王都の長い夜 その五
こっちに向かって逃げてくる合成獣はかなり不気味な外見をしていた。数を数えるのも億劫になるほど沢山の生物を螺旋状に融合させており、太くて長い胴体の至るところから様々な生物の首と手足が出鱈目な方向に生えている。地面に触れている脚をワキワキと動かして、建物を破壊しながら前に進んでいた。
全身にある口からは叫びとも呻きとも思える鳴き声を常に上げていてとてもうるさい。何かを食らっている口だけは静かだが、口の数は多いせいでやっぱりうるさかった。
「ギュイイイイイイッ!!!」
合成獣は色々な鳴き声が混ざっているせいで生物とは思えない音を出しつつ、こちらに直進してくる。どうやら何か目的があるという訳ではなく、強い光に反応して移動しているようだ。それを知っているらしい聖騎士達は必死に誘導しようと強い光が出る霊術を使うものの、あまり効果的とは言えなかった。
貴族街は炎に包まれているし、断続的に霊術が炸裂しているから昼間のように明るくなっている。数人で作り出した光でそれを超えるのは土台無理ということだろう。
「止まれ!この、化物が!」
「ギュオオオオオオッ!!」
聖騎士が剣で斬る度に合成獣の身体は傷付き、緑色の血液が噴出する。肌の強度を上げることすら出来ないらしく、闘気と霊力の制御は甘いどころの話ではない。しかし、ありあまるそれらを全て本能的に治癒に回しているのか、斬られた端から傷は癒えていく。あの程度の攻撃は無意味に見えた。
私は小手先の技術を磨いたからこそ強くなれたが、だからこそあれと同じ戦い方は出来ない。本能のままに戦う相手と言うのも意外と厄介だ。私はそのことをつくづく思い知った。
「ギュイイイイイッ!」
斬られてよろめいた合成獣は近くにあった建物を倒壊させる。しかしすぐに起き上がると、無数にある手足を振り回して瓦礫を四方八方に放り投げた。私の方にも幾つか飛んで来たので全て尾節で叩き落とす。ただの瓦礫など私の脅威にはなり得ないのだ。
それは聖騎士にとっても同じことだったが、防ぐために一度追跡の脚を止めてしまう。その隙を狙っていた訳ではないにしろ、合成獣は再び前進を再開した。その直線上には……やはり墓がある。これでルートが変わっていたら逃げるつもりだったが、結局は戦うことになるらしい。仕方がない、やるか。
私は霊力を一気に高めて砂を生み出しつつ、周囲の瓦礫を砂に変える。そして砂を操って合成獣の胴回りを超える大きさの五本指の手を持つ腕を四本ほど作り出す。本当は鋏の方が扱いやすいのだが、こいつに限ってはヒト種の手の方が効果的だと判断した。
「ギュギュギュ!?」
合成獣はいきなり現れた巨大な手に驚きながらも、前進の手足を振り回してそれを防ごうとしている。だが、そんな方法で防ぐことが出来ない殺し方をするつもりなので全く問題はなかった。
作り出した腕は骨がないことで鞭のようにしなりつつ、大きさに見合わぬ機敏さで動く。大きく開かれた四つの手が合成獣を鷲掴みにし、そのまま持ち上げてから雑巾のように絞り上げた。
私のいる檻を掃除した後、奴隷はよくこうして雑巾を絞っていたっけ。思い出したら悲しくなると同時に腹が立ってきた。八つ当たりかもしれないが、こいつはこのまま捻って殺してやる。
四本の腕で握り締めつつ思い切り絞り上げると、合成獣の身体がブチブチと何かが千切れる音と共に捻れていく。全ての口から悲鳴が上がり、耳障りな大合唱を奏でていた。
「「「「ギュギャアアアアアアアッ!?」」」」
高い治癒力を誇る合成獣だが、力によって四分割されてしまうとなす術もないらしい。傷口から緑色の血液を雨のように降らせる合成獣だった肉塊を、私は適当に投げ捨てる。汚い絶叫と共に四方に飛んでいった肉塊は、建物を崩しながら地面に落ちて潰れていた。
目障りな相手を倒したのは良いが、どうやら私は派手に動き過ぎたらしい。二十を超える聖騎士が私の方へ向かっている気配がする。ご丁寧に包囲しているようで、決して逃げられないだろう。
「いたぞ!あそこだ!」
「逃げおおせていたとは!卑怯な邪悪め!」
「先ほどの霊力は侮れん!油断はするな!」
私を見付けた聖騎士は罵りながら抜剣する。逃げたのではなく全員殺しているのだが、教える義理はないし教える方法もない。それに信じるかどうかも疑わしい。仮に信じたとしても怒って襲われるだけ……うん、何をしても無意味だな。
