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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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処刑試合 後編

「クソがああっ!こうなったらやってやらぁ!」


 『断頭斧』のゴードンは雄叫びと共に駆け出した。支配人が言っていたように実力は本物であるらしく、瞬時に闘気を練り上げて身体を強化し、たった一歩で我々を隔てていた間合いを詰めている。そして全身全霊の力を込めた大斧を振り下ろした。


 対する私は闘気によって鋏を強化し、冷静に大斧を受け止める。まあまあの重さであるが、強化した外骨格を傷付けることは出来なかった。この程度の威力で私の防御は貫けない。返ってきた手応えにゴードンは驚愕しているようだった。


「ウガアアアッ!!!死にやがれ、蟲風情が!」


 ゴードンは何度も何度も大斧を振り下ろすが、私はそれを全て鋏で受け止める。同じことを繰り返しても結果は変わらない。外骨格を砕くどころか、徐々に大斧の刃の方が毀れていく。ゴードンの顔に焦りの色が浮かんでいた。


 さて、ゴードンの実力は大体把握した。闘気はそれなりに扱えるが、総量も制御力も私には及ばない。この期に及んで霊術を使わないので、使えないか戦闘に使えるほど習熟していないと思われる。


 総評として『新人戦』の予選で薙ぎ倒した雑魚よりは強いが、カタバミや緋眼犬には劣る程度。『新人王』になった後に戦った中で最も弱い相手だった。


 所詮は盗賊の首領か。一般人よりは強いのかもしれないが、厳しい訓練を積まされた私の敵ではない。厳然とした実力の差があった。


 毒針を刺してしまえばそれで死ぬだろうし、突き刺す隙はいくらでもある。それこそ今すぐに殺してやることも可能だが、それは出来なかった。何故なら、ゲオルグがまだ殺すなと命じているからだ。逆らうことも可能だが、痛い思いをしてまでゴードンを殺したい訳でもないので、私は大人しく命令に従っていた。


 どうやら大罪人であるゴードンは、限界まで痛め付けてから殺さねばならないらしい。支配人も言っていたではないか、『藻掻き苦しみながら処刑される』のだと。あくまでもこれは戦いではなく、公開処刑なのだ。


 これからも闘獣に罪人を殺させる催し物が定着したなら、確かに『闘獣会』の歴史を変えることになるだろう。最初の一回に私を使ったのは、収容所で言っていたように客を呼べるからだと思う。思惑通りに進んだとすれば、支配人は本当に歴史に名を残すかも知れない。


 大斧を適当に捌きながら、私はどうやって痛め付ければ良いのかを真面目に考える。さっさと殺すことばかり考えて戦って来た私にとって、わざわざ痛め付けるのは理解し難い行為でしかない。どうすれば良いのだろう?取りあえず、一発殴ってみるか。


「ぎゃああああ!?」


 左の鋏で大斧を反らしつつ、右の鋏でゴードンの脛を殴ってみた。するとボキッと鈍い音を立てて骨が折れてしまったのである。えぇ……?防御に闘気を使っていてこれか。制御が甘すぎてほとんど意味を成してないらしい。


 失敗したかと思ったが、のたうち回るゴードンを見て観客は大喜びだ。こう言うのが喜ばれるのか。やっぱり良さが全くわからない。とにかく、死なない程度に殴ったり斬ったりすればいいらしい。気分は乗らないけど、やるしかないか。


 それから私はゴードンを淡々と痛め付けていった。鋏で殴り、尾節で殴り、開いた鋏で切り、節足の先端で足を踏み抜いた。その度に血が舞い、ゴードンが絶叫し、観客が歓声を上げた。


「ひぃ……ひぃ……も、もう勘弁してくれぇ……」


 途中まではゴードンは抵抗していたが、自分の攻撃が一切通用しないことがわかると涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら命乞いをし始めた。どんな悪党でも死にそうになったら命が惜しくなるらしい。


 もう止めを差して良いだろうか?ゴードンは極悪人であることは承知しているが、私からすれば見たことも会ったこともないヒト種がどうなろうが知ったことではない。犠牲者に感情移入も出来ないし、ただ弱い者虐めをしているようにしか感じられない。それでは虚しいだけである。早く許可してくれないかなぁ……。


