長い夜が明けた朝
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クーデターの夜が明けた朝。クーデターを主導するルートヴィヒ王子とダルバレン公爵の元に入ってきた情報はとてもではないが信じられない話であった。
「聖騎士が……マリウス聖騎士団が、壊滅?『雷光』のガイウスが討ち死に?面白くない冗談だ」
「残念ながら事実です、公爵閣下。冗談ならどれほど良かったか……」
マリウス聖騎士団の壊滅。その事実は彼らにとってかなりの痛手であった。クーデターによって王都は制圧したものの、まだマリウス聖騎士団の戦力は彼らに必要なものだったからだ。
王都には複数の教会が存在する。正義教会にとってのマリウス聖騎士団のように、各教会は守護の戦力を有している。数の面で聖騎士団には劣るものの、一人一人の質では同格かそれ以上の者達もいるだろう。
しかし彼らの多くは政治には不介入だ。教会の建物を破壊したり、信徒を理不尽に弾圧したりしない限り敵対することはない。故に街を制圧する時も細心の注意を払っていた。オルヴォへの依頼でも、教会に関係する施設は壊さないように徹底していた。
全ては敵を無駄に増やさないための小細工である。だが、完全に中立のままにさせるのは無理だとダルバレン公爵もわかっていた。クーデターに巻き込まれて死ぬ被害者に、様々な教会の敬虔な信徒が混ざることは想定されていたからだ。
すると義憤に駆られて反乱を起こす教会が現れるのは想像に難くない。それを抑えるための戦力としてマリウス聖騎士団は必須だったのだ。激発した教会勢力を別の教会勢力に鎮圧させることで、クーデター政権に怒りの矛先を向けさせないために。
「ガッ、ガイウス殿が……!?これからどうすれば良いのだ、宰相!?」
「落ち着きなされ、陛下。王たるもの、動じる姿を臣下に見せてはなりません」
慌てふためくルートヴィヒ王子を、落ち着き払ったダルバレン公爵が諌めた。彼らがいるのは重臣が集まる時に用いられる会議室である。そこにいるメンバーはクーデターに参加した者達ばかりで、彼らには既に大臣などの役職が与えられていた。
国王は自ら王位を譲らなかったが、宰相となったダルバレン公爵主導で戴冠の式典を夜明けと共に行っている。それによってルートヴィヒ王子は既に王子ではなく、国王ルートヴィヒ二世として即位したのだ。
頭に王冠を乗せた新王であるが、その顔に浮かぶのは恐怖であった。正義教会に近しい彼はガイウスの武勇伝を幾つも知っている。聖騎士団で随一の剣士であり、『雷光』と呼ばれるに足る優れた術士であり、人々を苦しめる悪人や危険な生物を数えきれないほど討伐した英傑。それがガイウスへの評価であった。
それが何者かに敗れ、死体となって発見されたというのだ。ガイウスの武勇への信頼の強さが、そっくりそのまま恐怖の強さになっている。それは他の信徒達も同じことであり、そんな者達を宥めるために正義教会のダニエル司教は奔走していた。
公爵に諌められて少しは落ち着いたものの、恐怖を完全に払拭することは出来ないらしい。彼はしきりに膝を揺らしていた。
「聖騎士団の壊滅は確かに痛手でしょう。ですが、ご安心下さい。我々には虎の子の機鎧兵がおります。元から巡回と治安維持は彼らの役割。万が一にも教会勢力が蜂起したとしても、彼らが鎮圧してみせましょう」
ダルバレン公爵の、ひいてはクーデター勢力の持つ切り札。それが機鎧兵と呼ばれる兵士達だった。これは北方を脅かす侵略者の軍団が用いている武装であり、鹵獲したそれを密かに集めた職人に修復させていたのだ。
これこそ二年前にダルバレン公爵が北方へ援軍を送ることを強く主張した理由だった。カール王子達は軍務大臣として戦功を挙げたいからだと自分の中の違和感を納得させていたが、あの時には既にクーデターの下準備は始まっていたのである。