合成獣の血液でせっかくのマントを汚してしまった聖騎士達だが、そんなことを気にしていないらしい。十人以上が霊術で私を攻撃し、四人ほどが前後左右から私に斬りかかる。何度見ても連携は素晴らしかった。
私は霊術を霊術で迎撃し、左右の剣を鋏で挟み、背後の剣を尾節で弾き、正面の剣は外骨格で受け止めた。うぐぐ……外骨格を強化していたが、鋏と尾節に比べれば他の部分はどこも脆い。外骨格にはうっすらと傷が付き、衝撃が体内に響いていた。
やはり大勢に囲まれるのは辛いものがある。ここは一つ、大技を見せてやるとするか。幸いにも敵の数も多いから、細かい制御は必要ない。全力で暴れて突破させてもらおう。
「ギチギチギチギチ!」
「気を付けろ!何かやるつもりだ!」
「このっ!離しやがれ!」
「馬鹿野郎!剣から手を離せ!」
私は霊力を高めて私を中心に周囲の瓦礫と地面を全て砂に変えていく。私に斬りかかった者達も、私が大技を使うと察したのか一時的に後退していった。
ただ、離れたら離れたで霊術を撃ってくるから厄介だ。全員で雨あられと霊術で爆撃してくるので、作り出した砂で壁を作り、どうにか全てを受け止めていた。
「チッ!足場が悪くなったぞ!注意しろ!」
「だがそれだけだ!その程度で聖騎士は止まらん!」
「覚悟しろ、邪悪め!」
この辺り一帯を砂に変えると、痺れを切らした聖騎士達が再び私に向かって来る。砂地という私にとって最高の戦場を作り出した訳だが、これだけで私の霊術が終わりだと思ってもらっては困る。本当のお楽しみはこれからなのだから。
聖騎士が砂を蹴って踏み込んだ時、私が作った砂地の至るところで砂が盛り上がる。そしてその砂は足を持たないヒト種の上半身の形に変えた。
「こいつ!俺の剣を!」
「どうせ虚仮威しだ!破壊しろ!」
その内の二体は先ほど奪い取った剣を腕に装着している。顔のないヒト種の上半身は砂の上を滑るように移動して聖騎士に接近する。霊術が当たったら容易に弾けるが、そもそもの素材は砂だ。私が砂まみれにしたので、素材はいくらでもある。破壊されたところで一瞬で修復することが可能だった。
それに砂で出来ているということは、ヒト種の形状であってもヒト種のように骨格や関節、筋肉に動きを制限されることはない。その腕は自在に伸び、分裂して聖騎士に襲い掛かった。
「このっ……ああ、鬱陶しい!」
「ぐあっ!斬られた……っ!」
「ペッペッ!口に入った!?」
特に剣を持たせると効果的だった。ヒト種では不可能な方向から剣を振るうことが出来るし、力を乗せられない角度であっても鋭い斬撃を繰り出せる。腕が立つ聖騎士も想像の埒外からの攻撃へ対応するのは難しく、適当に振り回しているだけの刃は何度か肌を斬り裂いた。
初めて使う霊術である上に数が多いので、どうしても制御が甘くなって時々腕同士がぶつかっている。だが、どうせそれも砂で出来ているから修復は簡単だ。それに意図せずして飛び散った砂が聖騎士の目や口、鎧の隙間に入っている。それが思った以上に動きを阻害しているようだった。
「あがぁっ!?」
「ぎゃああ!?」
「下だ!砂の中に本体が!」
「卑劣な!姿を見せろ!」
聖騎士が砂の人形と遊んでいる間に、私は砂の中を潜行して下から襲い掛かる。鋏で脚を切断し、毒針で鎧の上から刺し貫く。上で卑怯だとか言っているが、多勢で囲んでいるお前達にだけは言われたくない。気にすることなく私は容赦なく、聖騎士を仕留めていった。
聖騎士は砂に潜る私を狙って霊術を撃ったり剣を突き刺したりしているが、私は気配を消したり偽ったりしているので刃が私を捉えることはない。逆に仕留めた聖騎士の剣は砂人形に握らせて振り回す。時間を掛ければ掛けるほど、状況は私に有利なものとなっていた。
砂の中にいる私に夢中になっていると地上にいる砂人形の攻撃を受けるし、砂人形に構っていると地中から私が殺しにかかる。地上と地中からの波状攻撃。これこそ私の強みを最も活かせる戦法だ。
「こっ、このままでは全め……」
「ギュギィィィィィィ!!」
聖騎士達がようやく危機感を持ち始めた時、四つに引き千切ったはずの合成獣の雄叫びが夜空に轟いた。おいおい、あの状態でまだ生きていると言うのか?信じられない生命力だ。
最も近い位置に落ちた肉塊が大地を揺らしながら、こっちに向かって爆走する。どうやら他の肉塊も動き出したようで、それぞれに燃える貴族街を目指して走り始めていた。
緑色の血液を撒き散らしながら一心不乱に走っているようだが、私は砂の中にいれば被害を受けることはない。あれ?このルートは……やっぱり墓に行ってしまうじゃないか!
