王都の長い夜 その四
砂で作った巨大な剣で襲撃者……いや、聖騎士だったか?それを真っ二つにしてやった私だったが、気が晴れることはなかった。奴隷を殺したであろう聖騎士を倒し、復讐を果たしたのだからもっと嬉しいと思っていたのだが……そうでもないらしい。
最後に残った聖騎士は、死ぬ間際にごちゃごちゃと喚いていたがちゃんと怒っていたせいで聞いていなかった。ただ、正義がどうのこうのと言っていたから、剣に正義と言う文字を入れてやったら酷く驚いていた。何故だろう?まあ、気にするほどのことではないか。
私は何故か重い足取りで節足を動かし、屋敷の敷地の外に出る。すると大きな屋敷が建ち並ぶ貴族街の各地から黒煙が上がっていた。どうやら襲撃されたのはこの屋敷だけではないらしい。私のことを標的だと言っていたが、私は標的の一つに過ぎなかったようだ。
「うあああああっ!」
炎上する街並みを呆然と眺めていると近くの屋敷から何かがこちらに飛んで来る。私に直撃するコースだったのでスッと後ろに下がると、予想通りに私がいた場所へ落下した。それは一人の幼いフル族の雌を抱いた、フル族の雌だった。
幼い方は目を固く閉じて縮こまり、それを抱いている方は聖騎士のように武装していた。重厚な甲冑に身を包み、大きな円盾と短めで片刃の剣を握っている。幼い方を守る戦士なのかもしれない。
ただ、その武装はボロボロだった。兜は歪み、鎧は装甲の多くが砕かれ、円盾には無数の傷とヒビが走っている。幼い方を守りながら激しい戦いを切り抜けて来たのだろう。
「好き放題やりやがって!許さねぇぞ、クソッタレ!」
戦士は鬱陶しそうに役に立たなくなった兜を脱ぎ捨つつ、その素顔を露にしながら口汚く罵った。明るい茶色の髪を短く切り揃えたその戦士は、戦う意思を失うことなく額に流れる血を拭っている。まだまだ戦えると言いたげであった。その諦めずに生き延びようとする姿勢、嫌いではないぞ。
この戦士は後ろにいる私に気付いていない。私が気配を気配を消しているのも原因だろうが、前に集中し過ぎて周囲の警戒を怠るのはどうかと思う。私が敵だったらどうするつもりだ?
「追え!子供と言えど逃がすな!」
「悪しき一族は根絶やしにしろ!」
二人が飛んできた屋敷から三人の聖騎士が飛び出して来た。連中の狙いは幼い雌らしい。鼻息荒く現れた連中だったが、二人の後ろにいる私を見て動きを止めた。あ、見付かってしまったか。
聖騎士の視線が自分ではなく、その後ろに向かっていることに戦士の方も気付いたらしい。ゆっくりとこちらを振り返ると、私の複眼と目があった。戦士は声にならない悲鳴を上げ、口をパクパクと動かしていた。
「バカな!あれが何故ここに!?ケンディル隊はどうした!?」
「狼狽えるな!卑劣な手段を用いて逃げてきただけに決まっている!まとめて仕留めるぞ!」
私を見て固まっている戦士とは違って、聖騎士が動き出すのは早かった。三人は正面と左右から同時に襲い掛かる。その連携は見事なもので、三方向から迫る刃はほぼ同時に斬り裂くことだろう。敵だとわかっているが、私は素直に感心していた。
やっと正気に戻った戦士は、倒れたまま咄嗟に盾を構える。なら正面は任せるとしよう。私は二本の鋏で左右の剣を挟んで受け止めると、正面の聖騎士を毒針で突く。戦士の盾に剣が食い込んでいたので防ぐことは出来ず、至極アッサリと毒針は兜の隙間から眼球を貫き、脳にまで突き刺さった。
「な……ガ………」
「隊長!?」
「そんな!?」
私は刺した針から毒を注入せず、代わりに針で脳を掻き回した。兜の隙間からドロリとした血液と脳漿の混ざった液体が溢れ、戦士の盾と私の尾節を朱く染め上げる。聖騎士はうわ言を漏らしながら、膝から崩れ落ちて動けなくなった。
まさか逆に一人殺られると思ってもみなかったのか、残った二人の聖騎士は剣を引き抜くことも忘れて呆けている。その隙を私の前にいる戦士は見逃さなかった。右手に持つ剣を聖騎士に向かって投げると、流れるような動作で盾の裏側に仕込んであったもう一本の剣を抜いてもう一人にも投げたのだ。
「ゲウッ!?」
「グアッ!?」
「ちっ!しくじった!」
最初に投げた剣は過たず聖騎士の兜を割って頭にめり込んだが、もう一人は兜の曲面が弾いて守ってくれたようだ。ただ、それは運の良かったのかどうなのかわからない。何故なら、私の複眼の前にいる戦士は予想以上に優れた戦士だったからだ。
剣を投げた瞬間に仕留め損なったことを悟ったのだろう。戦士は剣が兜に弾かれる前に聖騎士に向かって足払いを仕掛けて転がした。前のめりに倒れた聖騎士の首に脚を巻き付け、戦士はそのまま首を締め上げたのである。
聖騎士は苦しそうに藻掻きながらその脚を振りほどこうとしたが、闘気を使って全力で締め上げた脚を外すことは出来なかった。次第に聖騎士の抵抗は弱くなり、最後には首がへし折れる鈍い音と共に力尽きた。
こっちの方が苦しい死に方だろうから、頭を割られなかったのはやっぱり運が悪かったのだと思う。百年を生き抜いた後、死ぬのなら苦しまずに死にたいものだ。
「ふぅ……ふぅ……どうにか生き延びた、と思っていいのかね?」
肩で息をしている戦士だったが、私を警戒しつつ距離を取る。図らずも共闘した訳だが、私は異種族、それもヒト種ですらない。それにどう見ても言葉が通じない相手であるし、信頼など出来る訳がなかった。
