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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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王都の長い夜 その三

「ギシャアアアアアアアアアッ!!!」


 化物染みた冥王蠍が鋏を大きく広げつつ甲高い叫び声を上げる。闘気も霊力も使っていない音の暴力がケンディル達を襲うが、それくらいで怯む彼らではない。正義感と使命感、そして信仰心の前では耳障りな音など開戦の狼煙程度にしかならないのだ。


「あれは例の討伐対象!?ということはイーサンは……クソッ!」

「冷静になれ!確実に仕留めるぞ!」


 前衛として構える三人が腰を下ろし、後衛の一人がいつでも霊術を撃てるように待機する。いくら化物染みた力を持つとしても、所詮は蟲でしかない。きっと真っ直ぐに突っ込んでくるだろう。それを迎撃すれば良い。彼らはそう考えていた。


「何っ!?」


 しかし、彼らの想像を目の前の冥王蠍は嘲笑うかのように越えていった。冥王蠍は砂と化していた地面に潜り込み、完全に姿を消したのである。だが、目で追えなくなったからと言って巨大過ぎる気配を隠し切れていない。正確な場所や深さはわからないが、大体の位置は把握していた。


 地中に潜った時には驚いた彼らだったが、虚仮威しに過ぎないと知って冷静になった。気配から冥王蠍は蛇行しつつこちらに向かっていることがわかる。後は限界まで引き寄せてから霊術を撃ち込み、前衛が斬りかかれば討ち取れずとも致命傷は負わせられるに違いない。


 だが、彼らは知らなかった。自分達が相対する冥王蠍は通常よりも遥かに賢く、同時に極めて狡猾であるということを。そして明確な殺意を持って彼らを殺そうとしていることを。


「え……?」


 小さく呟いたのは後衛の聖騎士だった。彼は背中に突然鋭い痛みが走ったので振り返ると、驚愕に目を見張る。地中から伸びる蠍の尾節が自分の背中に刺さっていたからだ。


 気配は前からするはずなのに、どうして?彼は疑問を持ちながらも仲間へ警告しようと口を動かそうとするが、自分の口とは思えないほど上手く動いてくれない。口だけでなく全身が既に動かないことに気付く前に、彼の意識はそこで途切れた。


「は?おい!」

「殺られた!?どこから!?」


 背後の仲間がグラリと倒れたことでその死を知った二人の聖騎士達が慌てるが、隊長のケンディルだけは冷静だった。彼とて怒りを覚えていないわけではなかったが、ここで全員が背後に気を取られるのは不味いと思ったからである。


 果たして彼の予想は的中した。二人が後ろを振り向いた瞬間に、気配がする場所から冥王蠍が凄まじい勢いで飛び出したのである。備えていた彼は長剣で一閃し、その剣は冥王蠍の身体を捉えたものの……その手応えにケンディルは眉を潜めた。


「これは偽物……砂で出来た分身か」


 ケンディルが斬ったのは本物ではなく、砂で作った分身だった。冥王蠍は闘気を無理矢理抑えつけ、溢れ出る霊力を砂に注ぎ込んで自分そっくりの分身を作り出したのである。


 偽物を本物だと誤認させつつ、自分は気配を消して地中を砂に変えながら移動。背後から一人を毒針で仕留めた後、狼狽えた聖騎士を分身に襲わせる。冥王蠍はこの作戦で二人は仕留めるつもりだったのだが、惜しくも防がれてしまった。


 ただ、防がれたからと言って冥王蠍が有利であることに変わりはない。むしろ気配を探ったところで、果たしてそれが本物なのか偽物なのかで惑わせられる。聖騎士達は一瞬たりとも気が抜けないことを痛感させられた。


「背中合わせになれ!霊術で地面を固めろ!」

「「了解!」」


 三人の聖騎士は互いに背中を預け合いながら、周囲を警戒する。不意打ちをさせないための陣形だ。戦っている中で膨れ上がった闘気と霊力の制御を身に付けた冥王蠍は、今度は気配を消しながら接近して三人の下から襲おうと試みた。


