輜重車隊襲撃作戦
今回から新章が始まります。
アルテラ歴八百三十年の夏。世界で二番目に大きなエンゾ大陸では、七年前から悩まされているとある問題があった。その問題とは北方に海を越えてやって来た者達による侵略である。
侵略者の軍勢は強かった。奴等は様々なギミックを仕込まれた重装の鎧で身を固め、金属の礫を高速で射出したり爆発する炎弾を放ったりする武器で凪ぎ払うのである。銃と呼称されるようになった武器の威力は凄まじく、闘気や霊術を用いて戦う訓練を積んだ熟練の戦士でなければ太刀打ち出来なかった。
この重装鎧に銃を持つ兵士は機鎧兵と呼ばれているのだが、機鎧兵は侵略軍の切り札でもなんでもない。実に軍勢の九割以上を機鎧兵が占めているのだ。つまり、侵略軍にとって熟練の戦士と同等の戦力が雑兵扱いなのである。
それに加えて精鋭部隊とでも言うべき特に強力な機鎧兵まで存在している。白く塗装された重装鎧から白機兵と呼ばており、その強さは各国で英雄と称えられる強者と同等だ。更に高度な技術で作られた様々な兵器を運用しており、同じ人数でぶつかり合えば絶対に勝てないほど戦力に差があった。
圧倒的な軍事力を前に、エンゾ大陸の国々は協力して戦った。侵略されている北方諸国だけではなく、大陸中央部の諸国家も援軍を派遣して大陸連合軍を結成したのである。そうして隠しきれない質の差を数で補い、一進一退の攻防を続けている。
侵略軍と連合軍の戦力が拮抗したことで戦線は硬直し、小規模な戦闘が起きるばかりで互いに決定的な勝利を得られないまま数年が経過していた。次に大規模な戦闘が起きた時、その結果によってこの戦争の勝敗が決すると言われている。
「お頭、皆配置に付きやしたぜ」
侵略軍と連合軍がにらみ合いを続ける戦線の北側、すなわち侵略軍の占領領域の街道近くの森に潜伏する者達がいた。彼らが隠れていること、そして侵略軍の特徴である機鎧を装備していないことから連合軍の部隊であることは明らかであろう。
顔に大きな向う傷が走る禿頭の大男が報告したのは、黒い鎧を纏った金髪の男だった。禿頭の男よりは小柄だが背が高く、背中には分厚く長い両手剣を背負っている。男はため息を吐きながら、大男の禿頭のピシャリと軽く叩いた。
「俺はもう頭じゃねぇって言っただろうが。そろそろ慣れやがれ」
「す、すいやせん!えっと、族長!」
叱られた大男はヘコヘコと頭を下げて平謝りする。それを見た十数人の仲間達はゲラゲラと笑っていた。だが、そうやって笑う仲間達を金髪の男は睨んで言った。お前達も大して変わらないだろう、と。
「テメェ等も未だに間違えてばっかりだろうが……ったく、あの人が気にしねぇからって調子に乗りすぎんなよ」
「「「へい、族長」」」
返事だけは一人前だな、と呆れながらも倒木に腰掛けていた金髪の男は武器を持って立ち上がった。彼の得物は身の丈に近い大きさの分厚い両手剣である。彼は鞘の代わりに巻いている布をほどくと、それを腰のベルトに挟みこんだ。
それと同時に彼の仲間達も各々の武器を準備し始める。ある者は弓を、ある者は槍を、またある者は戦鎚を装備していた。ちなみに禿頭の男の得物は巨大な戦斧であり、とてつもなく重そうなそれを軽々と持ち上げて肩に担いだ。
「何度もやってるから分かってるだろうが、一応最後の確認だ。標的はこの街道を通る輜重車隊。ようはメシ運びの邪魔が今回の仕事だ」
「地味に利く嫌がらせっすね。メシがなけりゃ、兵士の動きは嫌でも鈍るってもんでさ」
