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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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王都の長い夜 その六

 あ、危なかった。もう少し遅れていれば直撃していたかもしれない。落雷の音が収まってから少しして、私は潜った場所からすこし離れた地点で地上に出て地上の様子を窺った。


 黒雲から落ちた雷は、明らかに四分割した肉塊に向かっていたらしい。遠くの三ヶ所からは肉塊の断末魔がまだ響いている。しかし、それも長くは続かないだろう。


 無論、私が作り出した砂の槍にも落ちている。その力で肉塊はブスブスと煙を上げながら崩れ、雷の熱でドロドロに溶けた砂の海に落ちている。判断が一瞬でも遅れていたら、私も同じように溶けた砂の中を泳ぐ羽目になっていだろう。既に経験済みだからこそ、あんなのは二度とゴメンだ。


(四分割していたとはいえ、生命力に溢れる肉塊を一撃で葬るとは……凄まじい威力だ)


 私は落雷の威力に戦慄しながら、一目散に逃げ始める。ここにいればあんな天変地異にも等しい霊術を使える相手と戦う可能性があるからだ。


 私は節足を忙しなく動かして最高速度で地上を駆ける。地中を砂に変えて移動するよりも、こちらの方が絶対に速い。だが、私にはわかっている。身体を出した瞬間からずっと私を狙っている鋭い殺気があることを。


(チッ!やっぱり逃がしてくれないか!)


 空中の殺気が一段と鋭くなった瞬間に私は前へと跳躍した。すると直前まで私がいた場所に一人の聖騎士が落下してきたのである。その剣は半ばまで地面に突き刺さっており、もしも回避していなかったら今頃貫かれて地面に縫い止められていただろう。殺気に気付いていなかったら本当に危なかった。


 聖騎士は悠々と地面から剣を引き抜いた。兜で顔はわからないが、その大柄な聖騎士が装着している甲冑と羽織っているマント、そして握る長剣はどれも他の聖騎士が使っていた装備とは異なる意匠である。見た目だけでなくその質も数段上だと思われた。


 特に剣は異様だ。聖騎士が使っていた剣と形状こそ同じであるが、その長さは倍ほどもある。霊術回路が刻まれていると言う点では他と同じだが、白銀の刀身には鱗のような模様が見えた。明らかに尋常の剣ではない。


「……」


 聖騎士は何も言わず、剣を上段に構える。すると剣の表面が輝いてバチバチと稲光を放つ。雷雲を生み出し、落雷で敵を仕留めたことから雷を操るのが得意だと察していた。故に剣から放電するのを見ても動じることはない。


 それよりも驚かされたのは、我々の間にあった間合いを一瞬で詰められたことだ。速い!あまりにも速すぎる!それに予備動作が全くなかったぞ!?


 私は咄嗟に後ろへ跳びながら鋏を闘気で可能な限り強化する。しかし、聖騎士の技量と尋常ならざる剣の組み合わせは凶悪に過ぎたらしい。私の外骨格は易々と突破され、左の鋏は深々と斬り裂かれた。


(やられた!だが、まだ動く!地中に潜って奇襲を仕掛ければ……!?)


 私が地面を砂に変えてその中に潜ろうとすると、聖騎士はその場で無造作に剣を振るう。すると剣から何十、何百にも枝分かれした雷撃が放たれた。


 悠長に地面に潜る時間などない。私は砂で防壁を構築してこれを防ぐ。適当に放った霊術のように見えたが、その威力は強力だった。私が消耗していることを考慮しても、本気で防がなければ耐えられなかったのだから。


(向かい合ってしまった時点で小細工を仕掛けるのは諦めねばならない相手だったか。かと言って正面から戦って勝てる相手でもない……ハハッ!これまでで最も絶望的な状況だ)


 とんでもない相手に目を付けられてしまったものだ。勝機は万に一つもないか。墓など無視してさっさと逃げればこんなことにならなかったのかもしれないが、今更そんなことを考えても後の祭りである。


 では、諦めるのか?それだけはあり得ない。何故なら私には『百年間生き延びる』という使命があるのだから!


「ギチギチギチ!」


 私は全力で闘気を高めた。外骨格は極限まで強化され、斬られた傷は止血して塞がっていく。それに応えるように聖騎士も闘気を高め、その威圧感はどんどん強くなっていった。


 やはり闘気の強さも向こうの方が一段上か。だが、全く通用しないと言うほどの差ではなさそうだ。つまり、私の鋏や毒針で殺せるということだ。ならば必要以上に恐れることはない。生き延びるためにはこいつを殺すしかないのだから!


 お互いの闘気がぶつかり合い、何もない空間からミシミシと何かが潰れるような音が辺りに響く。ここからは一瞬たりとも気を抜くことが許されない。命懸けの死闘が始まるのだ。


「シッ!」

「ギィィ!」


 私と聖騎士は全く同時に突っ込んだ。聖騎士が振り下ろした長剣の腹を尾節で弾き、脚を切断すべく鋏を振るう。しかし、右の鋏は踏みつけられ、左の鋏は弾いたはずの長剣の流れを修正して防がれた。


 クソッ、また左の鋏か!長剣は余程の業物なのか、本気で闘気を使っていたのにまた外骨格が削られてしまった。最も固い鋏ですら削られるのなら、他の部分に受ければいくら闘気を纏っていても無意味だろう。