 しかし、地面は霊術によって固められていてそれは不可能であった。ならばとばかりに分身を何体か用意して襲わせたが、素材が砂であるが故に脆く、簡単に斬り払われてしまう。それでも冥王蠍は同じことを三度も繰り返し、その悉くを防がれていた。


「しばらく耐えれば他の区域を制圧した仲間が駆け付ける!このまま守り続けるぞ!」


 ケンディルの言う通り、このまま防ぎ続けることが出来れば応援が到着するだろう。予定通りに制圧が終わっていない区域があれば問題があったと見なされるからだ。


 他の二人が返答しようとした直前に四度目の攻撃が来た。それをこれまでと同じように防いだ三人だったが、大きな誤算があった。それは分身に本物が混ざっていたのである。


「グエエェッ!?」

「なっ、ギャアアッ!?」


 冥王蠍が最初に襲い掛かった聖騎士は完全に油断していて剣を振るう前に首を毒針で刺され、悲鳴を聞いて残りの二人が振り返る前に近い方の脛を切断した。脛から片足を切断された聖騎士は地面をのたうち回るが、隊長のケンディルは歯を食い縛ってこれを無視して冥王蠍に斬りかかった。


 霊術回路が浮かび上がった刃と冥王蠍の鋏が激突して火花を散らす。聖騎士が使う長剣はどれも業物で、特に刻まれた霊術回路を起動させている時の強度と切れ味は凄まじい。にもかかわらず、ぶつかり合いの勝者は鋏であった。


 ケンディルは自分の剣が刃毀れを起こしたことに驚愕しつつも、戦意を失うことなく剣を振るい続ける。互いに一歩も退かずに行われた刃と鋏の打ち合いは、遂に数十合にも及んだ。しかし、その打ち合いに耐えきれず彼の剣は半ばで折れてしまった。


「た、隊長っ!」

「っ!助かる!」


 勝負あったかと思われたが、脛から下を斬られながらも生きていた聖騎士が霊術を放ちつつ自分の剣をケンディルへと投げた。冥王蠍は鋏で霊術を防ぎながら後退し、ケンディルは剣を受け取って構える。戦いは振り出しに戻った。


 冥王蠍は小さい鋏をカチカチと鳴らしつつ、霊術を受けた鋏を開閉して調子を確かめている。その姿にはどこか余裕が感じられた。鋏の表面に傷一つ着いていないのだから、余裕を見せるのも当然だろう。


(その余裕が命取りだ!)


 ケンディルは剣を下段に構えて踏み込むと、剣を掬い上げるようにして斬り上げる……ように見せて素早く構築した霊術を左手で放つ。それは潜んでいた騎士に向かって放ったのと同じ霊術だった。


 不意を突かれたからか、霊術は冥王蠍に直撃する。その場でよろめいた冥王蠍を見て、それを隙だと思ったケンディルは右手に持っていた剣で掬い上げた。


ガチッ!


 ケンディルは最初、自分の目に映っている光景が理解出来なかった。何故なら、渾身の力を込めた斬り上げが、鋏で掴まれてしまったからである。彼は必死に剣を引き抜こうとしたものの、石にでも刺さっているかのように抜けなかった。


 彼は剣を取り戻すことを諦めて、再び霊術を放ちながら後方へ跳ぶ。しかし、彼が退避する前に爆風の中から冥王蠍が猛然と飛び掛かった。これまでの余裕を全く感じさせない、激情に駆られたかのような鬼気迫る勢いであった。


「この、離れ……やっ止めろ!止めっ……ぐあああああああっ!?」


 ケンディルは飛び付いた冥王蠍を剥がそうとするものの、そうはさせじと冥王蠍は節足を鎧に突き刺して身体を固定する。そして鋏で彼の両肩を挟み込んだ。


 何をしようとしているのか察したケンディルは必死に剥がそうとするものの、彼の力で押し返すのは不可能である。冥王蠍の鋏は、ケンディルの鎧ごと彼の両腕を肩から先を無慈悲に切り落とした。


