最期の想い
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深紅の輝きに包まれた後、私は気を失うかと思ったが私の意識は意外なことに保たれていた。今の私は深紅の空間に浮かぶ白い球体である。暖かいぬるま湯の中をフワフワと漂っている感覚だ。気持ちがいいと思ってしまうのが少し悔しい。
今、私の身体はあのレカ族と一つになっているのだろう。そして目が覚めた時には一頭の合成獣になっている……はぁ、嫌だなぁ。ヒト種と混ざったらどんな姿になるのだろうか?節足が脚になって、頭部がレカ族のそれになるのかも……想像したくない。
(ん?あれは何だ?)
自分の姿がどうなるのかを想像しながら深紅の空間を漂っていると、小さい白い粉が浮かんでいるのに気が付いた。導かれるように私が粉に近付くと、粉は自然と私に吸い込まれていった。
その瞬間、私の中に幾つものビジョンが流れ込んでくる。それは殺されたレカ族の雄の断片的な記憶であった。名前はヤロ。北方の小国で、娼婦の息子として生まれる。父親が誰なのかは知らぬまま育ち、母親は幼い時に他界。以後はストリートチルドレンとして生きるために盗みを繰り返すようになる。
盗みが見付かってリンチに会うこともあったが、どうにかこうにか生き延びた。そしてスラムを牛耳る組織の末端として組織的な犯罪に与するようになる。大体の仕事はみかじめ料の回収であるが、時には人攫いも行っていたらしい。
私とは方向性が異なるが、中々にハードな人生だ。そうする以外に生きる方法がなかったのだろうが、悪党なのは間違いない。しかし、いくら悪党だからと言って私と合成するための素材として利用されたのは哀れだと思った。
(これは……)
そうして断片的な記憶からヤロの人生を知った私であるが、特に鮮明に残る記憶があった。それは一人の雌との記憶。ヤロが入れあげていた一人の娼婦についての記憶だった。
その娼婦の名はオリヴィア。この雌のことをヤロは取り立てて美人だとは思っていなかったらしい。だが、隣にいるとホッとする性格に惹かれていたのである。密かに金を貯め、身請けして夫婦になろうとまで考えていたようだ。それをオリヴィアの方も受け入れており、後は金が貯まるのを待つのみと言う状態だった。
しかし、その前に霊術士に殺されて人生は終わりを告げた。きっとあの白い粉はヤロの魂の欠片か何かだろう。死んだばかりの身体にほんの少しだけ残った残りカス。それも私に吸収されて消えてしまった。
魂が一つになることはないと言っていたが、吸収したのは事実である。どうやらしっかりとした魂同士なら無理だが、この世に残った微細な残りカスなら話は別らしい。とにかく、残りカスが私に吸収された瞬間にヤロは完全に死んだと言える。ヤロの魂は消滅し、肉体は私と合成されるのだ。
(悪党だったのは間違いないが……ふむ)
欠片が見せた最後のビジョンは、ヤロが最期の瞬間に想っていたことだった。それはオリヴィアについてである。夫婦になりたかったという無念と、それ以上にその雌の幸せを願っていたのだ。
ヤロは他者を食い物にして生きてきた悪党である。故にどんな死に方をしても同情してくれる者の方が少ないだろう。
しかし私は、最期の想いを見た上にその肉体を奪った私だけは事情が異なる。それが私の意思ではなかったにせよ、その想いを知っているのは私だけなのだから。
(ヤロよ、私がお前の代わりに何時か必ずオリヴィアの安否を確かめてやる。そう易々と自由になれるとは思えんから、時間が掛かることだけは許せよ)
私は霊術士の使役する合成獣として働かされることだろう。だが、私は生まれてから二年と少しの間も自由を奪われた状態で飼育されていた。だから耐えるのには慣れている。
その屈辱に耐えて、耐えて、耐え続けて……隙を見て逃げ出すのだ。その時にあの霊術士を殺せれば最上だろう。ヤロの恨みを晴らせるし、何より私も勝手に合成獣にされて腹が立っているからな!
