処刑試合 前編
少し浮かれた様子の奴隷が去った後、私は良い気分で夜を過ごした。その後、朝日が昇った頃になると廊下を歩く奴隷達の足音が聞こえてくる。ゲオルグと檻を運ぶための奴隷が近付いているのだ。
「運び出せ。前のように檻を落とすなよ」
ゲオルグが命令すると、奴隷達は檻を取り囲んでから持ち上げた。最後に付け加えた一言を聞いたからか、奴隷達の顔色は真っ青である。私は前の試合の日のことを覚えているので、この反応も頷けるというものだ。
あの日、運搬する奴隷の一人が手を滑らせて檻を落としてしまった。私は平気だったのだが、ゲオルグは烈火のごとく怒り狂ってその場で奴隷を殺してしまったのである。私のことを心配したからではなく、若様の、すなわち侯爵家の財産である檻を壊しかけたからだった。
奴隷の扱いが酷すぎて戦慄した私だったが、その時に一つの発見があった。それはゲオルグの霊術の発動が思ったよりも遅かったことである。
訓練の時に使われる霊術に比べれば遥かに弱く、しかし防ぐ術を持たない奴隷を殺すのに十分な威力はある低級の霊術。私ならば使おうと思った瞬間に発動させられる自信があるが、ゲオルグは数秒の『溜め』が必要だったのだ。
それに無駄な霊力も使っていた気がする。霊術そのものや霊術回路の知識では遠く及ばないだろうが、制御技術だけならば私の方が勝っているのかもしれない。何時か必ずこの手で殺してやると決めているし、その時のためにゲオルグには『溜め』という致命的な隙があることを覚えておこう。
奴隷達に運ばれて中庭を通過し、馬車の荷台に降ろされる。『闘獣会』に連れていかれる時に通る何時ものルートだ。むむ、今日は世話係の奴隷はいないのか。一目見てから闘技場に行きたかったが……いないものはしょうがない。諦めよう。
馬車はガタガタと揺れながら道を進み、闘技場にたどり着いたのも何時も通り。ゲオルグと支配人の見慣れたやり取りの後、通路を運ばれて『闘獣』の収容所に放り込まれた。
「ふん、相変わらずいけ好かない老人だ。だが、お前のことは嫌いではないぞ。何せ、お前ほど客を呼べる闘獣はいないからな!ハッハッハ!」
ゲオルグが去った後、支配人が悪態を吐くのも初めてここに来た時と同じ。違うことがあるとすれば、私が支配人のお気に入りになっていることだろう。
支配人は『新人戦』で岩竜を倒して優勝した私をスター扱いしている。それは私のファンになったからではなく、竜種を倒した私を全面に押し出して金を稼ぐためだった。
奴は私のことを褒め称えながらも、竜種を倒した新人王を倒して栄光を掴み取れと言う謳い文句で強力な挑戦者を募っているのだ。私の所有権を持つ若様のことも上手く煽てて、思い通りに対戦を組んでいる。簡単に口車に乗るとは……若様ってわりと頭が悪いのかもしれない。
支配人が用意した対戦相手は、どいつもこいつも岩竜に匹敵する強者だった。具体的にはまだ生き残っていた別の年の新人王や希少で強力な生物、中には徹底的に私の対策をした戦人形など。どれも死を覚悟させられる激闘だった。
この二年間で負った怪我は無数にあるが、その元凶はこの男だとも言える。こいつのせいで死ぬような思いを何度もしているのだ。お前は私が嫌いではないと言ったけれど、私はお前のことが大嫌いだぞ。
「それに今日、初めて行われる新たな試みは『闘獣会』の歴史を変える!ハッハッハ!笑いが止まらぬわ!」
支配人は思わせぶりなことを言いながら収容所から去っていった。何をするつもりだ?それって私にも関係あるのだろうか?もしそうだったら嫌だなぁ。
今日は『新人戦』のような大きい大会ではなく、通常の『闘獣会』なので収容所にいる個体の数は多くない。私を含めて二十匹ほどしかいなかった。この中に私の対戦相手がいるはずなのだが……正直に言って小粒ばかりだ。
私の複眼を誤魔化せるほどに実力を隠せる相手だとすると危険だが、そんな強者ではない気がする。あくまでも私の勘でしかないが、私も二年間で様々な経験を積んできた。敵の力量を見誤ることはないだろう。
ならば今からやって来るのかとも思ったのだが、そうこうしている間に上から支配人による開会の挨拶が始まってしまった。どうなっているんだ?
私以外の闘獣が順番に運ばれていき、そこで気が付いた。残っている闘獣の数が奇数であることに。『新人戦』の予選のような例外を除き、これまで通常の『闘獣会』で乱戦形式の試合を行ったことはない。と言うことは一匹だけが余ることになるではないか!
