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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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王都の長い夜 その一

(ん……?何事だ?)


 地下室で眠っていた私は、異変に気付いて目が覚めた。私の鋭敏な節足が、小刻みに伝わって来る沢山の小さな振動を捉えたのである。その振動は少しずつ大きくなっていく。どうやら何かが近付いているようだ。


 これが日中なら気にしなかっただろう。しかし今は深夜である。こんな時間に屋敷に向かってくるなんて普通ではありえない。非常事態でも起きたのだろうか?


 振動がかなり近付いたかと思えば、振動の発生源で複数の霊力が爆発的に高まった。その大きさは『闘獣会』で霊術を得意とする闘獣が、本気で敵を殺す時のそれに匹敵する。おいおい!それは洒落にならんだろ!


 ズン、という重い音が地下室にまで響いた。天井が揺れてパラパラと埃と小石が落ちてくる。節足から伝わる振動から察するに、霊術は屋敷に直撃したらしい。下手人が誰なのかは知らんが、貴族の屋敷を攻撃するなんて正気の沙汰とは思えない。本当に一体何が起こっているんだ?


 爆発の直後から、屋敷は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。地下室に届くほどの怒号と悲鳴が入り乱れ、戦闘のために高まった闘気と霊力を感じる。どうやら屋敷にいる護衛の騎士と襲撃者が戦っているようだ。


 ただし、戦いは一方的なものになっているらしい。優勢なのは残念ながら襲撃者のようだ。対峙する二組の力量差は圧倒的で、人数で勝っていたはずの騎士が一人また一人と討ち取られていく。遠目で騎士を見たことはあるが、ゴードンより少し強いくらいだった。どうやら襲撃者は少数だが、手練れが揃っているようだな。


 謎の襲撃者の目的が何かは知らないが、ついでに若様とゲオルグも始末してくれないだろうか?そうすれば私は解放される……いや、待て。やっぱりゲオルグは私の手で殺したいわ。


「待て!邪悪な術士め!」

「ぐううっ!狂信者共が!」


 上で騒ぎが起きていると知っていても檻に繋がれ、鎖に縛られている私には何も出来ない。事態が収まるまで気楽に待とうと思っていると、地下室の近くでも戦闘が起こったらしい。聞こえた声の片方は不明だが、もう片方は良く知っている。ゲオルグだ。


 ゲオルグは霊術で攻撃しつつ、こちらへ走っているようだ。走ると言っても奴は片足が不自由なので、その速度はかなり遅い。牽制のために霊術を我武者羅に連発しつつ、私のいる地下室に向かっている。


 それに対して相手は意外にも手間取っているようだった。原因はこの地下道だろう。地下道の形状は複雑ではないが、幅が決して広くないので霊術を連発されては回避は難しいのだ。


 かと言ってゲオルグの霊術をかき消すほど高威力の攻撃を迂闊に放つと、道が崩れて自分も生き埋めになるかもしれない。それを避けたい襲撃者は強引な方法で突破出来ないのだ。その結果がこの苦戦である。地形を利用することの重要性が良くわかる攻防だ。


「そこだっ!」

「ぐああっ!?」


 だが、ゲオルグは調教師であって戦闘を得意とする術士ではない。付け入る隙はいくらでもあったのだろう。鋭い風切り音がした直後、ゲオルグの悲鳴と共に私がいる部屋の扉に何かがぶつかった。


 扉越しに何かを堪えるゲオルグの荒い吐息が聞こえてくる。そして扉と床の隙間から流れてくる真っ赤な血液……そうか、斬られたのか。扉の前で斬られて動けなくなっているのか。


「観念しろ。貴様は生物を自然のままの姿から歪める邪悪。お前の育てた闘獣の居場所を教えろ。そうすればせめてもの慈悲として、これ以上の苦痛を与えずに殺してやる」

「うぐっ……教えたらどうするのだ?」

「始末する。歪められた存在の分際で、我ら正義教会を差し置いて『正義』を騙ったのだ。相応の報いを受けてもらう」


 ……勘弁してくれよ。騙ったのは支配人であって私は関係ないだろうが!自由意思がない私にやらないという選択肢はなかった。それを同罪として殺しに来るだと?いい加減にしろよ、本当に。


