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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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王都の長い夜 その七

「ぐっ!?ど、毒か……ゴブッ……」

「足ぃぃ!?俺の足があぁぁ!?」


 私は敵の間を駆け回りながら、手当たり次第に攻撃していく。毒針で殺してしまうこともあれば、鋏で足首や脛を切断するだけで終わらせることもある。全員を殺さないのは慈悲でもなんでもなく、悲鳴を上げさせて混乱させるためだった。


 聖騎士も馬鹿じゃない。閃光によるショックから立ち直れば、きっと邪魔にならないように散ってしまうだろう。その前に行動不能な者や邪魔なのに破壊したくない仲間の死体を用意しておくのだ。


 きっと私の所業は聖騎士の基準でなくとも悪辣で卑劣に見えるだろう。しかし、この人数と格上の敵を相手に私が勝利して生き延びるためにはこれくらいしなければならないのだ。


「…………」


 老境の聖騎士は私を追い掛けてこちらに来て、長剣で鋭い突きを放つ。しかしこちらには肉の壁が、それも攻撃出来ない壁が存在している。長剣の取る軌道は限られて、予測も回避も防御も思いのままだ。長剣をあしらいながら、私は聖騎士の集団を次々と負傷させていった。


「散会しろ!団長の邪魔をするな!」

「だ、団長……!私ごと斬って下さい……!」


 むっ、聖騎士達め。もう立ち直りつつあるのか。予想より早い。やはり訓練を積んでいることだけはあって、統率がとれているのだろう。厄介な相手だ。


 動けない聖騎士の中には自分ごと私を斬るように懇願する者もいる。しかし、老境の聖騎士はそれを良しとしない性格だったらしい。ムッツリと押し黙ったまま、決して仲間を傷付けないように戦っていた。


 その優しさは間違いなく美点なのだろう。しかしながら、私にとっても実に都合が良かった。お陰で最後の下準備がどうにか整ったのだから!


「ギチチチチチチチチ!!!」


 私は絞り出すようにして霊力を高めると、地面の表層だけを砂に変えてから勢いよく巻き上げて砂嵐を作り出した。聖騎士達は何かにつかまったり剣を地面に刺したりして耐えるが、砂嵐は一部の聖騎士や負傷させていた聖騎士、それに死んだ聖騎士とその武器に街の瓦礫を巻き込んで大きくなっていく。


 運悪く武器が刺さったり瓦礫が直撃したりして死ぬ聖騎士もいたが、ほとんどは怪我すらしていない。このままでは鬱陶しいだけで効果的とは言えない範囲攻撃を行っているだけになっている。だが、それで良いのだ。


「……!」


 直立不動だった老境の聖騎士は、霊力で激しく輝く長剣を大きく振りかぶってから勢いよく振り上げた。下から上へ雷撃が昇り、私の砂嵐を内側からかき消してしまう。さらに枝分かれして巻き込まれていた瓦礫だけを正確に撃ち抜いた。


 瓦礫は粉になってしまい、落下した位置にいた聖騎士達は無事である。器用に霊術を使うものだ。空中に飛ばされていた聖騎士も落ちたが、そのほとんどは生きていた。


 闘気を使って肉体を強化したのだろう。もう少し高く飛ばせていればよかったのだが、そう上手くは行かないか。そこまで願うのは高望みと言うものだ。もう目的は果たしているのだから。


「ギチチッ!」

「……!」


 盛大な砂嵐は私の姿を一瞬でも見失わせるための目眩ましに過ぎない。老境の聖騎士が雷撃を放つ直前に、私は気配を可能な限り断ってから地面の中に潜って接近していたのだ。


 足元から勢い良く飛び掛かる。しかしこの程度の奇襲では聖騎士を驚かせることは出来ない。私が飛び出した時にはきっちり反応しており、すでに長剣を上段に構えていた。


 このままでは私は縦に両断されてしまう。破れかぶれの吶喊を撃ち破った……そう思っただろう?


「!?」


 ドチャッと湿った音と共に聖騎士の剣筋が乱れる。長剣は私の右の鋏の表面を削ったものの、私の身体ではなく地面を斬り裂いてしまう。聖騎士は信じられないモノを見るように自分の右膝を見ていた。


 聖騎士の右膝には裏側から先端が鋭い杭のようなモノが突き刺さっている。これは斬り飛ばされたもう一本の節足だった。これもまた、戦った相手の使った技を再現した霊術だ。


 『新人戦』で戦った戦人形。その製作者達がリベンジとして持ってきた新型が、両腕を射出する機能を持っていたのである。これを参考に、私は独自に遠くに離れた自分の一部を遠隔操作する霊術を習得した。派手で範囲が広い砂嵐は、本命の霊術に気付かせないための目眩ましでもあったのだ。


 それを応用して、斬られた節足を予想外の方向から飛んでくる飛び道具として利用したのである。闘気を使ったとしても動くために関節部分は柔らかいままになりがちだ。それに頑丈な鎧もそこは守れない……なら狙うしかないだろう?