「……」


 聖騎士は私の鋏を蹴って後ろに下がりながら紫電を放つ。あくまでも牽制の霊術であり、私は避けると思っていたのだろう。だからこそ、私は正面から突っ込んだ。


 ゲオルグと聖騎士では霊術の腕前に天と地ほどの差があるだろう。しかし、ゲオルグは訓練の時に複雑な霊術回路が刻まれた器具を幾つも使うことで、これよりも強い霊術を発生させていた。私はそれを毎日のように浴びていたのだ。今更牽制程度の霊術なら浴びたところで何も感じない。痛みに対する耐性だけは絶対に聖騎士よりも上だという自信があった。


「ギイイッ!」

「!?」


 全身に走る痺れと痛みを完全に無視されるとは思っていなかったようで、意表を突くことが出来たらしい。私の鋏は聖騎士の脛を鎧ごと浅く斬り裂き、尾節は兜の側面を凹ませた。


 負傷はさせたが、致命傷とは程遠い。毒針が頭に刺さっていれば良かったのだが、兜を歪めただけなのは痛恨の極みである。聖騎士は相変わらず無言のまま、歪んだ兜を脱ぎ捨てた。


 兜の中から現れたのは長い総白髪の老人だった。その顔を見た私は驚いた。これまでの戦いぶりはとてもではないが老人とは思えない、力強さと機敏さに溢れていたからだ。


 しかし、同時に納得もしていた。あらゆる生物は努力を怠らなければ成長し続けると言われている。この年齢に至るまで鍛練を積み上げたからこそ、この強さがあるに違いない。そう考えれば老人である方が当然と言っても良い気がした。


 むしろ生まれて二年かそこらでこの聖騎士に食い付ける私の方が異常だと思った方が良い。ゲオルグによって死ぬギリギリまで鍛えられたお陰だろう……認めたくないが、それだけは事実なのだ。


「シッ!」

「ギチチッ!」


 戦いは振り出しに戻っただけで、私が有利になる訳ではなかった。むしろ兜がなくなったことで視界が広くなっただけ相手が有利かもしれない。


 ただ、私にとって助かっているのは老境の聖騎士が蠍との戦いに慣れていないことぐらいか。とても低い位置で振り回される鋏と複雑な軌道を描いて襲い掛かる毒針に対処するのは難しいようだ。


 それも少しずつ学習しつつあるらしく、危なげがなくなってきた。それと同時に私の鋏の傷は少しずつ増え、尾節にも亀裂が入っている。実力の差がそのまま戦いに現れているのだ。


「団長を援護せよ!」

「「「了解!」」」


 しかも敵は一人ではなくなった。鋏と長剣が激突する音は街全体に響いていたようで、それを聞き付けた他の聖騎士達が集まってきたのである。ただでさえ目の前の聖騎士の相手をするのに手一杯なのに、敵の増援によって薄い勝機が更に薄くなってしまった。


 聖騎士は我々の戦いに横入りせず、遠くから霊術で狙撃し始めた。闘気で全身を強化しているのでダメージはほとんどないものの、眼前に炎が広がったり尾節の動きを阻害されたりするので無視できなかった。


 見えたはずの攻撃が見えず、間に合うはずの防御が間に合わない。傷の数は加速度的に増加して……ついに限界の時が来た。


 炎の弾が炸裂して煙幕を成し、複眼の視界を完全に塞ぐ。その向こう側から迫る長剣に私は反応出来なかった。咄嗟に横へ跳んだものの、私の左の鋏と二本の節足が根元から斬り落とされた。


「おおっ!」

「流石です、団長!」

「正義が為されるぞ!」


 聖騎士達は大袈裟に喝采を上げて囃し立てた。長剣が纏う雷撃が傷口から身体に侵入し、全身の筋肉が強張っている。時間があれば回復するが、そんな時間を与えてもらえる訳がない。私はこのまま斬られてしまうだろう。


(全員がそう思っているのだろうが、そうは行かん。私は最後まで足掻かせてもらう!)


 私は斬られるとわかった時に仕込みをしておいた。斬られた節足の一本が地面に落ちた瞬間、激しい閃光と轟音を伴って爆発したのである。


 これは以前に戦った闘獣が使っていた技術だった。あれは白い蜥蜴で……名前は忘れたが、尻尾を武器として使う癖にそれがすぐに切れてしまう。ただ、切られるのは奴の作戦だった。切られる直前に尻尾に霊術を仕掛けておき、適切なタイミングで爆発させるのである。


 奴のように自在に爆発するタイミングを調整するのは無理だったが、地面に落ちたら爆発するように仕込むことは私にも可能だ。老境の聖騎士は片手を翳して閃光を防ぐだけだったが、他の聖騎士は耳と目を押さえてフラフラしている。動くべきは今しかない。


「……!」


 老境の聖騎士は片手で閃光を防ぎながら、私がいた場所を長剣で薙ぎ払う。しかし、私はもうそこにいない。既に移動しているからだ。


 なら逃げ出すのかと言うとそれも違う。今更逃げたところですぐに補足されて斬られるからだ。ではどこを目指すのか?


「ぎゃあああっ!?」

「っ!」


 私が向かった先。それは援護のために集まった聖騎士達の間である。人数も多いから助かった。さあ、味方だらけの中でその長剣を自由に振るえるのか?強力な霊術を使えるのか?


 最強の敵の攻撃を防ぐ最強の盾は、敵の仲間だ。卑怯だと思うなら勝手に思っておけ。私はどんな手段を使ってでもここで殺して生き延びてみせる!

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― 新着の感想 ―
戦闘しびれる、面白くなって来た
[良い点] どんな手段を使ってでも生き延びるスタイル。 このまま聖騎士全滅までいかずとも壊滅までもっていって、クーデター失敗からの正義を騙るやつらの本性を暴けたりできんやろか。 [気になる点] 戦力と…
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