 嫌な予感というものは得てして当たってしまうものであるらしい。まさか本当に噂の正義教会が私を殺しに来るとは思わなかった。それだけのために屋敷を襲撃したのか?もしそうならゲオルグの言う通り狂信者と呼ぶに相応しいだろう。


「フフッ……フハハハハハハ!」

「何が可笑しい!」

「ガッ!?ククククク……ゴホッ!」


 脅されているはずなのだが、何が可笑しいのかゲオルグは哄笑する。すると、ゲオルグの苦しそうな声と共に扉を血塗れの剣が貫いた。襲撃者がゲオルグごと扉を刺したのだろう。


 しかし、ゲオルグはそれでも笑い続ける。一頻り笑った後、咳き込みながらハッキリと言った。そんなことは不可能だ、と。


「アレは儂の予想を遥かに超えて強くなった。儂にとっては最高傑作……仮にこの場を生き延びようと、あれ以上の生物を育てることは叶うまい。尋常のヒト種では戦いにすらならぬ。それを始末するだと?貴様では傷一つ付けられぬよ。身の程を知れ、若造」


 怒鳴るでもなく煽るでもなく、ゲオルグは冷静に、当然の事実を語るようにそう言った。自分の作品である私に絶対の自信があるのだろう。褒められているようにも思えるが、これまで奴が行ってきた所業を考えると全く嬉しくない。


ミシッ


 私が複雑な気持ちで二人の会話を聞いていると、私の頭に……いや、魂に何か固いモノにヒビが入るような音が聞こえてきた。その音は断続的に何度も聞こえ、少しずつ大きくなっていく。これはまさか……?


「……言いたいことはそれだけか、調教師。お前の戯れ言を信じるとでも?」

「信じぬだろうな。お主らが信じるのは『正義の神』とその教義、そして教義に盲目な愚か者のみ……別に信じずとも良い。だが、忠告はしたぞ」


 私がある可能性に気付いた時、扉に突き刺さった剣が引き抜かれる。ゲオルグに止めを差すのだろう。そのことに思い至った瞬間、私は何かを考える前に行動を起こした。



◆◇◆◇◆◇



 アルテラ歴歴八百二十五年、ハーラシア王国の王都では突如としてクーデターが勃発した。首謀者はルートヴィヒ王子とダルバレン公アウグスト・シュナイダー。正統の王子と現役の公爵であり、その協力者として正義教会からマリウス聖騎士団が加わっていた。


 彼らの目的は宗教改革である。既存の神殿の上に国教として正義教会を据え、その教義と秩序に則って国を治めるのが目的だ。少なくともルートヴィヒ王子と正義教会の目的はそうだった。


 王宮では継承者問題で廷臣の意見が割れていたものの、武力衝突が起こるほどの対立してはいなかった。それはカール王子に野心がなく、対立が起きないように調整していたからだ。


 しかし、カール王子の努力が仇となった。どちらかの王子がこのような暴挙に出るとは誰も予想だにしておらず、深夜に行われた奇襲に対応出来た者はほとんどいなかったのだから。


 王都の出入口である門と主要な施設の占拠は速やかに、かつほとんど流血せずに完了した。これは王都のことを誰よりも知っている公爵の手腕である。彼によって王都の大部分を制圧することが出来た。


 逆に正義教会が制圧に向かった貴族街は破壊活動と虐殺が繰り広げられた。クーデターに賛同していた貴族と清廉潔白な貴族は何もされなかった。だが、教会の基準で正義に反すると見なされた貴族は悲惨な末路を辿ることになった。


 屋敷は霊術によって破壊され、護衛の騎士も斬り捨てられ、一族は子供に至るまで容赦なく殺された。屋敷の倒壊に巻き込まれて多くの使用人と奴隷も死んでいる。それだけの被害が出るとわかっていて、屋敷に霊術を使ったのだ。


 彼らは正義を標榜しているし、慈悲の心も持っている。しかしながら、彼らは自分達の正義のために関係のない者が犠牲になったとしても気にしない。むしろ正義の礎となったことを喜ぶべきだと本気で考えているからだ。


 正義の刃はアシュバルド侯爵の屋敷にも振り下ろされた。屋敷は放火され、護衛も殲滅され、逃げられなかった侯爵とその子息は容赦なく斬殺されてしまった。


 それを成したのはケンディルという若い聖騎士が率いる部隊である。クーデターを行う直前にギリギリで到着した彼らは、傷らしい傷も負わずに粛々と任務の半分を達成していた。