戦士の気持ちは良くわかるし、見ず知らずの相手に信頼されなかったところで悲しくも何ともない。私は踵を返して二人から離れようとした。
「お待ちになって」
「お嬢様?」
「偶然だとしても助けていただいてありがとうございました。この恩は決して忘れません」
私を呼び止めたのは戦士に守られていた幼い雌だった。死んだ奴隷よりも少し年下に見える雌は、地面に立つと私に向かって優雅な仕草で礼をして見せる。気位が高い貴族にしては変わったお嬢さんだ。
恩義など感じたところで返す機会がないのだから気にする必要などないのだが、せっかくの気持ちを無碍にする必要もないので受け取っておこう。私は今度こそ二人に背を向けて歩き始めた。
さて、ここから逃げる方法だが……私には三つの選択肢がある。一つ目は障害になるものを全て破壊しながらこの都から脱出する方法。これは最短距離で逃げられるが、確実に見付かって戦いになるだろう。出来れば避けたい選択肢だ。
二つ目は地面を砂に変えながら地中を進む方法。こちらは見付かり難いとは思うが、地上の様子がわかりにくい。大丈夫だろうと思って姿を現したら敵の目の前だった、と言うことになりかねない。私の五感は鋭いが万能ではないのだ。
そして三つ目は気配を消しつつ地上を進んで外へ出ると言う方法だ。大きな屋敷ばかりで道がわかりにくいが、私は幾度となく闘技場まで運ばれている。屋敷からどう進めば貴族街を抜けて闘技場にたどり着くのかはわかっているのだ。
逆に言えば闘技場から先がどうなっているのかは不明である。それだけが懸念であるが……まあ何とでもなるだろう。
私は闘気と霊力を隠して気配を消し、足音を立てないようにしながら貴族街の物陰を駆け抜ける。相変わらず貴族街の各所で闘気と霊力が激しくぶつかり合っており、喧騒と被害は大きくなるばかりだった。
しかし、ヒト種の争いに私が関わる義理はない。世話になった相手の復讐は果たしたし、逃げられなかった遭遇戦も片付けた。これ以上、生命を危険にさらしてまで戦う必要はないのだ。
(ここを曲がった先に……見えた。あれが闘技場……外から見るとあんなに大きいのか)
私は慎重に進み、遂に闘技場が見える位置にまでたどり着いた。入り口の左右にある巨大な戦士の彫刻は力強く、周囲の壁や柱にも細緻な装飾が施されている。何時も内側からしか見たことがなかったが、蠍である私から見ても立派な建物だった。
まずはあそこを目指して進もう。そう思った矢先に闘技場の内側から複数の気配が急に増大し始めた。今度は何だ、と思っていると闘技場が内側から爆発したではないか!
(何だ、あれは?)
無惨にも崩れた闘技場だったが、その瓦礫の下から複数の生物が現れた。どの個体も大きいが、それ以上にかなり強い。闘気も霊力も、そこらの闘獣とは桁違いだ。私の対戦相手として連れて来られた生物と比べても遜色ない。闘技場で膨れ上がった気配の主はあれだろう。
そして離れていても伝わってくるこの違和感があった。それは一つの個体から複数の霊力が滲み出るような、奇妙な感覚。私はその正体を知っている。幾度となく闘技場で相見えたのだから。
(合成獣か。そんなものがどうして闘技場に?運び込まれるのは試合当日……ああ、そうか。この騒ぎに関係しているのだな)
闘獣が闘技場に運び込まれるのは当日の朝と決まっている。昔は前日に受け入れたものの、預かっている間に毒を盛られて体調を崩した例があったからだと支配人が語っていた。
闘技場の歴史に興味がなかったから聞き流していたが、そのことだけは覚えている。だから深夜に闘技場に闘獣がいることはないのだ。
貴族街で事件が起こった日に、たまたま闘技場にいるはずのない闘獣が暴走する?そんな偶然、少なくとも私は信じない。どう考えても連動しているに決まっている。
その合成獣達は闘技場から放射状に散らばって移動し始めた。ただ移動するだけではなく、建物や住民を殺しながら進んでいる。派手にやるなぁ……この騒ぎをどうやって終わらせるつもりなのだろう?
「我らが正義のため、人々を助けよ!突撃!」
「「「正義のために!」」」
そんな合成獣に挑むのは白い鎧に身を包んだ聖騎士達だった。彼奴等は果敢に合成獣に向かって突撃していく。相変わらず連携は見事としか言い様がない。部隊全員で一つの生物のように動いている。
ただ、その動きには一切の躊躇いがなかった。どんな攻撃をするのか確かめる様子も、有効な攻撃を探る様子もない。その動きはまるで全てを知っているかのようだった。
いや、本当に知っているのだろう。彼奴等はこの騒ぎを起こしている張本人だ。自分達で用意した合成獣なのだから、弱点も何もかも知っていると考えた方が良い。どうしてこんなことをしているのかはわからないが、何ともまあご苦労なことだ。私はさっさと逃げさせてもらおう。
「ギュイイイイイイイッ!!!」
「逃がすな!追え!」
そう思っていると一際大きな合成獣がこちらに向かって逃げ出した。おい、そのまま直進されたらせっかく作った墓に突っ込むことになるぞ?
つくづく私は運がないらしい。仕方がないので私は鋏を構え、場合によっては戦ってでも止めるつもりで待ち構えるのだった。