「おう。作戦はいつも通り、ボスが奇襲を仕掛けて混乱した敵を引っ掻き回す。護衛を皆殺しにして、輜重車を壊して火を放ったらトンズラだ。ただし、俺達が少々やり過ぎたから護衛の数は多くなってるらしい。気は抜くなよ」
彼らが息を潜めて待機していると、街道の先から五台の馬車とそれを護衛する部隊の一団がやって来た。金髪の男が言った通り、護衛の人数は五十人ほどとかなり多い。以前に同じ規模の部隊を襲撃した時の倍の人数であった。
金髪の男はやっぱりこうなったか、と舌打ちをする。自分達の実力であれば、任務の達成自体は可能であろう。しかし確実に怪我人は出るし、可能性は低いが死人も出るかもしれない。怪我は仕方がないにせよ、死人を出すことだけは避けたかった。
(敵に技術を渡さないため、死んだ仲間の死体は灰にしろ……だからな、クソッタレ)
金髪の男は内心で自分に命令をした相手を罵倒しながら、無意識に左手を自分の首に添える。そこには複雑な刺青が彫られており、それは霊術回路になっていた。
同じ刺青が仲間達の全員に彫られている。その効果は隷属。闘獣の首に装着される『隷属の首輪』と同じ効果を発揮するものだ。彼らは戦うための奴隷、すなわち戦奴として使役されているのである。
それ故に彼らは術士の命令に従わなければならない。例え自分にとって従いたくない命令であっても、絶対に逆らえないのだ。
「むっ……わかったぜ、ボス。テメェ等、ボスから連絡があった。そろそろ仕掛けるぞ」
金髪の男が小声でそう伝えると、仲間達は無言で頷く。そうして数十秒ほど経った後、五台ある輜重車の内、中央に位置する輜重車が急にひっくり返った。輜重車が通っていた場所の真下に穴が開いており、輜重車は地中から飛び出した何かによって攻撃されたのだ。
護衛していた機鎧兵は一斉に武器を抜き、土煙の中にいる襲撃者に向かって銃を乱射する。内側に刻まれた霊術回路によって高速で弾丸が射出され、襲撃者を蜂の巣にせんと襲い掛かる。しかし、土煙の中から聞こえたのは肉体が千切れ飛ぶ湿った音ではなく、金属が弾かれる硬質な音だった。
「行くぞ、テメェ等!ガオオオオオオオオッ!!!」
「「ガルルルルルルルル!!!」」
敵の注意が襲撃者に逸れたタイミングで、金髪の男達は雄叫びを上げながら木陰から飛び出した。武器を構えて駆ける彼らは、走っている最中に金髪の男の頭部は鼻先が延びて口が裂け、犬歯も延びて鋭い牙となっていく。駆け出してからものの数秒で、彼の頭部は虎のそれに変貌を遂げていた。
姿を変えたのは彼一人ではない。仲間達も同じように変貌していく。禿頭の男は狂暴そうな大猿に、槍を構えていた者は真紅の蜥蜴に、戦鎚の担いでいた者は腕が太い熊に、そして弓を持っていた者は翼を生やして空中から矢を放って援護していた。
「■■■■■!?」
「■■■■、■■■■■■!」
侵略軍はエンゾ大陸とは異なる言語を用いているので、何を言っているのかわからない。しかし、機鎧兵が混乱していることは確かであった。怒号が飛び交う中、金色の虎となった男は両手剣を盾にして銃弾を防ぎながら突撃し、輜重車部隊の先頭にいた機鎧兵を鎧ごと叩き斬った。
仲間達も次々に機鎧兵を仕留めていく。戦斧が頭頂から股まで両断し、槍が鎧ごと急所を貫き、毒が塗られた矢が鎧の隙間から突き刺さる。彼らの仕掛けた奇襲は成功し、護衛に大打撃を与えてみせた。
しかし、機鎧兵もすぐに反撃に出た。素早く態勢を立て直し、二十人ほどが機鎧のギミックを作動させる。すると背中に腕の装甲の一部が変形して剣に変わった。持っていた銃を背中に背負って迎撃する。他の機鎧兵は銃によって後方から援護し始めた。