 これが私の策。格下である私が作り出した最初にして最大の、そして恐らくは最後の好機。これを逃せば実力差から考えて次はない。絶対に仕留めるしかないのだ!


「ギィィィィッ!」

「ッ!!!」


 私は右の鋏と尾節で上下から同時に攻める。流石と言うべきか聖騎士は地面に刺さった長剣を強引に振って私の右の鋏の先端と三つの複眼を斬り裂いた。かなり痛いし血液が流れるのは辛いが、痛覚は制御して我慢出来るし私の複眼は十個もある。視界に問題はなかった。


 それに尾節は避けきれなかったらしい。猛毒をすでに滲ませている針は狙った首筋からは逸れたものの、左の頬から耳にかけてザックリと斬り裂いた。当然、傷口から身体に毒は入っていた。


 大型の生物ですら一滴で即死する毒を生成していたのだが、聖騎士は驚異的な生命力で生きている。生きたまま、長剣を振り上げていた。


 そこからの私の動きは無意識に行われたものだった。霊術で砂を操って素早く左の鋏を形作ると、大きく開いてから聖騎士の胴体に突き刺す。そして全力で挟むことで右の脇腹から背骨にかけてを切断した。


「ゴガッ……!」

「ギシィィッ……!」


 だが、同時に聖騎士の剣も振り下ろされていた。逆手に持ち変えていた長剣が私の身体を貫き、切っ先は地面に深々と刺さって私を地面に縫い付けている。これはかなりの深傷だ……致命傷と言っても良いかもしれない。


 まるでゲオルグが持っていた標本のようになってしまった。私は苦悶の呻きを上げながら、他人事のようにそう考えていた。痛覚を制御することで痛みを強引に抑えているからだ。もしも抑制していなければ、痛みで何も考えられなかったかもしれない。


「見事……なり……ガフッ…………」


 老境の聖騎士は長剣に寄りかかった状態で、私にだけ聞こえる小さな声で呟いて力尽きた。最期の最期に初めて聞いたその声は、渋味のある落ち着いたものだった。


 私が左の鋏を構成する砂を崩すと、聖騎士はグラリと崩れ落ちる。ただし、長剣を握る手は硬直していたらしい。聖騎士が倒れるのと同時に私も横に転がってしまう。


 しかし、そのお陰で長剣の地面に刺さっていた部分がへし折れてしまった。いくら良い剣でも力を入れてはならない方向に曲げられれば折れてしまうらしい。未だに長剣が刺さったままであるものの、私は動くことが出来るようになった。


「団長!?そっ、そんな!」

「嘘だっ!正義が!正義が負ける訳がない!」

「おのれえぇぇ!総員、団長の仇を討つぞっ!」


 老境の聖騎士の敗北。それを目の当たりにした聖騎士達は最初に呆然とし、次に悲嘆し、最後に激怒した。口々に私を罵りながら霊術を乱射しつつ、剣を振り上げて突撃してくる。罵倒の言葉こそ違えど、誰も彼も私を決して許さないという思いだけは一緒であった。


 本来の私ならば冷静さを失っている相手など脅威でも何でもない。しかし、今の私は左の鋏を根元から斬られ、右の鋏は半分ほどしか残っておらず、複眼は三つ潰れ、身体には長剣が刺さっている。満身創痍と言うのも生温い状態だ。実力の一割も出せないかもしれない。


 しかも相手は数が多い。寄って集って剣を突き立てられれば、穴だらけにされて今度こそ死ぬ。逃げるのも難しそうだし、本当に死んでしまうかもしれない。


「ギィィ……ギシイィィィィィィ!!!」


 だが、私はここで死ぬことは出来ない。私には『百年間生き延びる』という使命があるのだ。何が何でも生き延びて絶対に使命を果たす!そのためにどれだけ絶望的な状況でも諦めない!諦めて、なるものか!