「彼らも聖騎士に負けぬ敬虔な信徒。立派に代わりを果たしてくれましょう」
「そうか……そうだな。頼りにしているぞ、宰相」
「有り難きお言葉にございます、陛下」
どうにかルートヴィヒ二世に平静を取り戻させた後、現状の確認や細かい情報の共有を終わらせて会議は終了した。王宮の中にある宰相の執務室に戻ったダルバレン公爵は、大きく柔らかな椅子に座って思案を巡らせる。それはもちろん、これから先のことについてであった。
(クーデターは成功したものの、失った戦力は大き過ぎる。陛下にはああ言ったが、王都の治安維持は難しいだろう……あの術士との契約期間をもっと延ばしておくべきだったか?こうなると宰相になる話を受けておいて良かった。失敗したとて責任なら新たな軍務大臣に取らせれば良いのだから)
ダルバレン公爵は顎に手を当てながら思考を止めない。クーデターが成功したものの、ここからが重要であるからだ。クーデターに協力した貴族や戦った兵士への報酬、戦いで燃えた貴族街と市街の再建、地方にいる貴族達に新王の即位と宗教改革についてどう納得させるのか……彼が考えなければならないことは多かった。
公爵はとりあえず目の前にある仕事を片付けるべく机に向かって書類を捌き始める。慣れた手付きで素早く仕事をしていると、コンコンと執務室の扉がノックされた。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのはダルバレン公爵が信頼している騎士の一人である。彼は丁寧な礼をしてから報告書の束を公爵に差し出した。その内容は貴族街の被害状況と聖騎士団の壊滅について調べたものだった。
公爵は先ずは貴族街の状況についてざっと目を通して思わず眉を顰めた。聖騎士が悪とみなした相手に容赦がないことは承知していたが、悪徳貴族とされる一族は子供までも手に掛けていたからだ。
貴族社会では血統を重視するからこそ、父祖の罪過も子孫に引き継がれる。しかし、だからと言って子供を殺すことを良しとする訳ではない。公爵が抵抗する力を持たない相手にも慈悲を見せない聖騎士に嫌悪感を抱くのも無理はなかった。
ただし、どうやら混乱に乗じて逃げおおせた貴族の子女が何人かいるらしい。少しだけ安心した一方で、その子供達は決して自分達を許さないことも理解している。公爵は考えねばならないことが増えたとため息を吐いた。
「閣下、くれぐれも司教の前でそのような顔をなさいませぬよう」
「ああ、わかっている。気を付けるようにしよう……おい、これは本当か?」
忠言を受け入れながら貴族街についての報告を読み終わった公爵だったが、次の報告書を見て片眉を上げる。そこには聖騎士団を壊滅させた犯人が判明したと記述されていたからだ。
「はっ。複数の目撃証言がありました。口裏合わせをした様子もございません」
「そうか……しかし、逃げ出した闘獣の仕業だったとはな。侯爵の倅が飼っていたのは、どうやら大層な化物だったらしい」
『雷光』のガイウスと冥王蠍は派手に戦っていたので、目撃した者は何人もいる。ただし、戦いの最後がどうなったのかまで知る者はいなかった。それは冥王蠍が発生させた砂嵐から逃げたためである。
わかっていることは聖騎士は死に、冥王蠍の死体は見付かっていないことだ。ガイウスとの戦いで重傷を負ったようなので、どこかで死んでいるか王都から逃げ出した可能性は高い。
だが、聖騎士団を単独で壊滅させる化物がまだ王都に潜んでいるのかもしれないのも事実である。治安維持のためという名目で巡回の強化をしなければなるまい。公爵は仕事がまた増えた、と重苦しいため息を吐くのだった。
◆◇◆◇◆◇
公爵が報告書を読んでいる頃、王都のスラム街にあるみすぼらしい集合住宅に何十人ほどの女性が集まっていた。その半数は薄汚れた寝間着姿の、しかし育ちの良さそうな淑女。もう半分は思い思いの武装で身を固めた戦士である。彼女達は貴族街に住んでいた貴族の女性と、その護衛の戦士であった。