「ひぃっ!?くっ、来るなぁぁぁぁぁっ!」


 冥王蠍は節足を抜いてケンディルの上から降りると、止めを差さずに脛を切断されて動けない聖騎士の方へ歩を進める。彼らにとって希望であったケンディルが受けた仕打ちを見て、彼は心が折れてしまったのだ。


 後退りする聖騎士だったが、彼のいる地面が突如として砂に変わってしまった。地面を固めていた霊術の効果が切れたのである。冥王蠍はこれ幸いと聖騎士の下の地面をすり鉢状に変えてしまった。


「うっ、うわあああっ!?神よ!お救い下さい!」


 冥王蠍はすり鉢状になった砂に、底へと向かう流れを作ってやる。すると聖騎士は底へ底へと流されていく。彼は両手と片足で必死に登ろうとするが、柔らかい砂は踏ん張りを利かせることが出来ない。一歩分登る前に、三歩分は沈んでしまうのだ。


 ズブズブと沈む聖騎士は、涙ながらに神に助けを求める。しかし彼の祈りが聞き入れられることはなく、無情にも全身が砂の下へと埋まってしまった。


 冥王蠍は砂を操作して、すり鉢状にしていた地面を平坦にしながら強い圧力を掛ける。地の底で圧死したので這い上がって出てくることはないだろう。冥王蠍はゆっくりとケンディルの方を振り向いた。


「ぐうぅぅ……!邪悪な蟲め、束の間の勝利に酔いしれるがいい……正義を騙り、尚且つ正義の執行者を殺したのだ。貴様は決して許されざる邪悪!正義の敵だ!何時か必ず、どこにいようと仲間が、聖騎士が貴様を探し出す!そして正義の刃が振り下ろされる!正義は最後に必ず勝つのだから!」


 両腕を失い、大量の血を流しながらもケンディルは冥王蠍に啖呵を切ってみせた。自分の命はもう諦めているが、聖騎士という正義の執行者を殺した悪を許すことは出来ない。例えそれが負け惜しみに聞こえたとしても、正義は必ず勝利するのだと宣言しなければ彼の気がすまなかったのだ。


 肩で息をしながら言い切ったケンディルの言い分を冥王蠍は最後まで聞いていた。そして話が終わったことを確認すると、砂を操作して長大な剣を作り出す。ケンディルは己を貫くであろう砂の剣を憎々しげに睨み付ける。だが、その剣の刀身に浮かび上がった模様を見て、彼は目を皿のように大きく開けた。


「正……義……だと!?」


 それは模様ではなく、『正義』という文字であった。よく見れば砂の剣は大きさこそ違えど、その形状と柄の意匠は聖騎士が使っていた剣そのもの。これが偶然だと思うほどケンディルは愚かではなかった。


 狡猾に立ち回る冥王蠍は蟲にしては賢いのだろう思っていたが、まさか文字を用いるほどだとは夢にも思わなかった。そしてケンディルはことここに至って初めて恐怖した。聖騎士が四人掛かりで傷一つ付けられないほど強大で、言葉を理解するほど賢い化物。それに向かって自分は敵対宣言をしてしまったことに気付いてしまったからだ。


 言葉が通じない相手に向かって話していたつもりだったが、言葉がわかるとなれば話は違う。言葉を理解していて力を持つ者が、何時か必ず殺すと言われたらどう思う?どこまでも追い掛けると言われたらどうする?決して相容れない敵として立ち塞がるに決まっている。


 もしかしたら自分は正義教会にとって最悪の敵を生み出してしまったのかもしれない。そんな絶望と後悔に苛まれるケンディルを、冥王蠍が振り下ろした『正義』の刃が貫く。彼の最期の顔は、絶望と恐怖で醜く歪んでいた。

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― 新着の感想 ―
正義を振りかざすだけの小物ならこんなもんだよね
自分の信念を語ったのではなく言葉がわからないと思った相手にイキってただけ?狂信者ですらなく組織の名を借りて暴れたかっただけか、小物すぎる。
正義の剣でとどめを刺すのは皮肉効き過ぎて草 文字を習ってない奴隷や他種族はともかくこれを活かせば一応のコミュニケーションは取れそうですね 他種族も言語さえ習得できればって感じですね
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