ひょっとしてそれが支配人の言う『新たな試み』なのだろうか?もしそうなら拍子抜けなので違うだろう。私の予想は正解だったようで、結局は私だけ取り残されることになった。
ただ一匹になると、広い収容所が更に広く感じてしまう。他の闘獣がいないので普段よりも静かだが、そのせいで上で行われている戦いに沸く観客の歓声と怒号が何時もよりハッキリと聞こえていた。
(それにしても、よくもまあ飽きもせずに殺し合いを見に来るもんだ。血生臭い殺し合いを見るのがそんなに楽しいもんかね……っと、来たか)
私が素朴な疑問を抱いていると、収容所に近付いてくる足音が聞こえてくる。そろそろ来ると思っていたからそれはどうでも良いが、いい加減に対戦相手のことを教えて欲しいものだ。
支配人の手下と十人くらいの奴隷が私の檻を抱えて出入口の一つに連れていく。おっ、ここは『新人戦』の時に使った場所じゃないか。ここに来るのは久し振りだなぁ……数ヶ月ぶりじゃないか?
やることもないので、私は今行われている戦いを観戦する。戦っているのは大型の獣と蜥蜴だった。互いに噛み付き、引っ掻いて血塗れになりながら戦っている。それを見た私の正直な感想だが……とても程度が低かった。
互いに力押ししかしておらず、血塗れになっているのは防御や回避を全くしていないからでしかない。ノーガードの殴り合いを見て何を感じろと言うのか。あれで盛り上がるなんて、観客は血を見ることが出来れば何でも良いのかもしれない。
あ、蜥蜴が獣の喉に噛み付いた。あれは致命傷だろう。それから決死の反撃や起死回生の一撃のような盛り上がる出来事はなくそのまま獣は動かなくなった。
戦いのレベルは低かったものの、無駄に闘技場を汚したせいで片付けにはかなり時間が掛かっている。片付けをする奴隷達は大変そうだ。客は喜んでいるので、支配人は高笑いしているだろうが。
「皆様、ついに本日の最終試合がやって参りましたっ!この試合は『闘獣会』の長き歴史を変えることをお約束しましょうっ!それでは罪人の入場ですっ!」
支配人が聞き覚えのない言い方をしたかと思えば、私の節足は自然と前へ進んでいく。ゲオルグか若様のどちらかが命令したのだろう。何時ものように障壁が張られている位置にまで進んだ。
私の登場で観客は沸いたものの、対戦相手を見た瞬間にその熱気は急激に冷えていく。何故なら向かい側の出入口から現れたのはヒト種だったからだ。
現れたのは筋骨隆々としたフル族の雄である。大柄な体格に向う傷が走った厳めしい顔つき、髪を剃り上げた頭部に彫られた竜種の刺青。立派な大斧を肩に担いでいるが、防具の類いは一切身に付けていない。薄汚れた布の服だけであった。
そんな男の首には頑丈な首輪が……『隷属の首輪』がある。つまり、目の前のフル族は奴隷なのだ。武器を持っているからには戦うためにここにいるということ。今日の私の対戦相手は、このフル族なのだ。
男は憤怒の表情で支配人を睨み付けている。これから戦う相手である私に全く目もくれないところから察するに、支配人に深い恨みがあるのだろう。どんな経緯だったとしても、こんな場所に奴隷として立たされれば恨むのは当然か。不思議でもなんでもない。
「これまでの『闘獣会』では、様々な生物同士を戦わせて来ましたっ!しかぁし!そこにヒトの姿はありませんでしたっ!その歴史が今、変わろうとしているのですっ!」
静かになった闘技場で支配人は演説を始める。観客の注目が一点に集まるものの、奴は全く臆せずに堂々と続けた。
「この男は『断頭斧』のゴードン!我が国の西方を荒し回った盗賊団の首領でございますっ!本来は処刑を待つ身でしたが、相当に腕が立つとのことっ!それをただ処刑するのは余りにも勿体ないっ!ならば『闘獣会』で有効活用しようではありませんかっ!」
死罪が相応しい所業を行った罪人なのだから、どうせなら人々の娯楽としてその生命を消費しよう。支配人はそう言っているのだ。それを聞いた観客の大半はこれまでの困惑から一転して感心し始めた。
中には「面白そうだ」とか「良いじゃないか」とか言って囃し立てる者もいる。恐らくは支配人の仕込みだと思われるが、強く拒絶する様子を見せる者はほぼいなかった。
「この男は多くの人々を苦しめた大罪人っ!畜生以下の存在と言えましょうっ!それが『闘獣会』にて藻掻き苦しみながら処刑される……想像するだけで何とも好い気味ではありませんかっ!」
「「「ウオオオオオオオオオッ!!!」」」
「ふざけんじゃねぇ!絶対に生き延びて、後でぶっ殺してやるからな!」
対戦相手のゴードンは目を剥いて支配人に向けて怒鳴り付ける。だが、その声は観客の声に打ち消されて私以外には届いていない。仮に届いたとしても、同情する者はいなかっただろう。支配人も言っていたではないか。死罪になる予定だったと。それだけの所業を行って来たのだと。
救いの手を差し伸べる同胞はいない。そして私も容赦するつもりはない。『百年間生き延びる』という使命を放棄してでもこの男に殺されてやる理由がないからだ。
「闘技場に何時もの活気が戻って参りましたっ!それでは盛り上がって行きましょうっ!始めぇぇぇっ!」
こうしてハーラシア王国で初となる闘獣と闘士の戦いが始まる。私は鋏を開いてどっしりと構えて待ち構えるのだった。