◆◇◆◇◆◇



 ハーラシア王国の王都で勃発したクーデター。深夜に決行されたクーデターは順調に進んだと言えよう。重要施設は制圧され、貴族街は襲撃されて血の海と化した。王城も占拠され、今は国王に第一王子ルートヴィヒが王位の譲位を迫っている。これが認められれば晴れてクーデターは成功したことになるだろう。


 しかし、病身の国王は決して屈しなかった。譲位するどころか第二王子カールに継承すると言い出す始末である。根気強く説得しようとするルートヴィヒ王子とは違い、強行手段をとろうかとダルバレン公爵は考え初めていた。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!最高だよ!まさか小遣い稼ぎと在庫処分に来ただけなのに!とんでもない掘り出し物じゃないか!」


 そんな頃、秘密結社『第七の御柱』の高等霊術士であるオルヴォ・ハッキネンは闘技場の屋根の上で哄笑していた。彼の瞳に映っているのは、聖騎士の死体の山の上でピクピクと痙攣する冥王蠍だった。


 オルヴォの専門分野は合成獣の作成と使役である。そんな彼がこの度のクーデターにおいて依頼されたのは、強力だが強力過ぎない合成獣を解き放って王都で暴れさせることだった。


 クーデターが終わった後、彼の合成獣は『闘獣会』のために作られた個体が暴走したと公表される予定である。そうすることで市民に『闘獣会』の危険性と、それを討伐した正義教会を信頼させつつ力を知らしめるのがダルバレン公爵と教会の目的だった。


 クーデターに先立って闘技場を制圧したオルヴォはその場で注文通りの合成獣を作成してから王都に解き放った。聖騎士達が残らず討伐する予定だったが、思わぬアクシデントが起きる。その内の一頭が逃走して貴族街の方へ駆け出したのだ。


 このままでは圧倒的な質量によって貴族街は潰されてしまいかねない。思っていたよりも不甲斐ない聖騎士に呆れるオルヴォだったが、次の光景には流石の彼も度肝を抜かれた。唐突に出現した砂の手によって、巨大な合成獣がバラバラにされたからである。


 そして術士が何者なのかを知ると、彼の驚きはより大きくなった。何故なら、霊術を使ったのは若い冥王蠍であったからだ。


 そこからは驚きの連続だった。若い冥王蠍は巧みに霊術を操って聖騎士を歯牙にもかけずに討ち取ると、再起動した合成獣に止めを差した。


 さらにボロボロになりながらも最強の聖騎士である『雷光』のガイウスまでも倒し、仇討ちだと気炎を上げる聖騎士を殲滅させたのだ。驚くなと言う方が難しいだろう。


「そう言えばとんでもなく強い闘獣がいるって話を聞いたっけ?きっとアレのことだろうねぇ……よっと!」


 オルヴォは屋上から飛び降りると、霊術を使ってフワリと冥王蠍の前に着地した。ついさっきまで戦闘が行われていたので、辺りは血と臓物の噎せ変えるような異臭で満たされている。流石のオルヴォもこれには顔を顰めた。


 鼻を摘まんで異臭に耐えながら、彼は冥王蠍の方へ近付いていく。攻撃される可能性も考えて慎重に近付くが、その心配は杞憂に終わった。


「瀕死も瀕死。むしろ生きてることに驚きだ。まあ、都合が良いから構わないけど」


 冥王蠍は生きているが、動くことすら出来ないほど瀕死の状態だった。恐らくは今オルヴォが目の前にいることすら気付いていないかもしれない。そして今の状況は彼にとって非常に都合が良かった。


 オルヴォが杖で地面を軽く叩くと、彼のローブの裾から何本もの黒い鎖が冥王蠍に向かって延びていく。鎖は何重にも巻き付いて行き、最終的には冥王蠍を取り込んだ巨大な黒い球体となった。


「聞こえていないだろうけど、安心して身を委ねると良い。死なせはしないさ。だって君は……最っっっ高の素材だからね」


 黒い鎖は音もなく裾の内側へと引き戻され、それに繋がる黒い球体も同じように裾の内側に吸い込まれていく。明らかにオルヴォよりも大きかった黒い球体が消えたことになるが、それを指摘する目撃者は誰一人としていなかった。


 それからオルヴォはしばらく戦場の跡を物色して、目ぼしい品を集めると再び飛翔して王都から飛び去った。彼は既に報酬を受け取っているし、望外の収穫まであった。クーデターの成否になど興味もないので、これ以上ここにいる意味がないのである。


 クーデターの夜が明け、王都に朝がやって来る。一晩の出来事とは思えぬほど様々なことが起きた濃密な夜は終わった。目映い朝日が容赦なく王都の惨状を照らし出すのだった。

 これで第一章は終了です。次回から数話の幕間を挟み、第二章を始めさせていただきます。


 第二章以降も気になる、と思って下さると幸いです。

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― 新着の感想 ―
またかよ
またこの展開か、、。読むのここまで〜 さよなら。
「嘘だっ!正義が!正義が負ける訳がない!」 つまり君らは正義ではない。 QED
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