「死にたくねぇ!死にたくねぇんだ……よぉっ!」


 私が迷っていると、ゴードンは乾坤一擲の反撃に出た。どんなに痛め付けられても手放さなかった大斧を私に向かって薙いだのである。その一撃は今までで一番鋭かった。


 最後の反撃のために力を温存していたらしい。と言うことは今までの振る舞いは演技ということか。すっかり騙されたぞ。これがあるからヒト種は侮れないのだ。


 私は大斧をわざと防がず、まともに食らってみる。偶然だろうが私の最も柔らかい複眼に直撃したものの、ちょっと痛いだけで潰れることはない。我々の間にある実力の壁は、不意を衝いたくらいでは絶対に埋まらないのだ。


「う、嘘だ……ギャアアアアアッ!?」


 私は大斧を握るゴードンの手首を挟んで捻り斬る。力で押し潰すようにして切断したので傷口はギザギザになっていた。万が一治療されたとしてもこれまで通りに手を動かすことは出来ないだろう。


 私はゴードンの大斧を拾い上げると、その斧頭を鋏で挟んで切断する。柄は無事のまま、斧頭だけを真っ二つにしたのだ。これで反撃はもう出来ない。


 それにしても、全力で演技をしてからの不意打ちは効果的であった。戦いに勝つための手段として一つ勉強になった。感謝くらいはしておこう。


 ゲオルグから許可が出たようで、私は苦しむゴードンの胸の中央に毒針を突き刺した。刺さった場所から猛毒が流れ込み、血管を通って身体中を駆け巡っていく。


「グガ……ゴボッ……」


 ゴードンの肌には暗い紫色の筋が何本も浮かび上がったかと思うと、口からどす黒い液体を吐きながらフラフラと逃げるように向かっていく。やがて肌が満遍なく紫色に染まり、立ったまま痙攣し始めた。


 私は毒の効果を調整出来るが、奴に流したのは中程度の強さのものだ。フル族にはこのくらいで十分に通用するらしい。これもまた何時かゲオルグを殺すための勉強になると言うものだ。


 私は実験台になってくれたことに少しだけ感謝しつつ、砂を操って大きな鋏を二つ作り出す。それによってゴードンの身体を切断して止めを差した。砂の鋏は観客にも好評の大技であり、ゴードンをバラバラにした瞬間に会場のボルテージは最高潮に達した。


「決着ううううっ!闘士ゴードンに正義の鉄槌が下りましたあああああっ!」


 正義の鉄槌ねぇ……この戦いとも言えない見世物はそんな大層なものではなかった。そもそも生命と死を見世物にしている闘技場に正義など存在しないだろう?言葉は正確に選ぶべきだ。


 それに巷で噂の正義教会の連中が聞いたら何をするかわかったものじゃない。私は自分の意思ではなかったとは言え片棒を担いだのだから、目の敵にされてしまうかもしれない。そうならないことを適当な神に祈っておこう。


 『闘獣会』に出場するようになって最も楽な相手と戦った後、私は何時も通りに檻ごと侯爵の屋敷に運搬されていった。今日は傷一つなかったので、痛みに耐えることもなく檻の中で鋏や尾節の手入れをしている。毎回こんな風に楽な戦いなら良いのだが、そうは行かないんだろうなぁ……。


 馬車は夕陽が沈みつつある王都の通りを進み、何事もなく侯爵の屋敷にたどり着いた。行きとは逆のルートで運ばれ、私は何時もの地下室に放り込まれた。後は久々の餌を食べて、奴隷に身体を綺麗にしてもらうだけ。そう思っていた。


(遅いな……もう深夜だぞ)


 しかし、いくら待っても奴隷はやって来ない。それどころか、何時もは試合後の調整のためと称してやって来るゲオルグすらも来なかった。何か問題でも起きたのだろうか?