この集合住宅は外観とは違って内装はしっかりしており、出入口のある一階には凛々しい女神の石像が鎮座されている。実はこの建物、集合住宅に偽装した教会なのだ。
教会で祀っているのは『守護の女神』。千年ほど前に神に至った女性である。彼女は生涯、同じく神に至った女性の護衛として仕えた戦士として知られる。故にその信徒もまた、命を懸けて主人と仰ぐ女性の護衛として仕えるのだ。
そしてこの集合住宅はいざという時の避難所である。王都の地下に張り巡らされた下水道にはこの建物に繋がる隠し通路が張り巡らされており、その全容を把握しているのは護衛の戦士達だけ。そうして彼女らは主人を連れて貴族街からここまで逃げることが出来たのである。
「埃が多いな……お嬢様、お手をどうぞ」
「ゴホッ、ゴホッ!ありがとう、レイラ。ここまで来れば一安心ですわね」
そして今も女神像の前にある床が左右に開き、その下から一人の戦士とその主人である令嬢が現れた。真っ赤な鎧に身を包んだ金髪の戦士と、燃えるような赤い髪と勝ち気そうな鳶色の瞳の令嬢は安全が確保されたことで胸を撫で下ろす。そして生き延びる道を示してくれた『守護の女神』に感謝の祈りを捧げた。
この建物には彼女達と同じ境遇の女性が集まっているが、その顔は決して明るくない。深夜に自宅を襲撃され、着の身着のまま臭くて汚い下水道を通って逃げてきたのだ。中には両親や兄弟、夫を目の前で殺された者もいる。明るく振る舞える訳がなかった。
「アーデルハイト様!ご無事だったのですね!」
だが、年齢が近い顔見知りと再会したとなれば話は別であった。椅子に座っていた令嬢の一人が立ち上がると、祈りを終えた令嬢の手を涙を流しながら握る。赤毛の令嬢、ダンマーレン公エルネスト・ルッツの長女アーデルハイトは自分の手を握った少女を見てニッコリと微笑んだ。
「リーゼ!それにヒルダも!無事で何よりですわ」
「心配していたのですよ、アーデルハイト様」
二人の令嬢はお互いの無事を喜び、それを確認するように抱き締め合った。同時に護衛の二人も目配せし合って生存を確認した。
リーゼと呼ばれた令嬢はアーデルハイトの手を引いて、集合住宅内の浴場へと向かった。ここは高貴な女性を匿うことを想定しているので、様々な配慮がなされている。浴場もその一つであった。
浴場で汗と汚れと臭いを洗い流した二人はリーゼが使っている部屋を訪れる。そこには意外なことにリーゼとその護衛のヒルダ以外にもう一人、この場では珍しい身分の少女が眠っていた。
「奴隷、ですか。リーゼロッテ様の所有物でしょうか?」
「酷い怪我ですわ……可哀想に」
眠っている少女は汚れた粗末な服を着た奴隷であった。身体中の至るところに巻かれた包帯には血が滲んでいる。特に酷いのは右腕で、肩から先を失っていた。
出血からか顔色は悪く、額には大量の脂汗が浮かんでい。アーデルハイトは悲しげにハンカチを取りだそうとして……そんなものがないことに気が付いた。そこで自分の寝間着の裾を破ると、ハンカチの代わりにして額の汗を拭ってやった。
「リーゼ、この子は?」
「逃げている時に偶然見付けまして……見捨てられずに連れて来たのです。ヒルダには無理を言ってしまいました」
「リーゼは優しいのね。連れて来たのなら、死なせないように看病しましょう。私も手伝いますわ」
「ありがとうございます!」
こうして二人の令嬢は、自分達にも余裕がない状況にあって見ず知らずの奴隷を看病し始める。令嬢達の我が儘に護衛の戦士達は苦笑を浮かべながらもちゃんと付き合った。
この三人の出会いは偶然か必然か。何れにせよ、二人の令嬢の尽力によって奴隷は生命を取り留めることとなる。それが後の歴史に如何なる影響を与えるのかを知る者は誰一人としていなかった。