機鎧兵の動きはそれなりに訓練を積んだ戦士程度なので、純粋な武芸の腕前では獣頭の戦士達には及ばない。しかし、刻まれた霊術回路によって身体能力と防御力を強化されているのが機鎧兵の厄介なところだ。前衛の機鎧兵は防御に徹して粘り、後方の銃撃が彼らの身体を撃ち抜いた。
「ぐっ……まだやれる!」
「痛ぇな、この野郎!」
だが、獣頭の戦士達は銃弾で貫かれながらも止まらずに戦い続けていた。銃創は立ちどころに治癒していき、痛みを怒りと戦意に代えて各々が武器を振るっている。
彼らは奮戦しているが、それが長く続かないことは重々承知している。銃創が塞がるとは言え撃たれた時の激痛は辛いし、出血による体力の低下も無視出来ないからだ。
「ガオオオオオオッ!」
「ガルルルルルルッ!」
ただし、彼らの奇襲は三段構えだった。最初に地中から、次に輜重車部隊の前方から、そして最後に後方から仕掛けるのだ。
三回目の奇襲は想定していなかったのか、後方から襲われた機鎧兵は大打撃を受けたらしい。後方から大きな怒号と悲鳴が街道に響き渡った。虎頭の戦士と斬り結んでいた機鎧兵はそれに動揺し、動きがほんの少しだけ鈍くなる。その隙を虎頭の戦士は見逃さなかった。
「死ね、クソ鎧野郎!ガルアアアッ!」
「■■■……!」
両手剣によって機鎧兵の剣を上から撃ち落とすと、彼は大きく口を開けて機鎧兵の兜に噛み付いた。鋭い牙が強靭な顎によって押し込まれ、兜の装甲を貫いていく。機鎧兵の頭部は、その兜ごと噛み潰されてしまった。
虎頭の戦士は機鎧兵の剣を拾うと、近くの機鎧兵に向かって投擲する。剣は鎧によって弾かれたものの、重いモノが激突した衝撃によってその身体がよろめいた。そこへ踏み込んだ虎頭の戦士は両手剣で下段から斬り上げ、また一人の機鎧兵を仕留めてみせた。
「■■■■■!」
「ガアアッ!?」
虎頭の戦士はその強さを見せ付け過ぎたらしい。気付けば幾つもの銃口が彼の方を向いており、一斉に鋼の礫を射出した。咄嗟に両手剣を盾にして急所への被弾は防いだものの、運悪く膝を撃ち抜かれたらしい。力が入らず、彼は膝を着いてしまった。
治癒はもう始まっているので数秒後には立てるようになるだろう。しかし、幾つもの銃口を前にして動きを止めるのは致命的である。再び放たれた一斉射撃が、彼の身体を蜂の巣にするかに思われた。
だが、銃弾が彼に届くことはなかった。機鎧兵と彼の間の地面が盛り上がり、砂の壁となって銃弾を受け止めたからである。銃弾はバフッと気の抜けた音と共に、砂の壁の中程で止められた。
「■■■■!?」
「■■■、■■■■!」
機鎧兵達は驚きながらも、銃弾の雨によって砂の壁を崩そうと試みた。しかしその直前、二人の機鎧兵の胸に一本ずつ剣が生えた。後方から忍び寄った何者かに鎧ごと心臓を貫かれたのである。
仲間の機鎧兵達が慌てて振り返った時にはもう遅かった。忍び寄った何者かは素早く剣を引き抜くと、両手に持った剣で次々と機鎧兵を斬殺していく。右手に持った丸みのある先端の直剣が鎧の隙間から急所を抉り、左手に持った分厚い片刃の剣が鎧ごと肉も骨も断って見せた。
「ボス、後ろだ!」
「■■■■■■!」
虎頭の戦士の声が届く前に、一人の機鎧兵が背後から斬りかかる。お頭と呼ばれた男は振り向くことはない。それは反応出来なかったからではなく、振り向く必要がなかったからだ。
剣が肌に触れる直前に、機鎧兵の腹部に大きな衝撃が走る。そしてそのまま腹部を突き上げられるようにして身体を持ち上げられた。機鎧兵の身体を持ち上げたのは、ボスの腰から延びる外骨格に包まれた……蠍の尻尾であった。