 気になるところだが、檻の中で鎖に繋がれている私に出来ることなど何もない。妙な胸騒ぎを覚えつつ、私は日課の闘気と霊術の制御訓練を終えてから浅い眠りに付くのだった。



◆◇◆◇◆◇



 『闘獣会』で後に処刑試合と呼ばれるようになる戦いが初めて行われた日。王都の各地で秘かに集まっている者達がいた。彼らは一様に白亜の鎧と長剣を腰に佩き、羽織っている純白のマントには『正義の神』の聖印が刺繍されている。


 一つの場所にいるのは数人から多くとも二十人前後と少ないが、総勢では千人を超えている。彼らはマリウス聖騎士団。正義教会の私兵であり、正義の執行者だと自認している者達だった。


 ダルバレン公爵の屋敷の地下にもマリウス聖騎士団の団員が待機していた。数日前に会合を行った部屋以外にも複数の地下室があるので、他の場所とは違って百人以上が集まっている。そしてここにいる者達こそ、マリウス聖騎士団の最精鋭部隊だった。


 彼らは数ヶ月かけて少人数ずつ旅人や出稼ぎの農民に扮して王都へ潜入している。その目的はもちろん、ルートヴィヒ王子とダルバレン公爵が計画しているクーデターのためだった。


「報告します。ケンディル隊がようやく到着したとのこと。遅れたのは利用した乗り合い馬車の故障だったようです」

「わかった。下がってよろしい」

「はっ!」


 生真面目そうな若い聖騎士が報告したのは、聖騎士団の団長である『雷光』のガイウスである。報告を受けた彼は目を閉じたまま小さく頷く。それを確認した副官の一人が若い騎士に退出を促すと、一礼してからキビキビとした動きで部屋から去っていった。


「彼らは間に合わないかと思われましたが、よもや実行日に到着するとは。これも神の思し召しでありましょう」

「然り。『正義の神』は常に我らを見守っておられると言うことですな」


 ガイウスと同じ部屋にいる彼らは作戦に参加する聖騎士団の幹部達だ。全員が相当な実力者であり、部下を指揮する能力にも優れている。そして何よりも『正義の神』の敬虔な信者であった。


 彼らは信仰する神に祈りを捧げる。そして今日の深夜に決行するクーデターの成功と、正義の教えがこの国を照らす未来を願っていた。


「それにしても、正義の教えを理解せぬ蟲に刑を執行させるとは……悪趣味にもほどがある!」

「しかも彼奴らは『正義の鉄槌』と言ったそうではないか!それは我々への、それ以上に我らの神への侮辱に他ならぬ!」

「『闘獣会』などと言う野蛮な催しを改めるどころかより悲惨なものにするとは……本当に愚かしい」

「しかもあれを許可したのは国王なのだろう?嘆かわしいことだ」


 幹部の間で話題になっているのは、今日行われた処刑試合のことである。彼らは『闘獣会』という文化を否定している。勝手な都合で生物を殺し合わせ、生命を弄ぶなど悪でしかないからだ。


 そんな悪しき見世物を公開処刑の場として利用し、あまつさえ正義の執行者たる自分達を差し置いて正義の鉄槌を下したと喧伝する。マリウス聖騎士団の者達は自分達の信仰を汚されたと感じ、全員が憤慨していた。名も無き冥王蠍の危惧は見事に的中したと言えよう。


「落ち着け。その悪はこれから滅ぼすのだろう?」

「そして正しき教えを理解するルートヴィヒ殿下に戴冠していただけば、正義の光がこの国を包み込む。我らの理想に一歩近付くと思えば、一時我慢するのも苦ではあるまい」


 義憤に燃える仲間を他の幹部がどうにか宥める。彼らも同じくらいに強い怒りを懐いているが、自分達が冷静にならねば暴走しかねないので抑え役に回ったのだ。


「しかし、例の冥王蠍は我らの手で殺したいと言う者は多いぞ」

「それは問題ない。あれの主人である侯爵は粛清の対象だ。襲撃に乗じて殺してしまえば良い」

「向かうのは……おお、ケンディル隊であったか。これぞ正しく神の思し召し。彼らは喜んで大役を果たして見せることでしょう」


 ガイウスは幹部の会話に加わることなく、ただ静かに目を閉じ続ける。最強の聖騎士は、決行の時まで精神を研ぎ澄ませ続けるのだった。

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[一言] 態々首輪外そうとしてくれるなんてサンキュー!wwwww お礼は楽しみにしておいてくれ!wwwwwwwwww
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