で口から出てくるのは獣の唸り声のような濁った音だけだった。
これは普通に会話出来るようになるのも一苦労しそうだぞ。オルヴォよ、これもミスの一つなのではないか?
いや、ヒト種の合成獣は私が世界初なのだった。ならば人語を解し、発声することを考慮していないのかもしれない。私の声などどうでもよかっただけかもしれないが、その結果がこの濁声というのは酷い話だ。
「がぐ……ごぐぎぢば……ごばぁ……」
『こんにちは』がどうやったら『ごぐぎぢば』になるんだ?思わず出たため息も汚い音になっている。この声と一生付き合っていかなければならないのか……思っていたよりもキツいな、これは。
私は簡単な単語を繰り返して発声練習を繰り返す。この声が良くなるとは思えないが、練習しないと話せるようにすらならない。闘気と霊術の制御訓練、外骨格の制御訓練に発声練習……やることは山積みだ。
(むっ、誰か来たな)
私は発声練習を止めて外骨格も通常状態に戻し、更に目蓋を閉じて狸寝入りをする。これでも複眼があるので部屋の様子はバッチリ見えていた。
扉を開けて入ってきたのは、オルヴォと似たようなローブを被った霊術士らしきフル族の雄だった。フードのせいで顔はわからないが、少しだけ見えている手の肌色は青白く、かなり細かった。
目蓋を閉じているから眠っていると騙されたのか、その雄は不躾にその骨と皮だけの手で私の身体をベタベタと触り始める。色々な場所を触られて気持ち悪いが、反撃も出来ないので我慢していた。
「本当に成功させてやがる……クソッ!」
するとその雄は顔を醜く歪めて吐き捨てるように言いながら、私の顔面を殴り付けた。しかし、鍛えてもいないらしい雄の拳は私に何の痛痒も与えられない。ビックリしただけで意味はなかった。
逆に固い下顎を殴ったからか自分の拳を押さえて唸っている。何がしたかったんだ、お前は……それに先ずお前は誰なんだよ。自由に動いて良いならここで殺しているぞ?
その雄は忌々しげに私を睨み付けている。完全に自爆であるのに恨まれても困るのだが……おや?聞こえにくいが、もう一つ足音が聞こえてきた。オルヴォのものではないのは確実だが、足音から相手の情報がほとんどわからなかった。
足音を小さくする技術を習得しているに違いない。一体何者なのだろうか?私はやはり目蓋を閉じたまま、忍び足の何者かが来るのをじっと待っていた。
「お戯れが過ぎますぞ、カレルヴォ様」
「っ!?な、何だミカか。脅かすなよ!」
足音を消していたせいで全く気付いていなかったのか、カレルヴォと言うらしい雄は声を掛けられてひどく驚いていた。しかし、やって来たミカというフル族を見ると安心すると共に叱りつけてもいる。どうやら主従関係にあるようだな。
カレルヴォは放っておくとして、このミカという雄は興味深い。年はゲオルグよりも下の中年で、灰色の髪を後ろに撫で付けている。背は高めで目付きは鋭く、整えた顎髭がよく似合っている。服装は若様の屋敷にいた使用人とそっくりだが、右目には眼帯を着けていた。
この雄はかなり強い。霊力の強さはさほどでもないが、闘気の方は私と同じかそれ以上だ。しかも本来の実力を上手に隠したり忍び足で進んだりしていることから、高い技量を有しているのもわかる。もしも戦いになったなら、慣れていないこの身体ではきっと苦戦は免れないだろう。
「そちらの方はオルヴォ様がお作りになった合成獣でございます」
「ふん!知っているよ、そんなことは。失敗してないかどうか、チェックしてやろうと思ったんだよ。兄であるこの僕がな!」
「……お互いの研究と作品には不干渉を貫くとお決めになったでしょうに」
私が分析している間に交わされた会話によれば、カレルヴォはオルヴォの兄らしい。そして雰囲気から察するに兄弟の仲は決して良くない、と。ミカは間に挟まれているのか、困っているようだった。
「なら、お前は何をしに来たんだ?」
「オルヴォ様がその方にお食事をご用意するようにと指示されましたので、運んできた次第にございます」
ミカは銀色の蓋がしてある皿を両手で抱えている。おお、あれは私の餌か。この身体がどれくらいの量の食事を必要とするのかわからないので、持ってきてくれたのは非常に助かるぞ!
それを聞いたカレルヴォは面白くなさそうに鼻を鳴らし……それから邪悪さを隠そうともしない笑みを浮かべる。今度はどんな余計なことをするつもりだ?
「合成獣の餌か。見せてみろ」
「……どうぞ」
ミカは一瞬迷ったようだが、蓋を開けて中身を見せる。皿の上に乗っていたのは幾つかのパンと焼いた肉と魚、そして野菜が入った汁だった。フル族の事情は知らないが、皿の上のパンはどれも奴隷に分けてもらったものよりも上等そうだ。比較的に豪華な食事なのかもしれない。
あ、私って野菜を食べられるのだろうか?これまで劇物入り生肉ばかり食べていたからわからない。レカ族の身体と混ざっているから平気なのか?何だか食べるのが怖くなってきたぞ……!
「おいおい、これではヒトの食べ物だろう?合成獣の餌は……こうだ!」
カレルヴォは服の袖から取り出した何かを皿の上にぶちまける。それは毒々しい色の液体だった。かなりキツい刺激臭がここまで届いてくる。明らかに食べても良いモノではなさそうだ。何てことをするんだ、この野郎……!
「カレルヴォ様……!」
「何だ?これは高価な栄養剤だぞ?それとも僕の、好意を、無為にするのか?ただの使用人風情が?」
「いえ、そのようなことはありません」
「だったらさっさと餌を食べさせろ。今すぐに!」
逆らえないらしいミカは汚い液体が掛かった餌を私の前に持ってくる。そして小さな声で「すまない」と言いながらパンを私の口に近付けた。
カレルヴォは嫌がる私と、それでも無理矢理食べさせるミカが見たいのだろうな。このまま寝たふりをして無視しても良いのだが……カレルヴォに悔しい思いをさせてやりたい。よし、食うか!
「ガアァ……ガブッ!」
「ひぃっ!?」
私は三つの目蓋を開けながら頬の鋏を広げてパンを掴むと、ひったくるようにして口に運んで咀嚼する。おっ、ヒト種の歯と顎ってこんなに簡単に噛めるのか。奴隷のパンに比べて柔らかいというのもあるが、いとも簡単に飲み込めるようになっていた。
肝心の味だが……蠍時代に食っていたモノよりはマシだな。ヒト種の舌は敏感らしく、しきりに私の頭に不快感を送ってくる。しかし、我慢すれば食べられる程度であった。
私は頬の鋏を伸ばし、ミカが差し出す餌を次々に食らっていく。その勢いにカレルヴォだけでなくミカまでも圧倒されているようだった。
「ムグムグ……ゴクン」
はい、完食。私は食べ終えると再び目を閉じて頬の鋏を舌で舐めて手入れをしてから収納して狸寝入りに戻る。しばらく硬直していたカレルヴォだったが、顔を真っ赤にしながら肩を怒らせて大股で部屋から去っていった。ふっふっふ、どうやら私の勝ちのようだな!
ミカは出ていったカレルヴォの背中を少しの間見詰めていたが、頭を振ってから私の方を向く。そして微かに笑みを浮かべながら慇懃に頭を下げるのだった。