(うおぉっ!?……そうか、ついに身体が出来上がったと言うことか)
最初から脱出するつもりではあったが、その後の目的が出来たところで私は何かに強く引っ張られていく。それが器である肉体が完成し、そこへ魂が呼ばれているのだと本能的にわかる。フワフワと浮かぶ感覚は心地よく、同時に何故か懐かしくもあったので名残惜しいが……逆らうことは出来なかった。
引っ張られた私は何か柔らかいモノに接触すると、その中にズブズブと沈んでいく。まるで泥のような感触だが、沈むと同時に泥の中に私が……私の魂が溶けるようにして広がっていく感覚がある。そして泥の全体に魂が行き渡り、馴染んでいった。それと同時に急激に睡魔がやって来て、そのまま私は気を失った。
◆◇◆◇◆◇
秘密結社『第七の御柱』の霊術士、オルヴォが合成獣の製作に使っている部屋では、今まさに彼の研究の集大成とも言うべき作品が完成しつつある。霊術回路によって部屋の中心で輝く球体が発生し、その中で素材が融合しているのだ。
それを見つめる彼の顔は愉悦と興奮に彩られ、失敗することへの不安による翳りは一切ない。彼は自分と自分が構築した理論に絶対的な自信を持っているからだ。
しばらくすると、深紅の輝きを放っていた部屋中に刻まれた霊術回路が徐々に輝きを弱めていく。合成の過程が全て終わりつつあるのだ。
「肉体の構成は完璧、魂の定着も順調……実験を繰り返して回路の改良を重ねた甲斐があったよ」
オルヴォは合成獣を製作するときの問題の元凶が魂だと突き止めた。しかし、実際はそこからの方が大変だった。
合成獣の素材として死体を使うことは出来ない。身体が腐って死んでしまうからだ。それ故に『魂はないのに生きている生物』という矛盾した存在を用意する必要があったのである。
そこでオルヴォは魂の合一は不可能だと教えてくれた仲間に再び助言を求めた。そもそも秘密結社『第七の御柱』は何らかの野望を持つ組織ではない。資金稼ぎや研究のために悪事を働くこともあるが、本来は様々な分野の研究者が常識や倫理に囚われず、自由に研究するための互助組織である。専門家に助言を求め合うのは当然のこととして行われていた。
オルヴォの質問に対して、その専門家はそんな存在は知らないと言った。落胆したオルヴォだったが、面白い研究テーマだとして積極的に研究に協力し始める。二人の共同研究によって遂に『魂はないのに生きている生物』の作成方法は確立したのだ。
そこからはひたすら実験を繰り返すことで、これまでは魂のせいで安定しなかった『デザイン通りの合成獣の製作』の方法をも確立させた。これまではどのような姿になるのかは運任せだったが、魂が一つなのでそのようなことまで可能になったのである。
「失敗作もあったけど、最終的には思い通りに調整出来るようになった。全く同じ形状に仕上がった時には感動したねぇ……まあ、そこまでは運が良ければ出来ること。これが成功すれば、不可能と言われたことが一つ可能になるんだ!」
ただし、同じ形状の合成獣は回数をこなせば完成する可能性はあった。それ故に、これだけでは合成獣研究の集大成とは言えない。彼が成そうとしているのは、あらゆる合成獣の専門家に不可能だった『ヒト種を用いた戦闘用合成獣の作成』だった。
合成獣作成について、冥王蠍達に語らなかった問題が一つある。それは素材としてヒト種を用いると必ず失敗作になるというもの。これまでは原因が不明であったが、オルヴォと協力者は『知性が高いヒト種は魂の自我も強く、そのせいで他の生物の魂に対して拒絶反応があまりにも強く出てしまうからだ』と結論付けた。
不可能と言われたヒト種を使った合成獣作成を成功させるだけではなく、それを戦闘にも使える個体に仕上げること。それこそがオルヴォの合成獣研究における終着点の一つであった。
「でも、今回使うのはヒト種の肉体のみ。魂は別物だし、何よりも強い霊力を持ってる。霊力は魂が発する力……拒絶反応が出るどころか、肉体の方を従えてしまいそうだよね」
オルヴォはケラケラと笑いながらこれからの研究について想いを馳せる。今使っている素材の魂はヒト種ではなく、冥王蠍のモノ。拒絶反応が出やすいヒト種の魂ではないのだ。
次はヒト種の魂を肉体に定着させる実験をしなければなるまい。一つの真理を解き明かしても、探究すべきことは幾らでも残っている。そのことがオルヴォはとても楽しかった。
「おおっ!」
霊術回路の輝きが完全に消え、光の球体も薄くなっていく。すると床に何かが落ちる音が部屋中に響き渡る。その音の発生源は、部屋の中心に横たわる全裸の男性だった。
背格好は素材となったレカ族の若者、ヤロのそれと同じである。しかし、肘から先の腕と膝から先の脚は黒い鎧のような外骨格で包まれており、腰の付け根からは同じく外骨格に包まれた胴回りほどもある太い尻尾が生えていた。
「よしよし!ヒト種の形状を残しつつ、蠍の武器を残す調整は成功だ……うん?」
自分のデザイン通りの出来映えに納得していたオルヴォだったが、想定外の事態に硬直した。何故ならレカ族の特徴である額の第三の眼の左右に二つずつ、赤い宝石のような複眼があったからだ。
まさかと思い、その身体を仰向けにして顔を上に向ける。そして見た。外骨格に包まれている下顎と、小さな鋏が格納されている頬を。
オルヴォは好奇心のままに頬の鋏を摘まんで引っ張ると、横に大きく広がった。その奥にある歯は全てヒト種と同じだが、頬の鋏は明らかに蠍のモノと同じである。
「ああ、そうか!眼と口については条件を指定してなかったよ!忘れてた!アハハハ!」
完成した合成獣の口と眼は、蠍とヒト種の形状が混じりあったものになってしまった。思い出してみれば、四肢の形状や尻尾の有無、ヒト種と同じ骨格になるように調整はした。しかし、耳や眼、鼻などの細かいパーツは一度も考慮していなかったのだ。
自分のミスに気付いたオルヴォは爆笑した。細かくデザインが可能になったのに、全体の形状にばかり意識が向いて顔については疎かになってしまった自分が滑稽に思えたからだ。
「まあ、これはこれで味があるかも?それにこのくらい怖い顔の方が敵に威圧感を与えられるし……うん、むしろこれが良いや。次から気を付け……いや、待てよ?眼のデザイン……ちょっと確認」
オルヴォは眠っている合成獣の目蓋を持ち上げる。その下にある眼もまた、三つとも全て複眼になっているではないか。それを見たオルヴォは、再び楽しそうに笑い始めるのだった。