どうしても私に無視させてくれない奴だな、お前は。私の情報を握った聖騎士を生かして逃がしたくもないし……ここは消耗を度外視した霊術で仕留めるしかないか。
私は砂人形を崩すと、ありったけの霊力を砂に浸透させていく。精密な制御によって広い砂地にある全ての砂粒にまで霊力を行き渡らせれば、全ての砂は私の身体の一部に等しい状態になる。
「なっ!?邪悪な蟲風情がこれほどの霊力を!?」
「団長に匹敵するほど……!撤退だ!」
私の霊力強さは砂の腕を見られた時に知られていたが、私の本気を見た聖騎士は撤退すると決めたらしい。だが、もう遅い。もう逃がさない。あの肉塊も聖騎士も、ここで私に殺されるのだ。
聖騎士が逃げ出す前に、その足元の砂が急に柔らかくして地面を陥没させる。砂に捕らえられた聖騎士達は必死に脚を引き抜こうとしているが、逃がすつもりは毛頭ない。そのまま砂の中に引きずり込んで、一気に圧力を掛けて押し潰した。
グシャリと聖騎士達は砂の中で潰れたことを確認してから、私は肉塊がこちらに来るのを待つ。そして上を通り過ぎる瞬間、砂を槍のようにして突き上げた。
砂の槍は肉塊を貫通し、緑色の血液が染み込んだ先端が天を衝くように姿を見せる。大きな風穴を空けられた肉塊だったが、まだ生きているのか手足を動かしていた。なので私は貫いている砂の槍の側面から枝のように新たな槍を発生させ、内側から穴だらけにしてやった。
「ギュギョオオオォォォォォ……」
砂の槍に貫かれても手足を動かしていた肉塊だったが、これでようやく動かなくなった。手こずらせてくれたが、これで終わりだ。霊力を使いすぎて少し疲れたが、これで私の前に立ちはだかる障害と後顧の憂いを排除することが出来た。あとはさっさと逃げるだけである。
ゴロゴロゴロ……
ん?この音は雷か?さっきまでは晴れていたのに、急に空模様が怪しくなってきたらしい。気が付けば王都全体を覆うほどの大きく、真っ黒な雲が広がっていた。
一雨来そうな雰囲気だ。ゲオルグに水浸しにされたこともあるし、水や氷の霊術を使う相手と戦ったこともあるから濡れるのには慣れている。体温が下がって動きが固くなるし、外骨格が汚れて奴隷に拭いてもらうのが大変になるから好きではなかった。
さっさと砂の中に潜って避けようか。そう思った私だったが、空の雷雲から微かにではあるが霊力の気配を察知する。それと同時に全身が凍り付くかのような寒気を覚えた。
(いや、待て……あれはただの雷雲じゃない!遠いからわかりにくいが、あれは霊術だ!不味い!)
私があの雷雲の正体を見破った直後、黒雲から何本もの稲妻が王都に落ちた。私は衝撃と熱を避けるべく、慌てて砂の中に潜るのだった。