「貴族の方は片付いた。今頃はイーサンが例の調教師から居場所を聞き出して始末しているだろう」

「じゃあその間は使えそうな物資の回収だ。悪人が溜め込んだ財産を正義のために使うぞ」


 正義教会には悪人の財産を正義のために用いることで浄化すると言う教えがある。故に悪徳貴族の財産を収奪することは彼らにとって尊い行為なのだ。そのことをただの略奪だと批判する者も多くいた。


 しかし、ここには彼らを批判する者はいない。瓦礫と化した屋敷の残骸に埋もれた金目のモノや残っていた金庫の中身、挙げ句の果てには物言わぬ死者となった侯爵の指輪などに至るまで徹底的に奪っていく。それを見た者がいれば、とてもではないが彼らを正義の使徒だとは思わないだろう。


「誰だっ!」

「覚悟っ!」


 物色している最中に隊長のケンディルは小さな物音を察知した。それと同時に音の聞こえた方に向かって霊術を放つ。屋敷を破壊した霊術を少し弱くした、しかし生物を殺すには十分な炎の球だった。


 物音がした場所目掛けて飛んでいく。そこにいたのは蒼白な顔をした血塗れの騎士だった。彼は護衛の騎士の生き残りである。致命傷を負った彼は死を待つ身であったが、どうせ死ぬのならとばかりに物音を立てずにここまで接近したのだ。


 彼は気付かれたと知って力を振り絞り、剣を振るって霊術を弾く。弾かれた炎の球は別の場所に着弾し、炸裂する。爆風に背中を押されつつ踏み込んだ騎士は、命の炎を燃やし尽くす勢いで鋭い一閃を放った。


「む……ね………のろ……てや……」


 しかし、両者の間にあった力量の差は気合いや覚悟で埋められるほど小さくはなかったらしい。ケンディルは冷静にその一撃を回避しつつ、長剣で騎士の喉を貫く。騎士は口から鮮血と呪詛を吐きながら力尽きた。


 ケンディルは顔に付着した返り血を無感情に拭いながら剣を引き抜く。ドサリと倒れた騎士の背中へ年のために長剣を突き刺した。死んだことを確認した彼の背後から足音が聞こえたので振り返ると、そこには苦笑を浮かべる副隊長がいた。


「一人で突っ走り過ぎですよ、隊長殿」

「すまない。自分でもわかっているのだが、どうしてもな……」


 ケンディルは聖騎士としての能力は一流だが、一部隊を率いる隊長としてはまだ新米だ。指揮するよりも前に出て戦おうとしてしまう癖がある。自分でもわかっていることなので、彼はポリポリと頭を掻きながら素直に謝った。


 それから彼も部下と共に物色を再開した。侯爵家の屋敷は壊されたものの、金目のモノは幾らでも残っている。彼らはそれらをまとめて一ヶ所に集めておき、クーデターが全て終了してから回収する予定だった。


 全てが予定通り、順調に進んでいる。このままクーデターは成功し、この国にも正しき教えが広がるに違いない。彼らの全員が疑うこともなくそう思っているときだった。彼らの背後で闘気と霊力が爆発的に高まったのは。


「陣形を組め!」


 ケンディル隊は誰一人狼狽することなく集合し、素早く陣形を組む。ただ、彼らは感じ取っていた。彼らの前には強大な化物がいることを。そしてその化物は凄まじい威圧感と背筋が凍るような殺気を隠そうともせずに放っていることを。


 震えこそしなかったケンディル隊だったが、緊張で喉がカラカラになっていた。誰か一人がゴクリと生唾を飲んだ時、屋敷の瓦礫が唐突に砂になって崩れてしまう。その向こう側にいたのは、両方の鋏を血に染めた一匹の蠍であった。

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― 新着の感想 ―
正義やべえ
もうこれ奴隷ちゃん生き残ってるの絶望的な気がする……
[良い点] 更新ありがとうございます!! 遂に解き放たれた主人公、ようやくですねぇ... 狐は間に合わず、奴隷ちゃんの安否も気掛かり。 正義の皮を被った異常者達を蹂躙して!!
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